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サウダーデ  作者: ガリ
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5/9

サウダーデ5

 その夜、見張りに立っていた水夫が 船の前方に影を見つけたたところから一連の騒動が始まった。


「マエストラーレ(北西)の方角から挙動不審な船が近づいてるぞ。マストにはどこの国旗も掲げられていな


いようだ!!」


「海賊だっ!」


「どこの国の奴らだ!? まさかヴェネツィアじゃないだろうな!」


「まさか!!祖国の国旗を忘れるバカはヴェネツィアにいないと思うがな」


 東地中海には色々な国の貿易船が行き交っている。ヴェネツィア、ジェノヴァ、トルコ、ナポリーーそれ


ぞれの船は立ち寄る港が近づいてくると船尾に国旗を掲げて、いかにも祖国を代表する使節団のように紳士


的に振る舞うのだが、実はそれは表向きのこと。貿易交渉が失敗に終わったり、祖国の政府の財政が苦しく


なったりすると、大海原に躍り出して無国旗で他国船を襲ってはその埋め合わせをするのが公然の裏稼業だ


った。


 どこの国でも半ば公の海賊業だから襲われた船も運が悪かったと泣き寝入りするしかないのが現状だっ


た。彼らとて明日になれば 襲う側に豹変するかもしれないのだ。襲われるのが嫌ならどんな相手にも負けな


いほど強くなるしかなかった。


 大きな声じゃ言えないがーーそう言ったのは私より半年前にこの船に乗り始めたリノだった。このレジー


ナ号も何度か海賊行為をやってるらしい。


 マストの上からの飛び込みや船首上での剣技など、一見無茶なお遊びに見えたのは皆、この時に備えての


訓練だったというわけだ。


「……どうやら敵さんはジェノヴァ らしいぜ。あんな大きな船を乗り回している奴らといったら俺はヴェネ


ツィアとジェノヴァ くらいしか知らねぇ…見知った顔もねぇしな…」


 見張りから報告を受けたマルコは舳先に立って望遠鏡を覗き込んでいたが、やがてひどく楽しげな光をそ


の瞳に浮かべて甲板を振り返ったのだった。


「マイラーノ、バルバロッサ、ポポロ! 船長室に来てくれ。他の奴らは自分の持ち場について指示があるの


を待て。応戦準備はしとけよ。ただし相手に気づかれねぇようにな」


「了解、カピタン!」


「おう、任せときっ!」


 口々に応える水夫達の間を親指を突き出しながら通るハヴィは、周りのどんな男よりも余裕のある大人に


見えた。水夫達の絶対的な信頼を身にまとったハヴィは、船尾上部にある船長室へと姿を消した。その後を


マイラーノ、バルバロッサ、ポポロの3人の副官が追っていった。




「で、結局どの方法が一番有効だと思う?」


「そりゃやっぱり奇襲だろうな。あんな大きいのと正面切って戦えばあっという間に沈没するぞ」


「思い切って逃げちまうってのはどうかな、ハヴィ」


「だめだな。こっちが全速力で逃げたってあのでかいやつにはすぐ追いつかれるさ。一番近い陸にだって


丸1日の距離があるーー」


「それを十分承知してるから奴らだって襲ってくるんだろうよ」


「…… やっぱり 奇襲か……」


「うむーー」


 背後ではハヴィを囲んで3人の副官が額を突き合わせていた。船長室に灯りを持っていくのも新米の私の


役目だった。卓上にひとつ、四隅にひとつずつ火を灯したカンテラをかけていく。


 その合間に私はチラリとハヴィを盗み見た。まだ髭さえ生えていない滑らかな頬の少年は、伏し目がちに


自らの考えに熱中しているようだった。


 奇襲といってもなかなか具体的な案が出てこないようだな……こうしている間にもどんどん ジェノヴァの


海賊船は近づいてくるのにーー。


 最後のカンテラを吊るし終えた時、ふいに背後でハヴィの声が響いた。


「サーリム、お前だったらどんな奇襲を仕掛ける?」


「ハヴィ?」


 副官達が訝しげな視線を向けた。それを片手を上げて遮ると、ハヴィは椅子から身を起こしてまっすぐに


私を見つめた。


「お前…役に立つかどうかは使ってから決めろって言ったよな、確かーー今がその試し時だと思わないか?


俺達の奇襲が成功するように役立ってみろ、サーリム!!」


「ーーーー」


「ハヴィ、そりゃ無茶な話だっ!船に乗り込んでたかが3ヶ月ぐらいの新米に何がわかるってんだ!?」


「いいからマイラーノ……どうだ、サーリム?」


 ハヴィのまっすぐな眼差しを私は正面から受け止めた。


「ーーそうですね、多少の皆の協力と時間を下されば……」


「何をすればいいんだ!」


 バルバロッサが牛のような巨体を揺すって唸り声をあげた。


「皆の寝台にかかっているシーツが欲しいのです。それを細かく切って下さい。掌に乗るほどの包みが作れ


るくらいの……それと、乳鉢かな。私はちょっと船底の倉庫に行ってきますから戻ってくるまでにーー」


「倉庫…っていったい……?」


 ポポロが心底不思議な表情で呟いた。


「シーツに入れる中身を取ってきます。墨と硫黄と硝石をーー」


「ちょっと待て!!」


 ハヴィが眉を上げて私の言葉を遮った。


「お前、いったい何をする気だ。 第一、レジーナ号にゃそんなものは乗せてないぜ」


「 公の荷にはね。私物です。少量ならば船員は個人の商品を乗せて売りさばいても構わないのでしょう?私


も港に着いたら火薬に調合して売ろうと思っていたんですーー皆さんそんな顔をなさらなくても……大丈夫


ですよ。それぞれ厳重に包んでありますから…爆発などど起こりゃしません 」


 にっこり笑った私の気遣いは無駄に終わった。


「……マイラーノ、船員達の私物チェックは誰がしてるんだっけか?」


「ゼン…だったかな……」


「もっとしっかり チェックするように言っとけ! この調子じゃ奴ら、何を積み込んでるか知れたもんじゃね


ぇ!!」


 ハヴィは癇性に私を睨みつけたが、時間がないことをふいに思い出したらしく、ガラリと口調を変えた。


「とにかく今は火薬を作ることの方が先決だな。サーリム、お前調合できるのか?」


「はい、コンスタンティノープルにいた時に火薬商人に買い取られてその手伝いをさせられていたことがあ


りましたから」


「それにしてもレジーナ号を吹き飛ばすのだけはやめてもらいたいもんだ。俺はこの船は傷つけたくない」


「もちろんですよ」


 頷いた私をチラッと見るとハヴィは人差し指をクイッと曲げて差し招いた。


「よし!サーリム、お前が奇襲の一番手だ。俺がその後に乗り込む。俺とお前の作戦を練り上げようじゃな


いか。時間がない。マイラーノ、硝石と炭と硫黄は誰かに運ばせろ!」

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