サウダーデ6
果たしてーー数刻の後に、ジェノヴァ訛りの海賊達はレジーナ号に荒々しく踏み込んできたのだった。彼
らは船中の船底を手当たり次第略奪して回った。
その間、我がレジーナ号の水夫達はといえばーー無駄な抵抗はすまいとひとり残らずの徹底した無条件降
伏ぶりだった。
「なんじゃい、この船の水夫どもは!!揃いも揃って腰抜けどもめが!命乞いのことしか頭にないようだな。 船
長はどうした? 隠れても無駄だぞ。貴族様の船長が一番たっぷりと身代金が取れるんだ、逃がしゃしねぇ」
「船長は溺れ死んじまいましたようっ! あんた達の船が近づいてくるのを知ってすっかり半狂乱になっちま
って、自分で海に飛び込んじまった」
「ほうっ、こりゃまたとんだ間抜けな船長もいたもんだ」
海賊達は声を張り上げて大笑い。
「ですから俺達、逆らう気なんぞ毛頭ありませんや。どうか命だけは助けて下さいよう」
「さぁてな。大した身代金も取れそうにもねぇしーー」
そう言いながら彼らは金目になりそうな品を物色中である。よし、その調子だ。物色しているうちはまだ
水夫達を殺すようなことはしないだろう。ひょっとすると彼らしか知らない場所に財宝があるのかもしれな
いのだから。
ガタン。扉が開いて皓々と月明かりが薄暗い部屋の中に差し込んできた。
「おーい、船長室に人がいたぜっ!! 」
いよいよ来たなーー私は寝台の下に這いつくばって息を潜めた。コツコツコツと3回、寝台の上から振動
が伝わる。それは寝台の上にいるはずのハヴィからだった。
「なんだ…ガキじゃねぇか」
「でっ、でもよぉ兄貴、えらく綺麗なガキじゃねぇか。こう、ゾクッとくるよな」
海賊達が見たのは寝台の上で半裸になっているハヴィだった。
「おい坊主、どうしてお前が船長の部屋にいるんだ、え? 船長はくたばっちまったんだろ」
ふいに寝台の上で怯えたように後ずさる気配ーー。
「え……? 僕、船長に呼ばれて…そして」
「なるほどお楽しみの所だったってわけか」
クックッとくぐもったいやらしい忍び笑いの合間を縫ってハヴィの心細な声が流れた。
「あの… 僕はどうなるんですか?お願いだから殺さないでーー」
「ヘヘッ。殺さないでだとよ。どうします、兄貴?」
「とりあえず品物と一緒に運び出せ。これだけ器量が良けりゃ、奴隷市でもたいそうな値がつくだろうよ」
「お願い、どんなことでもしますからーー」
哀願する声は既に涙ぐんでいるような様子である。これがさっきまで水夫達を動かし、私と一緒に権謀術
数を巡らしていたハヴィだろうか?私は内心呆れる思いで彼らのやり取りを聞いていた。
裏表の激しいことこの上もない。私は海賊達に同情した。
「さっこっちに来るんだ!」
ドタドタと歩き回る海賊達の靴と、それに引きずられるような格好のハヴィの裸足は互いにもつれるよう
にして戸口の外に消えて行った。
さて私も行くとするかーー私はようやく寝台の下の狭苦しい空間から顔を出した。
ハヴィと海賊達の一行は、2つの船の間にかけられた板を渡っていく。海賊達のうち、何人かはレジーナ
号に残って水夫達を見張っていた。
私は彼らに見つからないようにこっそりと船長室の外側をつたって船尾から海に降りた。調合した火薬の
袋は濡れないようにしっかり油紙で包んで頭に乗せる。目指すは海賊船。迫っているのを気づかれないよ
う、私はゆっくりと泳いでいった。
「さぁ大人しく言う通りにしろ、痛い目見たくなかったらな!」
海賊の頭領らしい男は、ハヴィを思い切り寝台の上に放り投げた。筋力の発達した肩越しにハヴィの、脅
えた表情が見える。手下どもも追い出した頭領はジリジリと獲物に近づいていった。
