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祝音少女《五色ノ契》〜音に選ばれた少女たちは、祝福の旋律で世界を救う〜  作者: たいしょう
最終譜 決戦譜 -七つの祝音、そして五彩ノ契へ-
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第七十四音 あなたの音が好きだった

 カナミは、ディスコードの前に立っていた。


 白い大否律の中心。


 音の意味を奪う場所。


 そこで、たった一本の弦を指に巻きつけている。


 詠たちは少し離れた場所で、彼女の背中を見ていた。


 助けに行きたい。


 一緒に前へ出たい。


 けれど、今だけはカナミが言わなければならない言葉がある。


 それが、詠にもわかった。


「あなたの音が」


 カナミの声が、白い空間に落ちる。


 ディスコードの気配が揺れた。


「好きだった」


 その言葉は、攻撃ではなかった。


 責める言葉でもない。


 ただ、数百年分の沈黙を破って出てきた、本当の音だった。


 ディスコードは答えない。


 カナミは続ける。


「千年前、あなたの音が世界に満ちていたとき、それは本当に美しかった」


 白い空間の奥で、古い記憶が揺れる。


 広場に満ちた旋律。


 誰かが泣きながら笑った音。


 疲れた人が顔を上げた音。


 小さな子どもが初めて手を叩いた音。


 カナミはその記憶を見ながら、弦を鳴らす。


「私は、その音を覚えていた」


「お前は、私に絶望を与えた」


 ディスコードの声が沈む。


「私の否定に沈み、長く使われた」


「うん」


 カナミは頷いた。


「あなたに壊された」


 詠の胸が痛んだ。


 それでも、カナミの声は揺れない。


「でも、それだけじゃない」


 一音。


 白い空間に、桜色と紫の光が広がる。


「私は、あなたの音の残響にも動かされていた」


 ディスコードが沈黙する。


「音は無意味だって言うあなたの声の奥に、昔の音が残っていた。あなたが本当に音を愛していた記憶が、ずっと消えていなかった」


「違う」


「違わない」


 カナミは静かに言い切った。


「私が数百年、完全に音を捨てきれなかったのは、あなたの否定が弱かったからじゃない」


 彼女は右手を胸に当てる。


「あなたが昔鳴らした音が、私の中に残っていたから」


 大否律に亀裂が走る。


「やめろ」


 ディスコードが低く言う。


「それは過去だ」


「過去だから消えない」


 カナミの弦が鳴る。


「あなたが音を愛していた過去は、今のあなたがどれだけ否定しても、なかったことにはならない」


「世界は変わらなかった」


「そうだね」


「音楽は争いを止めなかった」


「うん」


「感動しても、人は傷つけ合った」


「それも本当」


 カナミは、そこで少しだけ目を伏せた。


「でも、それであなたの音が美しかった事実まで消えるの?」


 ディスコードの白が止まる。


「あなたの音で泣いた人がいた。笑った人がいた。少しだけ息ができた人がいた」


「一瞬だ」


「一瞬でも、あった」


 カナミは弦を強く押さえる。


「私は、その一瞬に救われた」


 白い空間の奥で、ひとつの記憶が開いた。


 幼いカナミが、遠くの広場で音を聴いている。


 まだ祝音少女ではない。


 まだ堕精でもない。


 ただ、音に目を輝かせる一人の子どもだった。


 その中心に、ディスコードのかつての音があった。


 名前のない旋律。


 世界を少しだけ明るくすると信じて奏でられた音。


 幼いカナミは、その音を聴いて笑っていた。


 ディスコードの気配が、言葉にならない揺れを見せる。


「見るな」


「見る」


 カナミは即答した。


「私の始まりだから」


 詠たちは息を呑んだ。


 カナミが、救われたと言った。


 音を否定する存在の音に。


 その残響に。


「だから、私は言う」


 カナミは顔を上げる。


「あなたの音が好きだった」


 今度は、よりはっきりと。


「今のあなたがどれだけ否定しても、千年前のあなたの音は、私の中でまだ鳴ってる」


 ディスコードの気配が大きく揺らぐ。


 白い空間の奥から、古い音が漏れた。


 それは美しかった。


 あまりに美しくて、詠は胸が痛くなる。


「これが」


 澪が呟く。


「ディスコードの、音」


 天音がスティックを握る。


「すげえ音じゃないか」


 琴羽の目から涙が落ちる。


「こんなにきれいなのに」


 理央が静かに言う。


「だからこそ、失望も深かった」


 ミヨリの鈴が小さく鳴った。


「そうじゃ。愛した音が大きいほど、否定も深くなる」


 カナミは歌い始めた。


 歌詞を長く並べるのではなく、音そのものを届ける歌。


 誰も聴いていない夜の果てで、それでも弦を離さなかった音。


 無意味だと言われても、指が温度を覚えていた音。


 絶望の時間を越えて、最後に一人分の本物として立つ音。


 カナミの歌が、ディスコードへ届く。


 大否律が激しく揺れた。


「やめろ」


「やめない」


「その音は、何も変えない」


「変えようとして鳴らしてるんじゃない」


 カナミは歌の合間に言った。


「あなたに届いてほしくて鳴らしてる」


 その言葉に、ディスコードが完全に静止した。


 カナミは弦を最後に一度だけ弾く。


「あなたの音が好きだった」


 三度目の言葉。


 それは告白であり、別れであり、反論だった。


 大否律に、決定的な亀裂が走る。


 だが同時に、カナミの体から光がこぼれ始めた。


「カナミさん」


 詠が叫ぶ。


 カナミは振り返る。


「遅い」


「何が」


「立ち上がるのが」


 詠は涙を拭い、《祝華》を構え直した。


 澪、琴羽、天音、理央も並ぶ。


 カナミは小さく笑った。


「最後だけ、一緒に鳴らす」


 詠は頷いた。


「うん」


 六つの音が、白い空間の中で重なり始めた。


 詠はカナミの隣に立った。


 その横顔は、もう堕精でも、過去の亡霊でもなかった。


 今ここで、自分の音を選び直した祝音少女だった。


「カナミさん」


「何」


「今の言葉、私も好き」


 カナミは一瞬だけ黙り、それからそっぽを向いた。


「そういうことを戦闘中に言うな」


「今言いたかった」


「まったく」


 文句を言いながら、カナミの弦は少しだけ明るく鳴った。


 その照れた音まで、六つの合奏に混ざっていく。



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