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祝音少女《五色ノ契》〜音に選ばれた少女たちは、祝福の旋律で世界を救う〜  作者: たいしょう
最終譜 決戦譜 -七つの祝音、そして五彩ノ契へ-
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第六十七音 音の否定

 四奏卿が散った正門前には、まだ音が残っていた。


 白い笛の残響。


 黒い弦の残響。


 赤い蛇腹の残響。


 灰色の鍵盤の残響。


 四つの音は、夜明けの空へ溶けたあとも、五人の胸の奥で静かに鳴っている。


 詠は《祝華》の新しい金色の弦に触れた。


 柔らかな音が、指先に返る。


 四奏卿は敵だった。


 でも、最後に鳴った音は本物だった。


 その本物の音が、詠たちの祝具を次の段階へ押し上げた。


「行こう」


 詠が言う。


 澪、琴羽、天音、理央が頷いた。


 正門の奥に開いた白い裂け目は、門というより、世界の傷口に見えた。


 そこから音のない風が吹いてくる。


 冷たいのに、風鳴りがない。


「ミヨリ」


「なんじゃ」


「ディスコードに弱点はある?」


 ミヨリはすぐには答えなかった。


 詠の肩の上で、白い裂け目を見つめている。


「正直に言う。わからぬ」


「そっか」


「千年以上、音の否定として存在してきた相手じゃ。弱点があるかどうかすら、ワシには断言できぬ」


 天音がスティックを握り直す。


「ずいぶん正直だな」


「嘘を言って安心させる場面ではないからの」


 ミヨリは詠を見る。


「ただ、一つだけある」


「何?」


「カナミが笑ったとき、ディスコードは揺れた」


 詠は息を止めた。


「降臨したときも、言っていた。カナミがなぜ笑ったのか、気になったと」


 澪が小さく呟く。


「そこが、問い」


「うむ」


 理央が《律盤》を見下ろす。


「弱点ではなく、未解決の命題」


「理央らしい言い方」


 琴羽が苦笑する。


 けれど、その声もすぐに真剣なものへ戻った。


「でも、そこにしか入口がないんだね」


 詠は頷いた。


 《祝華》の奥で、カナミの残響が震えた気がした。


「カナミさん」


 小さく呼ぶ。


「頼りにしていいよね」


 返事はない。


 けれど、夜明けの風が一度だけ詠の髪を揺らした。


 五人は白い門をくぐった。


 その先は、神響だった。


 校舎がある。


 正門も、商店街へ続く道も、川沿いの街灯も見える。


 けれど、神響ではなかった。


 色が薄い。


 輪郭が遠い。


 音がない。


 五人の足音さえ、地面へ吸い込まれていく。


「ここは」


 琴羽が声を潜める。


「律の穴の内側じゃ」


 ミヨリが答えた。


「神響の街を写しておるが、ここには音の理がほとんど残っておらぬ」


 空の中心に、巨大な白い裂け目があった。


 そこから、ディスコードの気配が降りてくる。


 形はない。


 それでも、存在はある。


 圧倒的な否定が、空間そのものになって五人を見下ろしていた。


「来た」


 詠が言う。


「お前たちが来た」


 声ではない。


 けれど、意味が直接置かれる。


 ディスコードの言葉は、耳を通らず、思考の奥へ沈んでくる。


「四奏卿は散ったか」


「うん」


 詠は答えた。


「あの人たちは、最後まで本気だった」


「そうか」


 気配が、一瞬だけ揺れた。


 詠はその揺れを逃さなかった。


「悲しくないの?」


「悲しむ理由がない」


 即答だった。


「四奏卿は、思想を同じくする者たちだった。感情で結ばれた仲間ではない」


「でも、あの人たちはあなたのために立った」


「自分の選択のために立った」


「同じことじゃないの?」


「違う」


 ディスコードの白い気配が広がる。


「感情的なつながりは、幻想だ。音で人はつながると言う。だが、つながりはいつか切れる。切れるなら、最初からなかったのと同じだ」


 理央が一歩前へ出た。


「切れても、あった事実は消えない」


「残響論か」


「そう」


「聞いた」


 理央の目が細くなる。


「ヴォイドリズムから?」


「すべて聞いている」


 ディスコードは五人を見下ろす。


「だが、残響では現実は変わらない。笑顔があっても命は戻らない。約束があっても時間は戻らない。音が鳴っても世界は変わらない」


 白い空が、さらに色を失っていく。


「私は千年、見てきた」


 その言葉だけ、深かった。


 感情を切り捨てた存在のはずなのに、千年という重さだけが消せずに残っている。


「音楽が広まっても争いは続いた。美しい歌が鳴っても、憎しみは消えなかった。誰かが感動した直後に、また誰かが傷ついた」


 五人は黙って聞いた。


「だから証明する」


 空間全体が、白く震えた。


「音に意味はない。お前たちの音を消すことで、世界に示す」


 詠は《祝華》を構えた。


「私たちは、音を諦めない」


 澪が《音幻》を構える。


 琴羽が《花奏鍵》を開く。


 天音が《雷陣》の前へ立つ。


 理央が《律盤》を展開する。


「ひとりじゃ届かない音でも」


 詠が言う。


「重ねれば、形になる」


 澪が続く。


「傷ついた心にも、春は来る」


 琴羽の声が震えずに鳴る。


「止まった鼓動は、もう一度鳴らせる」


 天音がスティックを掲げる。


「乱れた律は、私たちが整える」


 理央の譜線が五人を結ぶ。


 五人の声が重なった。


「響け、五色ノ祝音。私たちは、音を諦めない」


 詠が《祝華》を振り上げる。


「祝音少女、五色ノ契、奏装!」


 五つの光が、音のない神響に立ち上がった。


 桜紅。


 水色。


 春桃。


 雷金。


 紫夜。


 そして、各祝具の奥に宿るカナミの残響。


 ディスコードは動かなかった。


「試せ」


 詠が斬り込む。


 金色の新弦を含んだ《祝華》が、白い空間を切り裂く。


 澪の《音幻》が続き、水色の刃がその裂け目を広げる。


 琴羽の和音が五人を包み、天音の拍が足場を作り、理央の譜線が攻撃の軸を固定する。


 届いた。


 そう思った瞬間、ディスコードが告げた。


「大否律」


 白い波が広がる。


 音が消えたわけではない。


 《祝華》は鳴っている。


 《音幻》も、《花奏鍵》も、《雷陣》も、《律盤》も鳴っている。


 けれど、音から意味が抜け落ちた。


 きれいなはずの弦が、ただの振動になる。


 胸を支えるはずの拍が、ただの衝撃になる。


 包むはずの和音が、ただの重なりになる。


「これが、音の本質だ」


 ディスコードの言葉が、五人を押しつぶす。


「鳴っている。だが、何もない」


 詠は歌おうとした。


 声は出た。


 だが、その声が自分の耳に届いた瞬間、届けたい気持ちが薄れていく。


 何を歌っているのか。


 誰に届けたいのか。


 それが、指の間から砂のようにこぼれた。


「違う」


 詠は言った。


 けれど、その言葉にも力が乗らない。


「違わない」


 ディスコードは静かに返す。


「お前たちの音も、今は意味をなさない」


 詠の手が震えた。


 《祝華》の奥にあるカナミの残響も、遠い。


 音は鳴っている。


 なのに、信じられない。


 その感覚が、静かに詠の胸へ沈んでいった。



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