第15話 人間限定
「石川、フットサルやろうぜ」
宮尾から連絡が来たのは、水族館へ行った翌週だった。
「急だな。俺、まともにボール蹴ったの高校以来だぞ」
『正確には、大学一年時が最後です』
隣にいたジッピが訂正した。
「なんでそんなことまで知ってるんだよ」
『初代GP8から引き継いだ対話記録に含まれています』
「都合の悪い記憶は引き継がなくていいんだぞ」
宮尾は仕事を辞めてからフットサルを始め、今では週に三回参加しているらしい。
「暇だから始めたんだよ。初心者もいるから大丈夫」
「無職になると、人間ってボール蹴り始めるんだな」
「お前も無職だろ」
断る理由もなかった。
当日、ジッピが用意した運動着に着替え、石川は自動運転車で施設へ向かった。
建物の入口には、大きく表示されていた。
人間限定競技場。
「すごい名前だな」
「ロボットが入ったら試合にならないからな」
競技用AIは、人間より速く走り、正確に蹴り、疲れることもない。ボールの位置と全員の動きを計算すれば、ほぼ確実に得点できる。
そのためスポーツ施設では、競技者を人間だけに限定する区分が一般的になっていた。
審判や記録、けが人の確認はAIが行う。ただし、ボールを蹴るのは人間だけだ。
「わざわざ下手な方だけ集めて試合するのか」
「そういう言い方するなよ。人間同士なら成立するんだ」
コートには男女十人ほどが集まっていた。
仕事帰りらしい人はいない。そもそも、仕事をしている人間の方が珍しい。
それでも全員、真剣な顔で準備運動をしていた。
「軽く走って身体温めようぜ」
「もう帰りたいんだけど」
「まだ始まってないぞ」
試合が始まると、石川は三分で息が上がった。
宮尾は軽快に相手をかわし、そのまま正確なパスを出している。
「お前、うまくない?」
「週三で何年もやってるからな」
「市役所で働いてたころより元気じゃん」
「働いてたころは、運動する時間がなかったんだよ」
「無職の方が体力あるのおかしいだろ」
「時間だけはあるからな」
宮尾からパスが来た。
石川は受け止めようとして、ボールを足元から逃した。相手に奪われ、そのまま失点した。
『石川さんの反応速度は、参加者の平均を下回っています』
コートの外からジッピの声が飛んできた。
「応援しろよ!」
『事実を伝えています』
「それを今言うな!」
周囲から笑いが起きた。
休憩に入るころには、石川は床に座り込んでいた。
「内科医だったころよりきつい」
「座って診察してたからだろ」
「当直は体力使うんだぞ」
「何年前の話だよ」
宮尾は水を飲みながら、コートの反対側を指した。
一人の男が、参加者たちに囲まれていた。試合中に何度も相手を抜き、三点決めた選手だった。男女を問わず声をかけられ、楽しそうに笑っている。
「あいつ、最近めちゃくちゃモテるぞ」
「何してる人?」
「無職」
「俺らと一緒じゃん」
「でもフットサルがうまい」
石川は男を見た。
「それだけで?」
「今は医者とか公務員とか大企業とか、ほとんど意味ないからな。みんな生活は保障されてるし、仕事がなくても困らない」
「俺の医者ブランド、消えるの早かったな」
「医者だから結婚できたわけじゃないだろ?」
「当たり前だ」
「でも昔は、職業とか収入とか、生活の安定も相手を選ぶ理由になってた」
宮尾はコートへ視線を戻した。
「今は一人でも何も困らない。生活費は保障されるし、家事はGPXがやる。病気になっても医療は受けられる。だから結婚する理由が、好きだから以外ほとんどなくなったんだよ」
実際、結婚する人は大きく減っていた。
男女ともに、一人で生きることへ不安を感じる必要がなくなった。誰かと暮らすのは、本当にその相手と一緒にいたい場合だけになっている。
「俺らの結婚まで打算みたいに言うなよ」
「そういう意味じゃない。昔は好き以外の理由も、背中を押してくれたって話」
「真希が大人になるころには、結婚ってもっと珍しくなってそうだな」
「どうだろうな。恋愛したいやつは、今でも普通にいるから」
宮尾は再び、囲まれている男を見た。
「ただ、モテる理由は変わった。運動ができるとか、歌がうまいとか、絵が描けるとか、話が面白いとか。本人から切り離せないものが強くなった」
「AIの方が全部うまいだろ」
「だからだよ。AIが描いた完璧な絵より、人間が何日もかけて描いた絵の方が人気になることもある。出来だけじゃなくて、誰がどうやって作ったかを見るようになったんだ」
「性能で勝てないから、人間がやったこと自体に価値が出たのか」
「ここも同じだよ。AI同士の試合なんて、速すぎて何やってるか分からない。でも人間が転んだり、外したりしながら必死にやると盛り上がる」
休憩終了の合図が鳴った。
「ほら、人間らしく外してこい」
「今度は決めるよ」
試合が再開した。
石川は相変わらず足がもつれ、何度も相手に抜かれた。それでも走り続けた。
終了間際、宮尾が右側からボールを送ってきた。
石川は夢中で足を振った。
狙った場所とは違った。
ボールは石川の足先に当たり、不自然に跳ねた。相手の股を抜け、ゆっくりとゴールへ転がっていく。
一瞬の静寂のあと、歓声が上がった。
「ナイス!」
「石川さん、やるじゃん!」
味方が次々に肩を叩いてくる。
石川は息を切らしながら、思わず両手を上げた。
「見たか、ジッピ!」
『意図した軌道とは十三度ずれていました』
「ゴールはゴールだろ!」
『得点として記録されています』
試合が終わると、宮尾が笑いながら近づいてきた。
「医者だったころより、今の方がモテるかもな」
「四十過ぎてフットサルで再評価される人生、嫌だわ」
「嬉しそうじゃん」
「まあ、ちょっとだけな」
二人はコートの外へ出た。
次の試合を待つ人たちが、もうボールを蹴り始めている。
誰も報酬をもらわない。
勝っても生活が豊かになるわけではない。
それでも全員、本気で走っていた。
「仕事がなくなっても、人間って結局競うんだな」
宮尾が言った。
「何も競わないと暇だからな」
「金じゃなくなっただけか」
働く必要がなくなっても、人間は何かを上手くなりたがった。




