第二十音 各自の覚醒、ライブバトルCounter-Key
黒い音符の刃が、舞台を横切る。
詠はギターを鳴らして桜色の音波を放った。けれど、その音波は途中で半音ぶん捻じ曲がり、敵の刃と噛み合わずに空を裂く。
「っ、またズレた!」
「調が変わるたび、技の軌道も変えられている」
理央がベースを鳴らす。低音の壁が立ち上がり、飛来する音符を受け止めた。だが、壁の根音が抜かれた瞬間、音の構造が崩れ、黒い刃がすり抜ける。
澪が詠の前に滑り込み、《音幻》を一閃させた。
深藍の和音が刃を砕く。
しかし、澪の指がわずかに震えていた。
——正しい音が、見えない。
彼女には、音の軌道が見える。
見えるはずだった。
今は、その軌道が途中で折れ曲がる。五線譜の線が波打ち、音符の位置が一瞬ごとに書き換えられる。絶対だと思っていた感覚が、敵の指先ひとつで曇っていく。
「澪!」
詠の声が届く。
澪は歯を食いしばった。
「大丈夫。まだ、見える」
本当は、大丈夫ではない。
けれど、立ち止まったら詠の音まで折れてしまう。
天音が床を叩いた。雷のビートが舞台を走り、オルタレーターの足元へ迫る。
「調とか理屈とか知らねぇ! 響けばいいんだろ!」
「響きはする」
オルタレーターが指を振る。
「ただし、届く場所は私が決める」
雷の軌道が途中で横へ逸れ、客席の上空へ流れそうになる。
「危ない!」
琴羽が春鈴を鳴らした。桃色の風が雷を包み、柔らかく舞台へ戻す。
「天音ちゃん、押しすぎないで。私が戻すから」
「悪い、助かった!」
「謝らないで。戻れる場所があるなら、それでいいの」
琴羽の花桜鍵から、調整された波形が広がる。
それは敵の転調を消す力ではなかった。むしろ、変わってしまった空間を丁寧に撫で、仲間が今どこにいるのかを知らせる灯りだった。
理央は、その灯りの下でベースの弦を押さえ直す。
「根音は完全には消えていない。ずらされているだけ」
彼女の瞳が鋭くなる。
「なら、ずれた先で再構築する」
低音が鳴った。
今度は、元の調へ戻そうとしない。オルタレーターが作った歪みの中に、理央自身が新しい軸を打ち込む。
黒い五線譜の一部が、紫の律紋に塗り替わった。
「ほう」
オルタレーターが初めて興味を示す。
「抵抗ではなく適応か」
「違う」
理央は静かに言った。
「選択よ」
澪はその音を聞いた。
正しい音を探すのではなく、今鳴っている音の中から、選ぶ。
その考えが、彼女の胸に小さな穴を開ける。
怖い。
けれど、穴から光が差す。
「……この転調、DからE♭に上がってる」
澪が顔を上げた。
「つまり、今の軌道はE♭メジャー。見えないなら、聞いて合わせる」
澪の指が走る。
深藍の旋律が、歪んだ空間にぴたりと沿った。
詠はその音に背中を押される。
「私はD! ギターが一番前に出る場所で歌う!」
「私はF♯。少しきらきらしてるけど、みんなを包めると思う」
琴羽が笑う。
「リズムに調なんて関係ねぇ。どこだろうと叩き通すだけだ」
天音がドラムを構える。
「わたしは根を支える。どの調でも、帰る場所を作る」
理央の低音が、五人の足元を繋いだ。
オルタレーターが両手を広げる。
空間がさらに揺らぎ、複数の転調フィールドが出現した。
五つの変律ゾーン。
それぞれが異なる調で構成され、舞台を迷宮のように分断していく。
「さあ、調律の迷宮へようこそ。五人の音を、引き裂いてみせよう」
詠は一歩前に出た。
もう、逃げた音を追いかけるだけではない。
変わるなら、変わった先で鳴らす。
「行こう」
五人は互いの音を聞きながら、それぞれの変律ゾーンへ身を投じた。
ミヨリが叫ぶ。
「ようやった、ようやった! これぞ、音の戦じゃ!」
五つの調が、ばらばらに鳴る。
けれど、その中心には、同じ願いがあった。
※ ※ ※
※ ※ ※
舞台に五つの律が揃った。
同じ調ではない。
同じ速さでもない。
けれど、五人の音は互いを見失わなかった。
詠が一歩、前に出る。
「いくよ……今の私たちの音で!」
澪のギターが、先陣を切って空間を切り裂いた。
「この調なら、届く」
E♭の旋律が、歪んだ舞台に道を作る。
理央のベースがその根を打ち込み、琴羽の花桜鍵が和音とパッドで全体を包む。天音の太鼓が拍を刻み、詠のボーカルが旋律に命を吹き込んだ。
五つの調で、一つの歌を。
オルタレーターも反撃を開始する。
フレーズの途中で調を変える転調攻撃。歌の入り口と出口をずらし、和音を別の意味へ書き換え、技の軌道を空中でねじ曲げる。
普通なら、演奏はそこで崩れる。
だが、五人はもう、元に戻ろうとしていなかった。
詠は咄嗟にギターのポジションをスライドさせ、カポで次の場所へ飛ぶ。澪は耳で軌道を読み、スケールを合わせる。理央はルートを先読みし、理論で律を編み直す。琴羽はトランスポーズと和音調整で包み込み、天音は全体の鼓動を保ち続ける。
「なぜだ」
オルタレーターの声が、初めて低く揺れた。
「なぜ、調が崩れない。私は、君たちの土台を変えている」
「土台は一つじゃない」
理央が答える。
「五人で持っているから」
澪が続ける。
「変わる音に、変わって応える」
琴羽が春鈴を鳴らす。
「違う音でも、隣にいられる」
天音が笑う。
「ズレたなら、でかい音で呼び戻す」
詠は前を向いた。
「でも、変わらないのは——」
五人の律紋が重なる。
「——この気持ち!」
オルタレーターが最後の変律を放つ。
舞台全体が、めまぐるしく調を変えた。D、E♭、F♯、A、C。見えない階段を踏み外すように、音の足場が崩れていく。
それでも、五人は歌う。
*
Counter-Key——鍵を変えても、扉は開く。
迷った音も、震えた声も、ここにあるなら響き合う。
違う高さで呼び合って、違う色で重なって、
私たちは、ひとつじゃないまま、ひとつになる。
*
詠の声が、客席まで届いた。
観客たちは何が起きているのか知らない。ただ、崩れかけたはずの演奏が、別の形で立ち上がっていく瞬間を、息を止めて見ていた。
オルタレーターの黒い五線譜に、亀裂が走る。
「これは、調和ではない」
彼は呟いた。
「不一致のまま、共鳴している……?」
詠がギターを振り下ろす。
澪、琴羽、天音、理央の音が一点に集まる。
「響け、五色ノ祝音」
詠の声に、四人が重なる。
「私たちは、音を諦めない」
五人の音が、最後の楽章へ駆け上がった。
「奏・Counter-Key!」
音の波動がオルタレーターを包み、変律フィールドを一枚ずつほどいていく。
「祝音、調い申したっ!」
ミヨリが叫んだ。
※ ※ ※
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