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祝音少女《五色ノ契》〜音に選ばれた少女たちは、祝福の旋律で世界を救う〜  作者: たいしょう
第四譜 試練の変奏曲 -静と騒と虚と闇の四重奏-
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第六十六音 決戦の門

 四つの結界が、正門前で軋んでいた。


 音を封じる白。


 仲間を遠ざける黒。


 感情を乱す赤黒。


 残響を消す空白。


 そのすべてが重なり、五人を押し潰そうとしている。


 サイレンシアの輪郭は薄くなっていた。沈黙を保つたび、白い装束の端が朝の光に溶けていく。


 ノクターンの外套も揺らいでいる。孤立を深めるほど、自分の足元まで削れていく。


 カコフォニアの赤黒い形は、いくつもの声をひとつに集めようとして震えていた。


 ヴォイドリズムの空白は、残響を消し続けるたびに、自分自身の輪郭まで薄くしている。


 それでも、四人は止まらなかった。


「限界が近い」


 ヴォイドリズムが言う。


「わかっている」


 ノクターンが答える。


「それでも、立つ」


 サイレンシアの声は静かだった。


「礎になる」


 カコフォニアの声が、一つに重なった。


 四つの否定が、最後の力で五人を押し返す。


 詠は結界の中心で、《祝華》を握りしめた。


 聴こえない。


 遠い。


 揺れる。


 消える。


 それでも、わかる。


 五人はここにいる。


 四奏卿も、ここにいる。


 そして、ディスコードは正門の奥で待っている。


「みんな」


 詠は声を出した。


 届かないかもしれない。


 けれど、声を出す。


「怖いよ。まだ、うまく鳴らせるかわからない」


 水色の光が、遠くで応えた。


 澪の声が聞こえた気がした。


「でも、逃げない」


 春桃の光が揺れる。


 琴羽が、音のないタンバリンを掲げる。


「誰かの痛みを、なかったことにしない」


 雷金の拍が、地面から返ってくる。


 天音の声が足元へ届く。


「黙らされても、叩き返す」


 紫夜の譜線が、結界の裂け目を探る。


 理央の言葉が、細い線になって伸びてくる。


「崩されたなら、もう一度組み直せばいい」


 詠は息を吸った。


「私たちは、完璧じゃない」


 五つの光が、結界の中で揺れた。


「それでも、五人で鳴らす」


 詠は《祝華》を正面へ向ける。


「祝音少女、五色ノ契」


 五人の意志が重なった。


「奏装」


 最初に動いたのは澪だった。


 《音幻》の水色の刃が、孤立の黒を切り裂く。


 音は出ない。


 けれど、指は知っている。


 ひとりでも弾ける。


 でも、ひとりで終わらなくていい。


 水色の線が、ノクターンの《断絶協奏曲》に亀裂を入れた。


「まだだ」


 ノクターンが黒を深める。


「まだ閉じる」


「閉じてもいい」


 澪が答える。


「でも、開ける」


 その言葉と同時に、天音の拍が地面を打った。


 音は封じられている。


 残響は消える。


 それでも、振動は足元へ届く。


 こつん。


 低い一打。


 五人の足元が、同じ拍を思い出す。


「乗れ!」


 天音の声が響いた。


 琴羽が《花奏鍵》を開く。


 三段目はまだない。


 今は二段鍵盤のままだ。


 けれど、琴羽の両手は迷わなかった。


 自分の寂しさも、怒りも、欲しさも、全部抱えたまま、カコフォニアの赤黒い波を包む。


「爆発だけで終わらせない」


 春桃の和音が広がる。


「受け取ったから、返す」


 カコフォニアの声が震えた。


「うるさい」


「うるさくても、鳴るよ」


 琴羽のタンバリンが、音のない結界の中で光を弾いた。


 理央の《律盤》が、その三つの動きを結ぶ。


 紫夜の譜線が、消された残響の位置をひとつずつ記録していく。


 消えた。


 でも、鳴った。


 消えた。


 でも、そこに置かれた。


「証明できなくても、根拠にはなる」


 理央が言う。


「鳴った事実を、次の音の足場にする」


 四つの否定の中心に、一点が生まれた。


 澪が切った黒の裂け目。


 天音が置いた拍。


 琴羽が包んだ感情。


 理央が固定した譜線。


 そのすべてが、詠の前に集まってくる。


 詠は《祝華》の弦に触れた。


 カナミの六番目の残響が震える。


 届かなかった音。


 失敗した音。


 それでも、最後に笑った音。


「カナミさん」


 詠は小さく呼んだ。


「一緒に」


 桜紅の光が、六番目の残響を抱き込む。


 詠は弦を振り抜いた。


「一閃桜」


 五人の音が一点へ集まる。


 桜紅の刃ではない。


 水色も、春桃も、雷金も、紫夜も、カナミの残響も、すべてを束ねた一音。


 それが四奏卿の複合結界へ正面からぶつかった。


 《ミュート・ドーム》が砕ける。


 封じられていた音が、一気に戻った。


 《アイソレイト・コンチェルト》が崩れる。


 遠ざかっていた仲間の気配が、すぐ隣へ戻る。


