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人類の最適化が正常に完了しました  作者: TAMI


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第19話 反対する自由

 真希の卒業式から、二週間ほどが過ぎた。


 石川は宮尾と街を歩いていた。


「結局、真希ちゃんは何するんだ?」


「しばらく造形施設に通うって。ガラスをやりたいらしい」


「職人になるのか?」


「分からん。そもそも、何かになるって感覚がないみたいだ」


「今の子はそうだろうな」


「何にもならなくていいんでしょって言われたよ」


「正論じゃん」


「親としては寂しいんだよ。医者になれとは言わないけど、もうちょっと悩んでほしい」


「それ、悩んでほしいんじゃなくて、父親に相談してほしいだけだろ」


「……そうかもしれん」


 石川が認めたところで、少し先から人の声が聞こえてきた。


 広場に大勢の人が集まっている。


 今の時代、一か所に数百人もの人間が集まっているだけでも珍しい。


「なんかやってるな」


 宮尾が足を止めた。


 広場の中央には簡素な演台が置かれ、その後ろに大きな布が張られていた。


 人間のための社会を取り戻そう。


 手書きの文字だった。


『AI依存社会に反対する市民集会です』


 後ろを歩いていたジッピが言った。


「まだこういうのあるんだな」


「見てく?」


「ちょっとだけな」


 広場には、案内用のGPXも受付機もなかった。


 紙の資料を人が配り、音響の調整も人が行っている。


 すべてを人間だけで運営することが、この集会の方針らしい。


 演台には、七十歳ほどの男性が立っていた。


 声を荒らげてはいない。


 ゆっくりと、聴衆一人ひとりに確認するように話していた。


「私たちは、生活をAIに任せました」


 広場が静かになる。


「仕事を任せました。医療を任せ、教育を任せ、移動を任せました。今では、何を買うべきか、何を食べるべきか、誰と過ごすべきかまで、AIが提案します」


 石川は、少し離れた場所から演説を聞いていた。


「AIのおかげで、人々は豊かになりました。病気で亡くなる人は減り、飢える人も、住む場所を失う人も減りました。私は、その成果を否定しません」


 感情だけでAIを拒絶しているわけではなかった。


「しかし、問いかけたい。次は何を任せるのでしょうか」


 男性は、自分の頭を指さした。


「政府は間もなく、人間の身体に埋め込み、個人AIと常時接続する装置の試験運用を始めます」


 周囲から、低い声が上がった。


「医療のため。安全のため。本人確認のため。便利な理由はいくらでも用意されるでしょう」


 男性は一度、言葉を切った。


「自由とは、正しい選択をすることではありません」


 その声が、広場に響く。


「間違えることができることです」


 石川は黙って演台を見た。


「AIは、私たちを不幸にはしていません。だからこそ危険なのです。不満がないまま、自分で決める必要だけが消えていく。気づいたとき、私たちは自由を失ったことにすら気づけないかもしれない」


