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人類の最適化が正常に完了しました  作者: TAMI


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第10話 謹慎祝い 

 謹慎が始まって一か月ほど過ぎたころ、石川は間瀬と宮尾を居酒屋へ誘った。


「最近、暇そうだな」


 席に着くなり、間瀬が言った。


「分かる?」


「平日の昼間に釣り動画を送ってくるやつは、大体暇だろ」


「あれは今後の人生を豊かにするための勉強だ」


「釣り竿も持ってないのに?」


「まずは知識から入るタイプなんだよ」


 石川は楽しそうにビールを注いだ。


「実は俺、いま三か月休みなんよ」


「有給?」


 宮尾に聞かれ、石川は笑顔で答えた。


「謹慎」


 二人の動きが止まった。


「何した?」


「ちょっと病院の規則を破った」


「ちょっとで三か月は休まされないだろ」


 間瀬が眉を寄せたあと、何かに気づいたように石川を見た。


「待て。まさか、ニュースになってたAI手術の内科医って……」


 石川は周囲を確認した。


「内緒だぞ」


「お前なの?」


「声がでかい」


 間瀬と宮尾は同時に身を乗り出した。


「本当にGP8だけで心臓の手術をしたのか?」


「俺がやったわけじゃない。ジッピがやった」


「同じようなもんだろ」


「全然違う。俺は承認して、黄色い線の外で震えてただけ」


「それで患者は?」


「助かったよ。意識も戻ってる」


 石川はグラスを持ち上げた。


「患者さんが助かったからな。それだけで三か月の謹慎がバケーションに見える」


「前向きすぎるだろ」


「免職を覚悟してたからな。院長にも褒められたし、実質ご褒美だと思ってる」


「謹慎を与えた側が聞いたら泣くぞ」


 三人は笑った。


 しばらくして酒が進むと、石川がグラスを見ながら、ぽつりと言った。


「千秋も、ああやって救えたらよかったんだけどな」


 間瀬と宮尾が黙った。


 千秋は石川の妹だった。


 まだ三人が子どもだったころ、専門医のいる病院へ搬送される途中で亡くなった。


「今なら助かったかもな」


 間瀬が静かに言った。


「ああ」


 石川は一度だけうなずいた。


 それ以上は何も言わなかった。


 間瀬も宮尾も、聞かなかった。


「やめやめ」


 石川が急に顔を上げた。


「せっかくのバケーション祝いだぞ。暗くなるな」


「謹慎祝いって何だよ」


「お前ら、何かくれないの?」


「反省文用の便箋でいいか?」


「いらん。もう始末書は書いた」


 重くなりかけた空気は、石川自身が壊した。


 三人は昔の同級生の話や、石川が給食のプリンを盗んだ事件について言い争った。石川は最後まで冤罪を主張したが、残りの二人は目撃者だった。


 ひとしきり笑ったあと、間瀬が箸を置いた。


「俺さ、会社辞めようと思ってる」


「急だな」


「急でもないよ。自動運転が始まってから、ずっと考えてた」


 鉄道会社にGP33が導入されてから、二年ほどが経っていた。その間、重大事故は一度も起きていない。


「最初は異常時のために人間が必要だって言われてた。でも今は、その異常時対応もGP33の方が速い」


「お前、普段は何してるの?」


「座ってる」


「運転は?」


「してない」


「確認は?」


「GP33がやってる」


「じゃあ、本当に座ってるだけ?」


「だから辞めるんだよ」


 間瀬はビールを飲んだ。


「金のために毎朝起きて、座ってるだけの仕事に行く意味なくね?」


「でも、生活はどうするんだ」


「ベーシックケアがあるだろ」


 最初は、AIに仕事を奪われた人だけを対象にした生活支援制度だった。


 しかし、AIによる失業があらゆる業界へ広がると、制度の対象も保障内容も少しずつ拡張された。


 住居、食事、医療。それに最低限の娯楽まで支援される。人々はその制度を、いつしかベーシックケアと呼ぶようになっていた。


「そんな金、どこから出てるんだ?」


 石川が聞くと、宮尾が答えた。


「AIで人件費が減って、利益が増えた企業から取ってる。AI社会負担金ってやつ」


「会社は嫌がらないのか?」


「人間を何千人も雇うよりは安い。それにAIが生み出した利益の一部を、仕事を失った人間へ戻すって建前だからな」


「元市役所職員が言うと、それっぽいな」


「元じゃなくて、まだ一応在籍中だ」


 間瀬は笑った。


「鉄道会社からの退職支援も出るしな。通勤費も仕事用の服もいらなくなる。計算したら、働いてる今と手元に残る金はほとんど変わらない」


「そんなことある?」


「場合によっては増える」


 石川には、すぐには理解できなかった。


 仕事を辞める。


 その言葉には、もっと深刻な覚悟が必要だと思っていた。


「宮尾は大丈夫なのか? 市役所もかなりGP28に置き換わってるんだろ」


「俺、もう辞めたよ」


「は?」


 石川と間瀬の声が重なった。


「いつ?」


「二か月前」


「聞いてないぞ」


「言ってないからな」


 行政手続きの大部分は、すでにGP28が処理していた。最後まで人間が担当していた苦情対応も、AIの対話能力が向上したことで、ほとんど必要なくなったという。


「役所から退職支援を提示されたから、そのまま辞めた」


「さっき、まだ在籍中って言っただろ」


「退職日は今月末だ。もう有給消化に入ってる」


「ややこしいな」


「市役所だからな」


 宮尾は悪びれもせず、焼き鳥を口に運んだ。


「今、毎日何してるんだ?」


「昼まで寝て、料理して、ゲームして、散歩してる」


「暇じゃないの?」


「最初は暇だった。でも慣れるぞ」


「慣れたくないなあ」


 石川が言うと、宮尾は笑った。


「働きたい人は働けばいいんだよ。もう金のために無理して働く必要はないんだから」


「それで社会が回るのか?」


「AIが回してるだろ」


「人間の仕事はどうなる」


「趣味になるんじゃない?」


「仕事が趣味?」


「昔から家庭菜園とかDIYとか、金にならないことをわざわざやってたろ。仕事もそのうち同じになるんじゃないか。やりたい人が、やりたい分だけやる」


 石川は庭に植えたミカンの苗木を思い出した。


 あれで金を稼ぐつもりはない。それでも水をやり、新芽が出ればうれしくなる。


「石川は、金をもらえなくても医者をやるか?」


 間瀬に聞かれ、石川は少し考えた。


「……多分やるな」


「じゃあ、もう趣味じゃん」


「一緒にするな。こっちは人の命がかかってるんだぞ」


「金をもらわなくても、やりたいからやるんだろ?」


「言い方が軽いんだよ」


 三人はまた笑った。


 間瀬は仕事を辞めようとしている。


 宮尾はすでに仕事を手放しかけている。


 それでも二人は、不幸そうには見えなかった。むしろ働いていたころより、肩の力が抜けているように見えた。


 石川だけが、仕事のない生活を想像できずにいた。


 三か月の謹慎でさえ、病院へ戻る日を数えている。


 ふと、石川は昔見たニュースを思い出した。


 遠くない未来、人間は労働から解放されるでしょう。


 あのときは、鼻で笑った。


 生きるために働く時代は、石川が思っていたより静かに終わろうとしていた。

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