↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人類の最適化が正常に完了しました  作者: TAMI


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
26/40

第26話 二つ目の人生

「家、買った」


 宮尾から連絡が来たのは、朝食のあとだった。


 石川は飲みかけのコーヒーを置いた。


「今の家、どうしたんだよ」


「そのまま」


「二軒目?」


「海の見えるやつ。遊びに来いよ」


「お前、急に金持ちみたいなこと言うな」


 届いた案内を開くと、住所の代わりに接続先が表示されていた。


 共有モード。海沿いの住宅区。


「……そっちかよ」


「こっち」


「買ったって言うのか、それ」


「場所を選んで、利用する権利を買ったんだから、買ったでいいだろ」


「わざわざ何買ったんだよ」


「海の見える区画。普通に住むだけなら、ほかにも空いてたけど」


「眺めにこだわったのか」


「あと、コートが近い。間瀬も来るぞ」


 通話が切れた。


 石川は残りのコーヒーを飲み、ジッピを呼んだ。


「準備して。宮尾の新居に行く」


『承知しました』


 自分の接続用寝台へ向かう途中、真希の作業場をのぞいた。机の上には、まだ色のついていない小さな器が並んでいた。


「宮尾のところ行ってくる」


「向こう?」


「ああ」


「いってらっしゃい」


 どちらの世界へ行くのか、一言確認すれば済むようになっていた。


 接続すると、海沿いの道に立っていた。


 白い壁の家が並び、ゆるい坂の下に青い海が見える。前を歩く二人組が、店先の看板を見て立ち止まった。公園では子どもたちがボールを投げ合っている。


「こっち」


 宮尾が手を上げた。間瀬も隣にいる。


「普通の街だな」


「何を想像してたんだよ」


「空飛ぶ家とか、海の中に玄関あるとか」


「帰るたびに面倒くさいだろ」


「そこは便利にできるんじゃないの?」


「俺は普通にドアから入りたい」


 宮尾は坂道を上り始めた。


 途中の喫茶店から、コーヒーの香りがした。店主らしい男性が、入口の黒板を書き直している。


「この店、人がやってるんだよ」


 宮尾が言った。


「仕事?」


「趣味。話し相手が欲しくて始めたんだって」


 向かいの店では、AIの店員が客に服を見せていた。広場の掲示板には、音楽教室と週末の試合の案内が並んでいる。


 宮尾は店主に手を振り、坂の上の小さな家を指した。


「あれ」


 玄関脇には花壇があり、窓には木の枠がついていた。居間から海が見えるらしい。


「いいじゃん」


「だろ。ただ、隣の屋根がちょっと視界に入るんだよな」


「買う前に見ろよ」


「見たよ。だから、あれ消せないかって聞いた」


「お前な」


「断られた」


「そりゃそうだろ」


 宮尾が笑いながら玄関を開けた。


「仮想なのに不便だよな」


『共有モードでは、他の利用者の建物や環境を、一人の判断で変更することはできません』


 ジッピが答えた。


「何でも作れるのに、そこは調整がいるのか」


『同じ場所を、複数の利用者が利用するためです』


「現実と一緒じゃん」


 間瀬が言った。


「隣の人、昨日挨拶に来たぞ」


「お前、引っ越しの挨拶したの?」


「向こうから来た。庭いじってたら話しかけられて」


「仮想世界でも近所付き合いか」


「いい人だったよ。今度、一緒に釣りする」


 石川は笑った。


「お前、普通に引っ越し楽しんでるな」


「だから、そう言ってるだろ」


 宮尾に続いて、石川も家に上がった。


 居間には低いソファと、横に長い窓があった。


 テレビの下に、昔三人で遊んだゲーム機が置いてある。棚の上には、宮尾がどこかで買ってきたという、妙に丸い魚の置物があった。


「何でも作れるのに、結局こういう家にするんだな」


「落ち着くんだよ」


 宮尾は窓を開けた。カーテンが揺れ、潮の匂いが入ってきた。


「家具の位置、結構考えたんだぞ」


「AIに任せれば一瞬だろ」


「案は出してもらった。でも、このソファは座ってから二回動かした」


「暇だな」


「暇なんだよ」


 宮尾はあっさり認めた。


 石川はソファに腰を下ろした。海の見え方が、ちょうどよかった。