 《ディソナント・クラッシュ》が散る。


 暴れさせられていた感情が、それぞれの胸へ戻る。


 《ヴォイド・ビート》が止まる。


 消されていた残響が、夜明けの正門前へ広がっていく。


 静寂が訪れた。


 今度の静寂には、音があった。


 五人は肩で息をしていた。


 四奏卿は、まだ立っていた。


 輪郭は薄い。


 もう結界を張る力は残っていない。


 それでも、膝をつかない。


「立てる限り、立つ」


 サイレンシアが言った。


 その言葉に、詠は胸が痛くなった。


 四人は敵だ。


 でも、今ここにある覚悟は本物だった。


 そのとき、五人の祝具が震えた。


 《祝華》の弦が光る。


 詠の胸元で、桜紅とカナミの残響が重なり、その隣に新しい弦が現れた。


 夜明けの金色。


 怖いまま進む者のための弦。


 澪の《音幻》にも、新しい白銀の弦が生まれる。


 閉じた孤独を開く、静かな光。


 琴羽の《花奏鍵》は、鍵盤の上に新しい段を開いた。


 春桃の上に、淡い白金の列が浮かぶ。


 包むだけでなく、前へ出るための段。


 天音の《雷陣》は、背で大きく展開した。


 和太鼓の胴が深くなり、金のシンバルが朝の光を受ける。


 衝動を拍へ変えるための、新しい響き。


 理央の《律盤》には、七つ目の譜線が走った。


 紫夜の盤面に、深い金紫の線が加わる。


 証明できない残響も、記録するための線。


 五人は自分の祝具を見つめた。


「進化、した」


 琴羽が呟く。


 ミヨリが、正門の石畳の上で静かに言った。


「四奏卿の覚悟が、おぬしたちの祝具を引き上げたのじゃ」


「敵なのに?」


 天音が聞く。


「敵でも、本物じゃった」


 ミヨリの声は低い。


「本物の信念とぶつかったからこそ、祝具は次へ進んだ」


 詠は四奏卿を見る。


 サイレンシアが、五人の祝具を見つめていた。


「きれいだ」


 小さな声だった。


 沈黙の奥から出てきた、柔らかな声。


 ノクターンが続ける。


「あの人が、好きそうな音だ」


 カコフォニアの声は、今日は完全に一つだった。


「受け取ってもらえた」


 琴羽の目に涙が浮かぶ。


「受け取ったよ」


「全部」


 ヴォイドリズムが天音を見る。


「拍を刻み続けろ」


「届かない場所でも」


 天音は頷いた。


「刻む」


「必ず」


 理央がヴォイドリズムへ向き直る。


「あなたの残響も、記録する」


 ヴォイドリズムは、少しだけ目を伏せた。


「証明はできない」


「知っている」


「でも」


「意味がないこととは別」


 ヴォイドリズムは答えなかった。


 けれど、黒い輪郭が少しだけ柔らかくなった。


 四奏卿の体が、夜明けの光に溶け始める。


 サイレンシアが空を仰いだ。


「ディスコード」


 その名に、正門の奥の巨大な否定がわずかに揺れる。


「私たちは、礎となります」


 ノクターンが言う。


「思想を信じ、ここで散る」


 カコフォニアが笑った。


「後悔はない」


 ヴォイドリズムが最後に言う。


「反論は、まだできない」


 四人の声が重なった。


「それでも、選んだ」


 ディスコードから返事はなかった。


 けれど、四奏卿には届いたのかもしれない。


 四人は、静かに笑った。


 表情がある者も、ない者も。


 確かに、笑った。


 そして、最後に一つの音が鳴った。


 サイレンシアの白い笛。


 ノクターンの黒い弦。


 カコフォニアの赤い蛇腹。


 ヴォイドリズムの灰色の鍵盤。


 四つの音が一度だけ重なる。


 沈黙も、孤独も、乱れた感情も、空白も。


 すべてが一瞬だけ音になった。


 美しかった。


 詠の目に涙が滲む。


 敵の音なのに。


 否定の音なのに。


 それは、確かに美しかった。


 四つの光が、夜明けの空へ溶けていく。


 正門前に、静けさが戻った。


 音のない静けさではない。


 残響を含んだ静けさだった。


 琴羽が泣き出した。


 その声が合図になったように、天音が空を見上げ、澪が《音幻》の新しい弦へそっと触れ、理央が落ちかけていたノートを胸に抱えた。


 詠は《祝華》の金色の弦を弾いた。


 柔らかな音が鳴る。


 四奏卿の残響と、カナミの残響と、五人の音が、夜明けの中で小さく重なった。


「行かなきゃ」


 詠が言う。


 誰もすぐには動かなかった。


 それでも、全員が頷いた。


 正門の奥に、巨大な白い裂け目が開いている。


 ディスコードへ続く門。


 その向こうから、音を否定する気配が流れ込んでくる。


 ミヨリが詠の肩へ跳び乗った。


「ここから先が、最終譜じゃ」


 詠は頷く。


 怖い。


 でも、もう一人ではない。


 五人と、ミヨリと、カナミの残響。


 そして、今散っていった四奏卿の本物の音。


 それらを胸に、詠は一歩を踏み出した。


 決戦の門が、開いた。



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