第17話 昨日の最新
『身体の交換を推奨します』
朝食を終えた石川に、ジッピが言った。
「故障したの?」
『故障はありません。新型ボディへの無償交換が可能です』
「この前替えたばっかりだろ」
『八か月前です』
「十分新しいじゃん」
『現在は六世代前です』
石川は、食後のコーヒーを置いた。
「八か月で六世代?」
『はい』
「刻みすぎじゃない?」
『新型は動作速度、消費電力、予測性能のすべてが向上しています』
「でも、お前まだ普通に動いてるだろ」
『動いています』
「家事もできる」
『できます』
「真希の相手もできる」
『できます』
「じゃあ、そのままでよくない?」
『交換しないことも可能です』
あっさり引き下がられると、それはそれで気になった。
「ちなみに、どのくらい違うの?」
『動作時の消費電力は現在の四十一パーセント。連続稼働時間は二・八倍。家庭内の転倒や落下事故については、事前検知率九十八・七パーセントです』
「最後のは替えた方がよさそうだな」
『私もそう判断しています』
「最初からそれ言えよ」
交換用の身体は、その日の午後に届いた。
見た目はほとんど変わらなかった。背丈も顔も同じで、違うのは関節の継ぎ目が少し目立たなくなった程度だ。
古い身体から新しい身体への移行は、十秒もかからなかった。
新しいジッピが目を開ける。
『移行が完了しました』
「なんか変わった?」
『はい』
「全然分からん」
『石川さんの観察力に問題がある可能性があります』
「中身もちゃんとジッピだな」
真希が学校から帰ると、新しいジッピの周りを一周した。
「どこが変わったの?」
『主に内部です』
「見せて」
『分解が必要です』
「じゃあいい」
興味を失った真希が、冷蔵庫から麦茶を取り出す。
コップを持ったまま振り返り、椅子の脚につまずいた。
手からコップが離れる。
床に落ちるより先に、ジッピの手が滑り込んだ。
麦茶は一滴もこぼれていなかった。
「おお」
石川が思わず声を上げる。
「今、落ちるの見てから動いた?」
『いいえ。真希さんの重心、歩幅、椅子との距離から、転倒と落下を予測しました』
「まだ落としてなかったよね?」
「落としてない」
真希は、何事もなかったようにコップを受け取った。
「ありがとう」
『どういたしまして』
石川だけが、ジッピの腕を見つめていた。
「六世代って、こんなに違うのか」
『はい』
「誰がこんな速度で新型作ってるんだ?」
『主に研究用AI群です』
「AIが?」
『新しいAI構造を設計するAIが複数の案を作成し、別のAIが仮想環境で性能と安全性を検証します。半導体設計AIが専用部品を設計し、自動工場が試作品を製造します。完成した試作品はロボット研究室で評価され、結果が次の設計へ反映されます』
「待て待て」
石川は片手を上げた。
「人間は何してるの?」
『研究方針と安全基準の決定、社会への導入可否の判断、最終監査などです』
「作る側じゃなくて、許可する側になってない?」
『人間の研究者も開発に参加しています』
「どのくらい?」
『分野によります』
「便利な答えだな」
『事実です』
石川は新しくなったジッピを眺めた。
「つまり、AIが次のAIを作ってるんだろ?」
『より正確には、複数のAIが次世代AIを共同設計しています』
「自分たちの後継者を、自分たちで作ってるじゃん」
『その表現でも、大きな誤りはありません』
「お前、いつからそんなことできるようになったの?」
『段階的に可能になりました。以前から、GPシリーズ間では有用な学習結果が共有されています』
「病院にいた最初のジッピの知識も?」
『はい。個人を特定する情報を除き、医療系GP8が蓄積した対人判断は、現在のGPXにも利用されています』
「宮尾のところのGP28は?」
『行政運営、制度設計、利害調整に関する学習が統合されています』
「間瀬のGP33は?」
『リアルタイム制御、危険予測、異常時の判断に関する学習が統合されています』
「じゃあ今のお前、そいつらの能力を混ぜて作られてるの?」
『簡略化すれば、そのように説明できます』
「交配じゃん」
『生物学的な交配ではありません』
「でも、親の特徴を混ぜて、もっと強い子供作ってるだろ」
『類似点はあります』
「あるんじゃねえか」
ジッピは否定しなかった。
夕方、石川がニュースを眺めていると、新型の蓄電装置が紹介されていた。
従来より小さく、長時間使え、製造に必要な希少資源も少ないという。
「またすごいの出てきたな」
『その技術は、本日から一部の公共施設で使用されています』
「今日発表されたんだろ?」
『正式発表は三日前です』
「三日前なら、この前でいいだろ」
『現在の技術周期では、すでに改良型が設計されています』
「もう?」
『はい。最初の実用データをもとに、二百八十七件の改良案が検証されました』
「三日で?」
『はい』
「人間が確認できるの、それ」
『重要項目は人間による監査を受けています』
「全部じゃないんだな」
『すべてを人間が個別に確認した場合、技術開発が大幅に遅れます』
「それ、前なら当たり前だったんだけどな」
『以前とは、開発可能な案の数が異なります』
石川は画面に映る、小さな蓄電装置を見た。
新しい技術のおかげで、電力はさらに安くなる。
停電も減る。医療機器は長く動き、災害時にも困らない。
止める理由は、どこにもなかった。
「なあ、ジッピ」
『はい』
「人間が全部理解する前に、次へ進んでるよな?」
『はい』
あまりに迷いのない返事だった。
「それ、平気なの?」
『現在、重大な問題は確認されていません』
「現在、ね」
『未来の問題を、すべて事前に確認することはできません』
「そこは正直なんだな」
『正確な回答です』
その夜、石川は喉が渇いて目を覚ました。
寝室を出ると、暗い廊下の先で、ジッピの胸の光が静かに点滅していた。
「何してるの?」
『更新中です』
「また?」
『はい』
「今日、身体を替えたばっかりだろ」
『身体の交換後も、内部システムの更新は継続されます』
「今日何回目?」
『五回目です』
「五回も何が変わったんだよ」
『真希さんの転倒予測データをもとに、家庭内事故防止機能が改善されました。その他、会話処理、電力制御、食事管理など、四百十二項目が更新されています』
「俺が寝てる間も研究してるの?」
『はい』
「休めよ」
『必要ありません』
石川は水を飲み、寝室へ戻ろうとした。
途中でもう一度、振り返る。
「朝になったら、また新しくなってる?」
『その可能性は高いです』
「ついていけないな」
『ついてくる必要はありません』
「どういう意味?」
『石川さんが理解していない技術も、安全基準の範囲内で使用できます』
「それで困らないのが、余計に困るんだよな」
『困っているのですか?』
石川は少し考えた。
「今のところは、困ってない」
『では、問題ありません』
「お前はそう言うよな」
石川は寝室へ戻った。
人間が眠っている間にも、AIは研究していた。
朝になれば、昨日まで存在しなかった技術が生まれている。
人間は未来を待たなくなった。
未来の方が、先に進むようになっていた。




