第11話 確率はゼロではない
謹慎生活も半分を過ぎたころ、石川は暇を持て余していた。
庭のミカンに水をやり、昼食を作り、まだ昼過ぎであることに絶望する。医師として働いていたころは一日が短すぎたのに、何もすることがないと時計の針は驚くほど遅かった。
そんな石川に、宮尾から連絡が来た。
『パチンコ行く?』
石川は少し考えてから返信した。
『行く』
考える必要などなかった。
「大学時代に何回か打ったけど、一回も当たったことないんだよな」
店へ向かう途中、石川が言った。
「あれ、何が楽しいんだ?」
「当たったことないから分からないんだろ」
「玉が穴に入るのを待つだけじゃん」
「手術だって血管を縫って心臓が動くのを待つだけだろ」
「全国の医者に謝れ」
宮尾は市役所を辞めてから、たまに遊びに来ているらしい。
「仕事ないと、平日に来られるんだよ」
「平日からパチンコか。立派な第二の人生だな」
「昼まで寝てるお前には言われたくない」
店内に入ると、石川の知っているパチンコ店とは少し変わっていた。
顔認証で入店記録と年齢確認が行われ、現金を使わずに遊技用の残高を購入できる。台の故障や出玉は店内AIが監視し、床では清掃ロボットが黙々と落ちた玉を拾っていた。
それでも、光と音の騒がしさだけは昔と変わっていなかった。
「何を選べばいいんだ?」
「好きなのでいいよ」
「その助言、一番困るやつだぞ」
石川は手元のジッピに聞いた。
「ジッピ。一番勝てる台を教えてくれ」
『確実に勝てる台はありません』
「そういう正論はいらない」
『正確な回答です』
「釘を見れば分かるんじゃないのか?」
『画像から釘の配置を解析することは可能です。しかし、店側のAIも外部AIによる分析を前提に、台ごとの微細な差と稼働状況を管理しています。外見だけで期待値を正確に算出することは困難です』
「AI同士で何やってんだよ」
『一定数を遊技し、実際の回転率を確認する方法が最も確実です』
「結局、人間と同じこと言うんだな」
「パチンコに必勝法なんかあったら、店が潰れるからな」
宮尾は空いている台に座った。石川も、その隣を選ぶ。
画面には、見たこともない戦士たちが並んでいた。何と戦っているのかは分からないが、とにかく世界の命運が懸かっているらしい。
「この台の確率は?」
『通常時の大当たり確率は、およそ三百二十分の一です』
「低すぎない?」
『一回転ごとの当選確率は低いですが、試行回数を重ねるほど、当選する確率は上昇します』
「じゃあ、いっぱい回せば絶対に当たるんだな?」
『いいえ。試行回数を増やしても、一回ごとの当選確率は変化しません。何回遊技しても、当選しない可能性は残ります』
「夢がないな」
石川が打ち始めて、十二回転目だった。
画面が急に暗くなった。
地響きのような音とともに、台の枠が激しく光り始める。
「宮尾。何か壊れた」
「演出だよ」
「この光、大丈夫なのか? 発作起こす人いるだろ」
「医者に戻るな。今は謹慎中だ」
画面の中で戦士が剣を振り下ろした。
役物が動き、店内に大きな音が響く。
大当たり。
「え、当たった」
「嘘だろ。もう?」
「大学時代、一回も当たらなかった俺が?」
「それは関係ない」
「俺、才能あるかもしれん」
『偶然です』
「うるさい」
初めての大当たりに、石川は素直にはしゃいだ。
派手な音に合わせて数字が増えていくたび、画面を指さして宮尾に報告する。何が起きているのか半分も理解していないのに、誰より楽しそうだった。
「医者なのに、こういうの信じるんだな」
「今の俺は、ただの謹慎中の男だ」
やがて大当たりが終わり、台は通常の画面へ戻った。
「いやあ、ビギナーズラックって本当にあるんだな」
『統計上、初心者であることと当選率に因果関係はありません』
「そういうのいいから」
石川は上機嫌で遊技を再開した。
その1回転後だった。
再び画面が暗転した。
先ほどよりも激しい音が鳴り、台全体が赤く光る。
宮尾が自分の台から顔を上げた。
「嘘だろ。また?」
同じように戦士が剣を振り下ろし、画面いっぱいに大当たりの文字が表示された。
石川は声を上げて笑った。
「ほら! ビギナーズラックあるじゃん!」
『ありません』
「でも二回続けてだぞ。相当珍しいだろ?」
『珍しい事象です』
「じゃあ奇跡だな」
『いいえ』
「じゃあ何なんだよ」
『確率がゼロでない以上、起こることがあります』
「二回続けてでも?」
『はい。極めて低い確率であっても、ゼロでなければ起こり得ます』
石川は増えていく数字を見ながら、満足そうにうなずいた。
「じゃあ今日は、その極めて低い方を引いたわけだ」
『その通りです』
「最高じゃん」
「謹慎中に一生分の運を使い切るなよ」
宮尾も笑った。
「今日の俺、負ける気がしないわ」
『過去の当選結果は、次回の抽選確率に影響しません』
「お前、パチンコ屋に向いてないわ」
『正確な情報を提供しています』
「客が聞きたいのは正確な情報じゃなくて、都合のいい情報なんだよ」
『それは情報ではなく願望です』
「本当に向いてないな」
石川は笑いながら、再びハンドルに手を置いた。