「……言ってること、分からなくもないな」


 宮尾が小さな声で言った。


「ああ」


「でも、昔に戻りたいかって言われると嫌だな」


「俺もだよ」


 石川は病院にいたころを思い出した。


 AIに仕事を奪われた。


 その一方で、AIがいなければ死んでいた患者を知っている。


 ジッピがいなければ、真希を今ほど安心して育てられたかも分からない。


「医療からAIを外せって言われても、賛成できないな」


『現在の医療を人間のみで維持した場合、治療成績は大幅に低下します』


「お前には聞いてない」


『会話内容に関連する情報を補足しました』


「そういうところが反対されてるんじゃない?」


『今後は発言の必要性を再評価します』


「すぐ直すところも怖いんだよな」


 演説が続く間、広場の周囲には十数体のポリスメカが立っていた。


 人間より一回り大きな、二足歩行の機体。


 濃い灰色の装甲に覆われ、腰には拘束具と非致死性の制圧装置が収められている。


 人間の警察官は見当たらなかった。


 広場の上空には、数機のポリスドローンが浮いていた。


 小さな機体が一定の間隔を保ちながら、人の流れを見下ろしている。


 顔の向き。


 手足の動き。


 人が密集し始めた場所。


 群衆の変化を、地上のポリスメカと共有しているのだろう。


 ただ立っているだけの二足歩行機と、音もなく浮かぶドローン。


 どちらも演説を止めようとはしなかった。


 政府を批判しても、AIを否定しても、警告すら出さない。


 ただ静かに、集まった人々を見ていた。


 演説が終わると、広場に拍手が起こった。


 その直後、前方にいた数人の若者が、立入禁止の柵へ向かった。


「話を聞け!」


 一人が柵を押す。


 別の一人が、ポリスメカに向かって瓶を投げた。


 瓶が弧を描く。


 地面に落ちる前に、上空から降下したポリスドローンが追いついた。


 機体の下から広がった網が、瓶を空中で包む。


 割れる音はしなかった。


 柵を越えようとした若者の前には、二足歩行のポリスメカが回り込んでいた。


 若者が右へ動けば右へ。


 左へ抜けようとすれば左へ。


 触れてはいない。


 ただ進路だけを、正確に塞いでいる。


「どけ!」


 若者がポリスメカを殴ろうと、腕を振り上げた。


 ポリスメカは半歩だけ踏み込み、肘の進行方向へ柔らかい拘束具を差し込んだ。


 腕は伸びきる前に止まった。


 勢いを失った若者の身体を支え、そのまま床へゆっくりと座らせる。


 同時に、ほかのポリスメカが人の流れを分断した。


 危険区域を示す光が地面に映し出され、ポリスドローンが上空から退出方向を案内する。


 前へ進もうとしていた者たちは、互いに押し合う前に別々の方向へ誘導された。


 怒号は上がった。


 だが、殴り合いも、催涙ガスも、盾を並べて押し返す光景もなかった。


 騒ぎは数十秒で終わった。


「早っ」


 石川は思わず声を漏らした。


「暴動までAIに負けるのか」


 宮尾が言った。


『勝敗を目的とした行為ではありません』


「そういう話じゃない」


 拘束された若者のそばに、一体のポリスメカがしゃがんだ。


『負傷の有無を確認します。痛みのある部位を教えてください』


「触るな!」


『接触せずに確認します。あなたには、拘束の理由と今後の手続きについて説明を受ける権利があります。希望する場合、弁護支援AIまたは人間の弁護士へ接続します』


 頭上のポリスドローンも、若者の呼吸や体温を確認している。


 若者は怒鳴り続けていた。


 ポリスメカは言い返さない。


 脈拍と呼吸を確認しながら、同じ声量で説明を続けている。


「反対してる相手に、ここまで世話されるの嫌だろうな」


「逃げ場ない感じはするな」


 宮尾の言葉に、石川もうなずいた。


 集会は予定どおり終了した。


 演説した男性は資料を片づけ、ほかの参加者と一緒に広場を出ていく。


 ポリスメカも、ポリスドローンも彼を止めなかった。


「あの人、捕まらないんだな」


『演説内容に違法性はありません』


「AI社会に反対してるのに?」


『思想は処罰の対象ではありません。平和的な集会と政府への批判は、権利として保障されています』


「反対する自由はあるわけか」


『はい』


 石川は、帰っていく参加者たちを見た。


 年配者が多かった。


 若い者もいたが、真希と同じくらいの年齢はほとんど見当たらない。


 帰宅後、石川は夕食の席で集会の話をした。


「真希はどう思う? AIに頼りすぎてるって言われたら」


「何を?」


「生活全部を」


 真希は箸を止めた。


「AIを使わないってこと?」


「そう」


「どうやって病院行くの?」


「昔は人間が診てた」


「車は?」


「人間が運転してた」


「勉強は?」


「人間の先生が、みんなに同じことを教えてた」


 真希は少し考えた。


「なんで?」


「またそれか」


「だって、危なくない?」


「危なかったよ。今よりはな」


「じゃあ、AIなしで何するの?」


 真希は、本当に分からないという顔をしていた。


 石川には、AIへ任せる前の世界の記憶がある。


 自分で車を運転し、人間の医師が患者を診て、金のために毎日働いていた。


 反対派が守ろうとしているのは、そのころの人間らしさなのだろう。


 だが真希にとって、それは歴史の中にある不便な生活だった。


 食後、政府からの発表が配信された。


『希望者を対象に、埋め込み型個人認証端末の試験運用を開始します』


 画面には、米粒ほどの小さな装置が映っていた。


 個人AIとの常時接続。


 本人確認、決済、健康管理、位置情報、緊急連絡。


 将来的には、感覚補助や記憶支援への応用も検討されているという。


「今日の演説、これのことだったのか」


『はい』


「ずいぶん小さいな」


『埋め込みは短時間で完了します。除去も可能です』


「安全なの?」


『現時点の試験では、重大な問題は確認されていません』


「現時点、ね」


『利用は任意です』


「そう言うと思ったよ」


 石川は、画面の中の小さな装置を見つめた。


 AIに反対する自由は、まだ残っていた。


 ただ、その自由を使う人間は、少しずつ減っていた。

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