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祝音少女《五色ノ契》〜音に選ばれた少女たちは、祝福の旋律で世界を救う〜  作者: たいしょう
最終譜 決戦譜 -七つの祝音、そして五彩ノ契へ-
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第六十八音 意味を奪われても

 大否律の中で、五人の音は意味を失っていった。


 澪は《音幻》を弾き続けていた。


 指は動く。


 弦は震える。


 水色の音は、たしかに空間を走る。


 だが、その音が詠へ届いているという感覚がない。


 孤音ノクターンの結界とは違う。


 あのときは、自分の音しか聞こえなかった。それでも、自分の音があることは信じられた。


 今は違う。


 自分の音が、自分のものかどうかさえ曖昧になる。


「詠」


 澪は呼んだ。


 声は出る。


 でも、その名前に込めた気持ちが、白い空間へ吸われていく。


 詠と一緒にいた時間。


 初めて声をかけられた日。


 一緒に演奏した音楽準備室。


 それらは消えていないはずなのに、胸の奥で輪郭が薄くなる。


「違う」


 澪は自分に言い聞かせる。


「届いていた」


 けれど、ディスコードの声が降ってくる。


「そう思っていただけだ」


 澪の指が止まりかけた。


「届いたことを証明できるか」


 できない。


 澪は唇を噛む。


 詠が笑った。


 泣いた。


 手を伸ばした。


 そのすべてが、音が届いた証だと思っていた。


 でも、それがただの偶然だったら。


 自分の音ではなく、詠自身の強さだったら。


 自分は何を鳴らしてきたのか。


「澪ちゃん!」


 琴羽の声が、遠くで聞こえる。


 澪は顔を上げた。


 琴羽も苦しんでいた。


 《花奏鍵》の和音は鳴っている。春桃の光も広がっている。


 けれど、包む感覚がない。


 誰かを支えている手応えがない。


「みんなを包めてない」


 琴羽の声が震える。


「音は出てるのに、何も包めない」


 カコフォニア戦で、琴羽は自分の寂しさを音にした。


 受け取ってもらえた。


 そう信じたから、前に出られた。


 だが、大否律はその信頼の足場を奪っていく。


 受け取ってもらえたと思っただけではないのか。


 詠が優しいから、そう言ってくれただけではないのか。


 琴羽の指が鍵盤の上で震える。


「私、また後ろに戻りそう」


「戻るな!」


 天音の声が飛んだ。


 《雷陣》の拍が、白い地面を叩く。


 だが、その拍にも熱がない。


 地面は震える。足元には伝わる。


 それなのに、胸が動かない。


 天音は奥歯を噛んだ。


「ふざけんな」


 もう一打。


「ふざけんなよ」


 さらに一打。


 怒りはある。


 仲間が沈められていることへの怒り。


 ディスコードの言葉への怒り。


 自分の拍が届かないことへの焦り。


 でも、その怒りを音に変えようとした瞬間、意味が抜ける。


 ただ強く叩いているだけになる。


「あたしの拍は、みんなの足元に置くためのものだろ」


 天音は自分に言う。


「なのに、足場になってる感じがしない」


 理央は《律盤》の前で立ち尽くしていた。


 紫夜の譜線は展開している。


 音の位置も、振動も、仲間の動きも記録できている。


 数値はある。


 波形もある。


 だが、意味がない。


 数値が意味へ変換されない。


「これは」


 理央の喉が乾いた。


「記録は成立している。だが、解釈が成立しない」


「解釈など幻想だ」


 ディスコードが言う。


「音が感情を動かすという解釈。音が誰かを救うという解釈。すべて、鳴った振動に人が後から意味を塗っただけだ」


 理央は反論しようとした。


 証明できないことと、意味がないことは別。


 ヴォイドリズムに言った言葉。


 だが、今はその言葉さえ白い空間に吸われていく。


 証明できない。


 だから信じる。


 そのはずだった。


 でも、信じる力そのものが、大否律に削られていく。


「これが、ディスコードの否定」


 理央が呟く。


「論理だけでなく、信頼の変換を奪っている」


「その通り」


 ディスコードは淡々と返した。


「お前たちが四奏卿から得た答えは、すべて個人の傷に対する応答だ。沈黙、孤独、感情、空白。その一つ一つには答えられた」


 白い空が広がる。


「だが、世界には答えられない」


 詠は《祝華》を握りしめた。


「世界?」


「一人を笑わせても、戦争は終わらない。一人を救った気になっても、次の誰かが泣いている。音がどこかで鳴っている間にも、別の場所では声が奪われている」


 ディスコードの気配が、重くなる。


「音楽は世界を救わない」


 詠の胸に、その言葉が落ちた。


 一人を笑わせても、世界は変わらない。


 カナミは笑った。


 それでも、カナミの失った数百年は戻らない。


 四奏卿は最後に美しい音を鳴らした。


 それでも、彼らは散った。


 詠たちはここまで来た。


 それでも、神響の街は音を失っている。


「でも」


 詠は声を絞る。


「それでも、笑ったことは」


「笑顔は一瞬だ」


 ディスコードが遮る。


「一瞬の揺れを、救いと呼ぶな」


 詠の言葉が止まった。


 澪が一歩出ようとして、膝をつく。


 琴羽が手を伸ばして、白い空間に押し戻される。


 天音の拍は乱れ、理央の譜線はほどける。


 五人の光が、少しずつ薄くなっていく。


 ディスコードは五人の真上に、形のない圧として立っていた。


「どうだ」


「自分の音が信じられなくなっただろう」


 詠は反論できない。


 自分の音。


 友達がほしくて、転入生の孤独から握った形見のギター。


 祖母が残してくれた、始まりの音。


 それが今、手の中で冷たく感じる。


「お前たちの音は、ここで終わる」


 大否律が強まる。


 五色の光が、白く塗り潰されていく。


 詠は膝をついた。


 《祝華》を離さないことだけで精一杯だった。


「カナミさん」


 声が漏れる。


「あなたは、こんな場所にいたの」


 音を信じられない場所。


 届いた意味を奪われる場所。


 それでも数百年、弾き続けた場所。


「どうやって」


 詠の視界が白く滲む。


「どうやって、弾き続けたの」


 返事はない。


 五人は大否律の底へ沈んでいく。



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