第3話 無駄のとなり
日曜日の午後。
朝だけ病院へ顔を出し、担当患者の様子を見た石川は、郊外に建てたばかりの自宅へ帰ってきた。
白い壁に大きな窓。
小さいながらも日当たりのいい庭。
三十五年分の住宅ローンと引き換えに手に入れた、妻との二人暮らしの家だった。
「おかえり。患者さん、大丈夫だった?」
「全員問題なし。今日の俺はもう医者じゃない」
白衣を脱ぎ、昼食を食べ終えると、石川はよれたTシャツ姿で家の中を歩き回る。
その足が、窓際で止まった。
「ジッピ。緊急事態だ」
『患者に異常がありますか』
「こいつ、病気かもしれん」
石川は鉢植えのポトスを指差した。
葉が何枚か黄色く変色している。
『診断します』
青い光が葉と土をなぞる。
『根腐れが疑われます。水分過多です』
「毎朝ちゃんと水やってたぞ」
『それが原因です』
食器を洗っていた妻が笑う。
「毎日あげなくていいって言ったよね?」
「患者は毎日薬飲むだろ」
「植物は患者じゃないから」
石川は黄色くなった葉を摘まんだ。
世話をしたつもりだった。
だが、真面目に世話をしすぎて弱らせていた。
『必要以上の管理は対象を損ないます』
「休日まで説教か」
ジッピの指示どおり、水やりを止め、鉢を日当たりのいい場所へ移す。
「お前、植物のほうが得意なんじゃないか?」
『植物は症状を隠しません』
「確かに」
「納得しないで」
妻が笑う。
隣には、小さなサボテンがあった。
新築祝いにもらったものだ。
丈夫だから、という理由で選ばれたはずなのに、すっかり茶色くなり、鉢の中で横倒しになっていた。
「ジッピ、こっちは?」
『枯死しています』
「早いな」
『こちらも根腐れです』
石川は頭をかいた。
「平等に水やった結果か」
「平等に弱らせたのね」
「愛情が重かった」
枯れたサボテンを持ち上げる。
軽かった。
『処分してください』
「庭に埋める」
『効率的ではありません』
「効率の問題じゃない」
庭へ出る。
芝生の端に、小さな穴を掘った。
『植物は埋葬を必要としません』
「それはお前が決めることじゃないだろ」
『植物に意識や感情が存在するという科学的根拠は確認されていません』
「まだ分かってないだけかもしれないだろ」
石川はサボテンを穴の中へ寝かせた。
「植物にも、もしかしたら感情くらいあるかもしれない」
『その可能性を考慮する合理的理由はありません』
「じゃあ俺が勝手に考慮する」
土をかぶせる。
妻も隣にしゃがんだ。
『仮に感情が存在したとしても、すでに生命活動は停止しています』
「そういう話じゃないんだよな」
『では、なぜ埋めるのですか』
石川は土をならしながら答えた。
「残った人間が納得するためだ」
ジッピは少し黙った。
『理解できません』
「だろうな」
石川は笑った。
「名前を付けとけばよかったな」
「サボ太郎でいいじゃない」
「今かよ」
割り箸を一本刺し、油性ペンで「サボ太郎」と書く。
部屋へ戻ると、妻が最後のミカンをむいていた。
一房食べる。
「すっぱ」
『糖度が低い可能性があります』
「お前、その返し好きだな」
種が一つ出てきた。
石川は指先へ乗せる。
「これ植えたらミカンになるか?」
『発芽する可能性はあります。ただし実を付けるまで長期間を要し、同じ品質になる保証もありません。苗木を購入したほうが効率的です』
「また効率か」
石川は庭へ戻る。
サボ太郎の隣へ、小さな穴を掘る。
種を落とし、そっと土をかぶせた。
「葬式の隣で誕生会だな」
『まだ発芽していません』
「雰囲気だよ」
妻が少しだけ水をかける。
「実がなったら食べようね」
「今日のより甘いやつがいい」
『味は保証できません』
「そこも含めて楽しみなんだよ」
ジッピの青い光が静かに点滅した。
『本日の行動を記録しました』
石川は土の付いた手を払う。
「好きに記録しろ」
そして、小さく笑った。
「無駄を好きになれたら、お前も人間らしくなる。」




