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祝音少女《五色ノ契》〜音に選ばれた少女たちは、祝福の旋律で世界を救う〜  作者: たいしょう
第四譜 試練の変奏曲 -静と騒と虚と闇の四重奏-
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第六十五音 死兵決戦

 正門の向こうに、四つの影が立った。


 白い影。


 黒い影。


 赤黒く揺れる影。


 そして、空白の影。


 サイレンシアは雪のように静かに立っていた。以前よりも輪郭が薄い。それでも、その沈黙は逃げではなかった。


 ノクターンは黒い外套を夜明けの風に揺らしている。深い孤独をまとったまま、ただひとつの約束を抱えて立つ影。


 カコフォニアは赤と黒の形を揺らしながら、笑っていなかった。いくつもの声が重なっているのに、今日は一つの方向を向いている。


 ヴォイドリズムは、音のない穴のように立っていた。だが、その黒い瞳の奥には、完全には消えない何かが残っている。


 ミヨリが低く言う。


「四奏卿じゃ」


 詠は《祝華》を構えたまま、四人を見た。


「また、会ったね」


 サイレンシアが答える。


「また来た」


 その声は静かだった。


「今度は、退かない」


「わかってる」


「ディスコードの道を、お前たちには塞がせない」


 天音が一歩前へ出た。


「聞いていいか」


 四つの視線が天音へ向く。


「お前たちは、使われてると思わないのか」


 ノクターンが静かに首を振った。


「思わない」


「どうして」


「選んでいるからだ」


 黒い外套の奥で、低い声が続く。


「私たちは、それぞれの傷でディスコードの思想に辿り着いた。命令されたからではない。恐怖で従っているのでもない」


 カコフォニアの声が重なる。


「感情を否定された者が、感情の行き場を探した」


 サイレンシアが言う。


「届かなかった音が、沈黙を選んだ」


 ヴォイドリズムが続ける。


「届いても変わらなかった現実が、空白を選んだ」


 ノクターンが最後に言った。


「果たせなかった約束が、孤独を選んだ」


 四つの声が、ひとつの覚悟になる。


「その選択の先に、ディスコードがいた」


 琴羽が胸の前でタンバリンを握る。


「怖くないの?」


 少しの沈黙。


 答えたのはサイレンシアだった。


「怖い」


 琴羽の目が揺れる。


「怖い。でも、行く」


 詠は息を呑んだ。


 昨夜、自分がミヨリに言った言葉と同じだった。


 怖いまま行く。


 それは、五人だけのものではなかった。


「お前たちも怖いだろう」


 サイレンシアが言う。


 詠は頷いた。


「怖いよ」


「それでも来た」


「うん」


「なら、同じだ」


 夜明けの光が、五人と四人を照らす。


 ディスコードの巨大な気配が背後にある。


 音を諦めない者たち。


 音に絶望した者たち。


 どちらも、怖いままここに立っている。


「行くぞ」


 ヴォイドリズムが告げた。


 四奏卿が同時に動く。


「無響結界、ミュート・ドーム」


 サイレンシアの白い光が広がる。


 音が封じられる。


「断絶協奏曲、アイソレイト・コンチェルト」


 ノクターンの黒い線が五人の間を切り分ける。


 気配が遠ざかる。


「不協和崩壊、ディソナント・クラッシュ」


 カコフォニアの赤黒い波が胸の奥へ入り込む。


 感情が揺れる。


「空虚拍動、ヴォイド・ビート」


 ヴォイドリズムの黒が、残響を削る。


 手応えが薄れる。


 四つの能力が、同時に来た。


 音が出ない。


 仲間が遠い。


 感情が暴れる。


 残響が消える。


 初戦では、それぞれに苦しめられた否定が、ひとつの結界になって五人を包み込む。


 詠の《祝華》が震えた。


 弾こうとしても、音は出ない。


 澪の気配が遠い。


 琴羽の和音も、天音の拍も、理央の譜線も、すべて霧の向こうにある。


 怖い。


 胸の奥で、感情が波立つ。


 その感情さえ、次の瞬間には残響ごと削られていく。


 けれど。


 知っている。


 五人は、この四つの否定をひとつずつ越えてきた。


 音が出なくても、弾く意志は消えない。


 ひとりの音も本物。でも、閉じなくていい。


 感情は殺さない。爆発だけにも渡さない。


 証明できなくても、鳴った事実は残る。


 詠は目を閉じた。


 聴こえない。


 それでも、聴こうとした。


 澪がいる。


 琴羽がいる。


 天音がいる。


 理央がいる。


 カナミの残響が、《祝華》の奥で震えている。


「弾く」


 声は届かないかもしれない。


 でも、詠は言った。


「音が出なくても、弾く」


 その頃、孤立の結界の中で、澪はノクターンと向き合っていた。


 黒い外套の影が、静かに《断絶協奏曲》を強める。


「また、お前か」


 ノクターンが言う。


「また、お前」


 澪も短く返す。


「今度は逃げない」