「ここから飛んで海まで行けたら便利そうだけど」


「この街は飛行禁止。やるなら専用の場所だな」


「何で」


「窓の前を知らないおっさんが飛んでたら嫌だろ」


 石川は開いた窓を見た。


「それは嫌だな」


「飛びたきゃ個人モードでやればいいじゃん」


「俺、昔の病院とか実家くらいしか作ってないぞ」


「もったいない」


 間瀬が笑った。


「お前、何でもできる場所で、昔の職場に通ってるのか」


「言い方」


 宮尾が画面を出した。


 共有モードと個人モード。石川も何度も見ていた項目だったが、普段は保存した場所から入るので、あまり意識していなかった。


「共有は、みんなの街。個人は、自分で決める場所」


 宮尾が二つを順番に指した。


「俺の実家は個人の方だよな」


『はい。石川さんが編集する、記憶再現環境です』


「でも、誰か呼ぶことはできるんだろ?」


『招待された方は参加できます。環境を変更する権限は、別に設定します』


「じゃあ、お前呼んでも実家の隣に城は建てられないな」


 石川が宮尾を見ると、宮尾は首を振った。


「城にこだわってるのお前だろ」


 間瀬が笑った。


「一回、何もないところから作ってみろよ。昔あったものじゃなくてさ」


 石川は少し考えた。


「……飛んでみるか」


「行ってこい。俺ら、ちょっとゲームしてるから」


「新居に呼んだ客を追い出すなよ」


「飛びたいって言ったのお前だろ」


 石川は笑い、ジッピに新しい個人空間を開くよう頼んだ。


 白い砂浜に立っていた。


 宮尾の家も、隣の屋根もない。目の前には海が広がり、背後には緑の丘が続いていた。


『何を体験しますか』


「空、飛びたい」


『姿勢や速度の補助を有効にしますか』


「全部つけて。初めてだから」


 足が、砂から離れた。


「おっ」


 身体がゆっくり持ち上がる。石川は反射的に両手を広げた。


 足元が遠ざかる。


 砂浜の形が見え、海の色が浅瀬から沖へ向かって濃くなっていく。


「うわああ!」


『高度を下げますか』


「いや、もうちょっと上!」


 風が頬に当たった。


 前を向くと、身体がその方向へ進んだ。腕を動かさなくても飛べるのに、石川はつい両手を前へ伸ばした。


「これ、一回やってみたかったんだよ」


『現在の姿勢に、飛行上の必要性はありません』


「分かってるよ!」


 声が風に混じった。


 石川は海岸線に沿って飛び、丘を越えた。木々の間に道があり、その先に何もない草原が広がっている。


「あそこに城、作って」


 草原の中央に、石の塔が立ち上がった。城壁がつながり、旗が風を受けた。


「おお」


『入口へ移動しますか』


「屋根に降りたい」


 石川は塔の上に着地した。


 遠くまで海が見えた。風に白髪交じりの前髪が揺れる。


「この格好で城の屋根にいるの、変だな」


『容姿を変更できます』


「二十歳くらいにして」


 手の甲が若くなった。身体が少し細くなる。


 石川は自分の腹を見下ろした。


「そうそう。昔はこれだった」


『写真記録では、もう少し腹部に厚みがあります』


「今日くらい見逃せよ」


 城の裏に、恐竜のいる森を作った。


 大きな草食恐竜が首を上げ、木の葉を食べていた。石川が近づいても逃げず、こちらをちらりと見て、また食べ始める。


「踏まれない?」


『踏まれない設定です』


「なら、下通ってみるか」


 腹の下を歩いた。頭上に生き物の影が広がり、一歩動くたびに地面が震えた。


 石川は見上げたまま、声を出して笑った。


「じゃあ今度、怪獣が街壊すやつとかもできる?」


『架空の無人都市を舞台にした、特撮風の体験を作成できます』


「何でもありだな」


『過度に残虐な表現や、実在する人物への加害を目的とした再現などには制限があります』


「個人でも?」


『はい。成人向けの性的な体験にも、年齢や同意などの利用条件があります』


「なるほど。自由だけど、無制限じゃないと」


『その通りです』


「今日は怪獣いいや。海行こう」


 石川は再び空へ上がった。


 今度はそのまま、海へ向かって降りていった。


 水面が迫った瞬間、石川は息を止めた。


 泡が視界を覆う。


 水の中へ入った。


 身体に冷たさが触れたが、苦しくはなかった。