「何をーーす……!?」
腕を押さえつけられて突然唇を塞がれハヴィの目が瞬間、男の肩越しに冷たく光った。
「売っ払う前に俺がかわいがってやろうじゃないか、ん?」
男はハヴィの首筋に顔を近づけながら自分の服を脱ぎ捨てた。ハヴィは押さえつけられて観念したように
動かなくなった。
海賊船の頭領の個室を覗き込んだ私はその時を今か今かと待ち続けていた。ともすれば逸りそうになる私
の脳裏に、ハヴィの言葉がよぎった。
“いいか、相手が素っ裸になるまで待てよ。腰から剣を外したら反撃開始だ。力だけだってかなりのハンデ
があるんだ。この上武器まで出されちゃ、さすがのハヴィ様もお手上げだからな”
今だーー!!服を脱ぎ捨てた男の手が、ハヴィの足通しに伸びた時ーー私は点火した火薬袋を近くの甲板へ
放り投げた。
ボンッと小爆発が起きて火煙があがる。まずは見張りが飛んで来、続いて船底の海賊達が何事かと顔を見
せ始めた。なのに頭領ときたらーー。
「あ、あの音は?」
「外の奴らがどうにかするさ。それより…俺はお前んとこの船長みたいにやりかけてくたばっちまうような
ヘマはしたくねぇぞ。こっちを向け。ったく見れば見るほど上玉だぜ。船長の野郎も大バカだな。俺なら敵
が乗り込んで来る瞬間までこうしてるーー」
ダメだ、この色情魔が!ムッとした私は船長室の前に続けて火薬袋を放った。
さすがに今度は頭領も見過ごすことができなかったらしい。えらく不機嫌な顔で部屋の外に首を出した。
「ったく、誰だ……これからって時によ」
その隙にハヴィは素早く身を起こし、傍らに転がっていた剣を取った。しなやかな足取りで頭領に近づい
ていく。
「…何だ、誰もいねぇじゃないかーー」
言いかけた頭領の体がふいに強張った。
「な、何のつもりだ。お前ーー」
「ーーいいこと教えてやろうか……」
ギョッとして首を巡らせた頭領の視界に入ったのは剣を突きつけて不敵に微笑むーー一瞬前とは言葉、顔
つき、雰囲気までもが別人になったハヴィだった。
「てめぇがバカだ、バカだって言ってる奴は初めからいやしねぇんだ。レジーナ号の船長はな……この俺様
だよッ!!この色ボケオヤジが!!」
ハヴィは思い切り頭領の後頭部を剣の柄で殴った。素っ裸の情けない姿を晒して頭領は船室の床に横たわ
った。
「フンッ、バカめ!!」
鼻息荒く言葉を吐き出したハヴィは、頭領を縛るロープを探す為にそこを離れようとした。ところがー
ー。
「うわぁッ!!」
ハヴィはずり落ちてきた足通しを慌てて引き上げた。なんと頭領は豪語した通りに、敵が現れる瞬間、い
や現れても自らの欲望に忠実だった。彼はハヴィの足通しに手をかけたまま気絶していたのである。
「チクショー、この助平が。離しやがれっ!」
色仕掛け、逆転劇ーー並みの大人でもこなせないことを平然とやって見せた直後のこのハプニングでハヴ
ィの表情が年相応に戻った。私は思わず込み上がってくる微笑を抑えきれずに船室の戸口に立っていた。
「やぁこんばんは。いい月夜ですね、船長?よろしければお助けいたしましょうか」
「つべこべ言ってないで手を貸せよ、サーリム。愚図愚図してたら捕まっちまう」
「はい」
クスクスと笑いの止まらない私とそれを小突くハヴィは、なんとか頭領を引き離した。頭領を引きずって
船室の戸を開くと、生暖かい風が頬を撫でた。甲板の方からは爆発を合図に押し寄せてきたレジーナ号の水
夫達と海賊達の剣を交える音が聞こえてくる。
「いいシロッコ(南東風)だ。レジーナ号は追い風で優勢だろう……おい行くぜ、サーリム!!」
頭領を抱えて振り返ったハヴィは、獲物を咥えて咆哮するサン・マルコの獅子に見えた。




