↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人類の最適化が正常に完了しました  作者: TAMI


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
21/40

第21話 欲しいと思う前に

 チップを入れてから、八か月が過ぎた。


 試験運用という言葉は、いつの間にか聞かなくなっていた。


 石川も、首の後ろに小さな端末が入っていることを、普段は忘れている。


 その朝は、なぜか落ち着かなかった。


 動画を開いては閉じ、庭へ出てミカンの葉を眺め、また居間へ戻る。


 ソファに座って三分もしないうちに立ち上がったところで、ジッピが声をかけた。


『今日は外へ出ることを推奨します』


「なんで?」


『過去三時間、軽度のストレス反応が継続しています』


「ストレスなんかないぞ。仕事もしてないのに」


『仕事以外でも生じます』


「そりゃそうだけど」


 石川は窓の外を見た。


「散歩?」


『駅前のゲーム施設はいかがですか。旧型の対戦ゲームが追加されています』


「旧型って?」


 画面に見覚えのある筐体が映った。


 大学時代、友人と何度も遊んだ格闘ゲームだった。


「まだこれ動くの?」


『内部は再製作されています。操作感は当時のものを再現しています』


「懐かしいな」


『宮尾さんも、外出先を検討しているそうです。お誘いしますか?』


「いいね」


 返事をしてから、石川はジッピを見た。


「俺、そんなに暇そうだった?」


『はい』


「少しは濁せよ」


 宮尾は、待ち合わせより先に到着していた。


 すでに筐体の前に座っている。


「お前、これ使ってたよな」


 石川が画面のキャラクターを指さすと、宮尾はうなずいた。


「技、全然覚えてないわ」


「俺は覚えてるぞ」


 石川は向こう側に座った。


 最初の試合は、何もできないまま負けた。


「覚えてるんじゃなかったの?」


「頭はな。指が忘れてる」


「便利な言い訳だな」


 三試合目には、指も少し思い出した。


 五試合目でようやく勝つと、石川は思わず声を上げた。


「よし!」


「一回勝っただけで喜びすぎだろ」


「勝率が急上昇したからな」


 二人で笑った。


 昼前には、朝の落ち着かなさを忘れていた。


 施設を出た石川は、大きく伸びをした。


「確かに気分よくなったな」


『気分転換になったようですね』


「予測どおり?」


『はい』


「俺より俺の機嫌分かってない?」


『一部については』


「最近、その一部が広いんだよ」


 宮尾は隣で笑っていた。


「俺もよく出かける予定を勧められるよ。家でだらだらしてると、余計なことでイライラするから」


「お前にもそんなことあるの?」


「あるだろ。ゲームで負けたり」


「さっき俺に負けたとき?」


「一回な」


 宮尾は飲み物のふたを開けた。


「最近は、イライラする前に休憩を入れてくれるから楽だよ」


「自分の感情までAIに任せてない?」


「怒りたいの?」


 石川は少し考えた。


「……別に怒りたくはない」


「じゃあ、いいじゃん」


 言い返そうとしたが、何を言い返したいのか分からなかった。


 帰宅すると、真希が作業台の前で小さな袋を持ち上げていた。


「これ、届いたの?」


『はい』


「使ってみたかったんだよね」


 袋の中には、角度によって青にも緑にも見える薄い素材が入っていた。


 真希は窓にかざし、色の変化を確かめている。


「頼んでたのか?」


 石川が聞くと、真希は首を振った。


「これを頼んだわけじゃないよ。少量の見本なら、合いそうなのを選んで取り寄せてって言ってあるの」


『過去二週間の制作履歴と、閲覧中に関心を示した素材から選びました』


「今作ってるやつに合いそうだなって思ってたんだよね。ちょうどよかった」


 真希は袋を開け、早速作品の横に並べた。


 何を、いつ届けるか。


 そこまでは指定していなかったらしい。


 石川はジッピを見た。


「俺が欲しいって思う前から分かるの?」


『欲しいと自覚する前に、関心を予測できる場合があります』


「頭の中は読めないんだろ?」


『はい。許可された行動記録と生体反応を組み合わせています』


 昔の推薦は、検索したものに似た商品を並べていた。


 今は、何を長く眺め、何を途中で閉じ、そのとき身体がどう反応したかまで使う。


 石川が言葉にする前に、候補は絞られていた。