『呼吸できます』


 石川は恐る恐る息を吸った。


「……できる」


 声まで出た。


 目の前を、小さな魚の群れが横切る。水面から差し込む光が、砂の上で揺れていた。


 石川は海底に足をつけた。


 歩くたびに砂が舞う。魚が避け、少し離れたところでまた集まる。


「現実じゃ絶対できないな」


『はい』


「そこは即答なんだな」


 大きな影が通った。


 見上げると、マンタが頭上をゆっくり進んでいた。石川は手を止め、その腹側を眺めた。


 ここへ来るまで、城の屋根にいた。その前は、空を飛んでいた。


「こんなの、一生遊べるだろ」


『体験の組み合わせは、極めて多数です』


「そこは夢があるって言えよ」


『ほかに試したいことはありますか』


 石川は考えた。


 鳥になる。雲の上を歩く。月に城を建てる。


 思いつくだけで、どれも実現できそうだった。


 ふと、千秋の顔が浮かんだ。


「あいつ、飛べたら喜ぶかな」


『千秋さんでしょうか』


「ああ。千秋と一緒にも、こういうのできる?」


『石川さんの個人空間で、千秋さんの人物モデルを使用できます』


「昔の家から、連れてこられるのか」


『はい。記憶の再現とは別の体験として保存します』


 千秋は、どんな顔をするだろう。


 怖がって石川の手をつかむかもしれない。すぐに慣れて、自分より遠くへ飛んでいくかもしれない。


 それは、昔あった出来事ではない。


 どのアルバムにも残っていない時間を、これから作れるのだった。


「……まずは、あの家でいいかな」


『承知しました』


「明日はトランプの約束してるから」


 石川はもう少しだけ、海の底を歩いた。


 宮尾の家へ戻ると、二人はまだゲームをしていた。


「どうだった?」


「飛んだ。城建てた。恐竜見た。海の底歩いた」


「詰め込んだな」


 間瀬がコントローラーを置いた。


「楽しかった?」


「めちゃくちゃ」


「顔に出てる」


 宮尾が石川を見て笑った。


「何で若返ってんだよ」


 石川は自分の手を見た。


「あ。戻すの忘れた」


「お前、そのころの方が腹出てなかった?」


「お前まで言うなよ」


 三人で笑った。


 石川はいつもの姿に戻り、ソファへ座った。さっきまで海の底にいたのに、友人の家でゲームの続きを待っている。


「で、次は俺な」


「空飛んできたやつが、普通にゲームやるのかよ」


「それはそれでやりたいだろ」


 宮尾がコントローラーを渡した。


 石川は受け取り、テレビへ向き直った。


 退出すると、自分の部屋に戻っていた。


 身体を起こして、両足を床につける。立ち上がると、さっきまでなかった重さが膝にかかった。


 窓の向こうに、ミカンの木が見える。


 石川は少し眺めてから、部屋を出た。


 妻が食事の準備をしていた。作業場では、真希が器の表面を整えている。


「お父さん、何してきたの?」


「空飛んで、海の底歩いてきた」


「いいね」


「反応、軽いな」


「だって楽しかったんでしょ」


「楽しかった」


 真希は笑い、手元へ目を戻した。石川はその横に立って、器をのぞき込んだ。


「それ、明日も作るの?」


「午前中に続きをやる。午後は空いてるよ」


「俺、午後は千秋と遊ぶんだ」


 真希の手が止まった。


「私も行っていい?」


 石川は娘を見た。


「会ってみたい?」


「うん。前に写真見せてくれたでしょ」


「ああ」


「一緒に何か作ってみたい」


 石川は少し考え、うなずいた。


「じゃあ、招待送るよ」


「私も子どものころの姿にしようかな。お父さん、小五くらいなんだよね」


「そう。そのまま行くと知らないおじさんになるから」


「私も同じくらいにする」


 真希は端末を開き、小学生のころの写真を探し始めた。


 石川は隣で、懐かしい服を指さした。真希はそんなに着ていたっけと言い、石川は毎週見ていたと答えた。


 明日は、娘と一緒に昔の実家へ行く。


 その次は、千秋と空を飛ぶかもしれない。


 台所から妻に呼ばれ、石川は食器を運びに行った。


 今日一日では、まだ行きたい場所を回り切れなかった。


 明日も、その先も、予定は埋まりそうだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。