「前回も逃げたのではない。退いただけだ」


「今日は?」


「退かない」


 澪は《音幻》を構えた。


 音は出ない。


 それでも指は弦を押さえる。


「約束した人のこと、今日も思い出してる?」


 ノクターンの影が少し揺れた。


「思い出している」


「ずっと?」


「ずっとだ」


「それが、あなたの音の根っこ」


 ノクターンの黒い線が鋭くなる。


「黙れ」


「黙らない」


 澪は弾き続ける。


 音はない。孤立は深い。


 けれど、指の動きは止まらない。


「果たせなかった約束が、あなたをここまで連れてきた」


「それは呪いだ」


「そうかもしれない」


 澪の水色の光が、孤立の内側で細く灯る。


「でも、あの人が好きそうな曲だって、あなたは言った」


 ノクターンが息を止めた。


「その言葉は、まだ閉じていない」


 孤立の結界に、ひとすじ亀裂が入る。


 別の場所で、琴羽はカコフォニアと向き合っていた。


 赤黒い感情の波が、琴羽の胸へ押し寄せる。


「また、お前か」


 いくつもの声が言う。


「また、私」


 琴羽はタンバリンを強く握った。


「今日は爆発しない」


「無理だ。お前の中にはまだある。羨ましさも、寂しさも、欲しさも」


「あるよ」


 琴羽は頷いた。


「まだある。消えてない」


 カコフォニアの輪郭が喜ぶように揺れる。


「なら、鳴れ」


「鳴る。でも、壊すためだけには鳴らさない」


 琴羽は《花奏鍵》に手を置いた。


 音は封じられている。


 けれど、鍵盤の光は消えない。


「私は、受け取ってもらった」


「だから何だ」


「だから、受け取れる」


 カコフォニアの複数の声が乱れた。


「敵の感情を?」


「うん」


 琴羽は前へ出る。


「あなたの怒りも、悲しみも、混沌も、聞いた。全部、本物だった」


「うるさい」


「うるさくても聞く」


 琴羽のタンバリンが、音のないまま光を弾いた。


 赤黒い波の中に、春桃の輪が広がる。


 カコフォニアの形が、大きく揺れた。


 さらに別の結界で、天音はヴォイドリズムと向き合っていた。


 音を刻む者と、残響を消す者。


 天音は《雷陣》の前に立ち、スティックを構える。


「お前が相手か」


 ヴォイドリズムが言う。


「そうだ」


「残響は消える」


「知ってる」


「なら、刻む意味はない」


 天音はスティックを振った。


 音は出ない。


 残響も残らない。


 それでも、床がわずかに震えた。


「今、届いた」


 ヴォイドリズムの黒い瞳が動く。


「音は出ていない」


「振動はある」


 もう一打。


 今度はもっと低く、足の裏へ伝える。


「音が消えるなら、地面に置く」


「それも消える」


「また置く」


 天音は叩き続ける。


「あたしの拍は、みんなの足元に置くためのものだ」


 ヴォイドリズムが沈黙した。


 天音は一歩踏み込む。


「お前の大切な人も、感じてたんじゃないのか」


 黒い影が揺れる。


「耳で聞けなくても、床から伝わる音を」


 ヴォイドリズムの《空虚拍動》が、一瞬だけ乱れた。


 最後に、理央はサイレンシアと向き合っていた。


 白い無響の中で、サイレンシアは静かに立つ。


「論理で破るか」


「破らない」


 理央は《律盤》を構えた。


「聴く」


「音はない」


「気配はある」


 紫夜の譜線が、白い空間の中に細く伸びた。


「あなたは前に、ディスコードの前では無意味になると警告した」


 サイレンシアの目がわずかに揺れる。


「警告ではない」


「警告だった」


 理央は静かに続ける。


「本当に無意味なら、言う必要はない。でも、あなたは言った。私たちが傷つくことを、どこかで見ていた」


「違う」


「違うかもしれない」


 理央は《律盤》に触れる。


「でも、あなたが今ここで怖いまま立っていることは、消えない」


 サイレンシアの《ミュート・ドーム》が震えた。


 四つの結界が同時に揺れる。


 互いの力が干渉し合い、正門前の空間にひびが入る。


 サイレンシアは沈黙を保とうとする。


 ノクターンは孤立を深めようとする。


 カコフォニアは感情を爆発させようとする。


 ヴォイドリズムは残響を消そうとする。


 だが、五人はもう、その否定を知っている。


 完全には破れない。


 まだ、押し返されている。


 それでも、結界の揺れは止まらなかった。


 ディスコードの気配が、正門の奥で重くなる。


 四奏卿の輪郭が、少しずつ薄くなっていく。


「限界が近い」


 ヴォイドリズムが平らな声で告げた。


「わかっている」


 ノクターンが答える。


「それでも、立つ」


 サイレンシアが言う。


「礎になる」


 カコフォニアの声が重なる。


 四つの否定が、最後の力で五人を押し潰そうとした。


 詠は結界の中心で目を開く。


 次の一音で、すべてを一点へ集めるしかない。



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