「じゃあ、欲しいと思ったのは真希が先? お前が先?」


『私が行ったのは予測です。欲求ではありません』


「じゃあ、あれを見たから欲しくなった可能性は?」


『あります』


「元から欲しかったのか、勧められて欲しくなったのか、分からないじゃん」


『区別が難しい場合もあります』


 真希は二人の会話を聞きながら、薄い素材を作品に重ねた。


「でも、これ好きだよ」


 光を通すと、透明だった作品の内側に青い影ができた。


「ほら」


 石川はのぞき込んだ。


「……いいな、それ」


「でしょ」


 夕方、石川が居間へ戻ると、テーブルに飲み物が置かれていた。


 ちょうど何か飲もうと思っていたところだった。


 ソファに座ると、足元から弱い温風が流れ始めた。


 靴下を履こうかと考えかけて、その必要がなくなる。


「ジッピ」


『はい』


「じゃあ今、俺が何食べたいか当ててみて」


『カレーです』


「……それ食べたいわ」


『夕食の候補として用意しています』


「先に言われると悔しいな」


『別の料理にも変更できます』


「いや、カレーでいい」


 少し間を置いて、石川は聞いた。


「俺がイライラしてるときも分かる?」


『その可能性を推定できます』


「妻に何か言う前から?」


『声をかける前の状態から分かる場合もあります。ただし、理由まで特定できるとは限りません』


「喧嘩になりそうなときは?」


『会話の経緯や双方の状態から、予測できる場合があります』


「止めたりするの?」


『希望されれば、休憩や話す時間の変更を提案します』


「希望しなければ?」


『通常の意見の衝突には介入しません』


 石川は、飲み物をひと口飲んだ。


 余計な口出しをされるのは嫌だった。


 しかし、言わなくてもいいことを言って、あとから後悔したこともある。


「じゃあ、俺が疲れてて余計なこと言いそうなら、こっそり教えて」


『石川さんへの通知を設定します。会話内容の判断まで任せますか?』


「そこまではいい」


『承知しました』


 設定は、それだけで終わった。


 夕食後、宮尾から短いメッセージが届いた。


 勧められた映画が面白かった、という。


 石川が題名を開くと、紹介画面に「個別生成型」と表示された。


「これ、宮尾と同じもの見られるの?」


『宮尾さんが視聴した版も選択できます。標準設定では、石川さんの反応に合わせて展開が変わります』


「展開?」


『退屈が続けば進行を速め、恐怖が強すぎれば表現を調整します。登場人物との関係も、視聴中の反応に応じて変化します』


「同じ題名でも、別の映画になるってこと?」


『はい』


「感想、合わなくない?」


『内容の違いを比較する楽しみ方もあります』


「何でも楽しみにするな」


 画面の端には、没入型で体験するという選択肢もあった。


 見るだけでなく、自分が物語の中へ入るらしい。


「映画って、見る側に合わせるものだったっけ?」


『この形式では、体験する人の満足度を重視しています』


「作った人が見せたいものは?」


『作者が内容を固定した作品も選択できます』


 真希が作ったクラゲが、棚の上に置かれていた。


 少し傾いた傘も、短い足も、石川の好みに合わせて変わることはない。


 それはそれで、気に入っていた。


「今日は普通のやつでいいかな」


『固定版を表示します』


「……いや、こっちもちょっと気になるな」


 石川は、個別生成型の予告編を再生した。


 夜、家族がそれぞれの部屋へ戻ったあとも、石川はソファに座っていた。


 映画は面白かった。


 どこが自分向けに変わったのかは、分からなかった。


 画面を閉じ、何となく天井を眺めていると、静かに音楽が流れ始めた。


 大学時代によく聴いていた曲だった。


「なんでこれ?」


『現在の状態では、この曲を好む可能性が高いと判断しました』


「今日は懐かしいものばっかりだな」


『ゲーム施設での反応も参考にしています』


 石川は、音楽を止めるために手を伸ばしかけた。


 自分で選んだわけではない。


 今、聴きたかったかどうかも分からない。


 けれど、前奏のあとに続く歌い出しを、まだ覚えていた。


 小さく口ずさむ。


 伸ばしかけた手を、ソファへ戻した。


「……まあ、これでいいや」


 以前は、欲しいものを探していた。


 今では、欲しいものの方から石川を見つけるようになっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。