第十六音 音楽祭へ、五人の挑戦
五人の音が揃った——
ほんのわずかな瞬間、それでも確かに「ひとつの音」だった。
南演奏棟の瓦礫に、静けさが戻る。
誰もが呼吸を整える中、澪の指先だけが、ギターの弦をなぞっていた。
「……悪くなかったわね」
理央がぽつりと呟く。
「ちょっとだけ、心がつながった気がした……よね?」
琴羽が微笑む。
「なぁ、これって本番もアリなんじゃねーの?」
天音が空を見上げる。
詠は答えず、ただ空を見つめた。
うまく言葉にできなかったけど——
確かに、胸の奥に火が灯っていた。
そのとき。
「——おぬしたちーっ! ワシに朗報じゃぞーっ!」
明るい声とともに、扉を蹴破るようにミヨリが飛び込んできた。
両手には、掲示板から引き剥がしてきたと思しきポスター。
「見よ見よっ、『音楽祭』じゃ! なんと『合同演奏枠』があるそうな!」
「……音楽祭?」
詠が首をかしげる。
「学年も学部も関係なし! おぬしたち五人で、音をぶつける機会じゃろ!」
理央がポスターに目を通す。
「『響宴』……合同演奏、自由枠、学内最大のステージ……なるほど」
「よし、出ようぜ。前の戦いでわかったろ、あたしたち——まだ、いける」
天音が拳を握る。
澪も、無言でうなずく。
「……やってみたい、私たちの『音』を、今度こそちゃんと」
詠の言葉に、五人の目が交差した。
「決まり、じゃね」
琴羽がそっと言う。
だがその瞬間——
……カチ。
誰かが拍子木を鳴らしたような乾いた音が、どこか遠くから響いた。
音楽室の空気が、一瞬だけ『濁る』。
誰も気づかぬまま、そのリズムは空間に侵食していく。
※ ※ ※
音楽室、放課後。五人が机を囲むように集まっていた。
ミヨリが掲示板で見つけてきた《響宴》のチラシは、今、彼女たちの前に広げられている。
「……で、これがその『音楽祭』? ほんとに出るのか、私たちが?」
天音が腕を組み、壁にもたれる。
「合同演奏枠って書いてあるし、出場資格には問題ないはずです」
理央が冷静に告げる。
「うまくいくかわからないけど……今の五人なら、きっと」
澪がそっと言葉を添えた。
「でもさ、前みたいに音がズレたら……」
詠の呟きに、琴羽が優しく微笑む。
「それでも、合わせていくの。ずっと、少しずつ、ね?」
「……うん」
詠がうなずいたその瞬間、机の上のチラシが不意に揺れた。
空気がざわつく。
窓の外——校舎裏の木々が、風もないのに揺れていた。
「また来る……!」
澪がギターケースに手を伸ばす。
理央も、ベースを構え直す。
「『音楽祭』の前に、まずはこれを乗り越えなきゃ……だな」
詠の瞳に、決意の色が宿った。
※ ※ ※
※ ※ ※
空間がひずむ。
音楽室の壁に貼られていたポスターが、紙ではなく水面のように波打った。譜面台の影が伸び、床に散らばった五線譜が黒く染まっていく。
さっきまで聞こえていた校舎のざわめきが、ぷつりと途切れた。
代わりに鳴ったのは、乾いた拍子木の音だった。
かん。
ただ一拍。
それだけで、詠の心臓が不自然に跳ねた。
「なに、今の……」
琴羽が胸を押さえる。天音の足が半歩だけ先に出て、理央の指が無意識にベースの弦を探った。澪は無言で周囲を見回している。
黒い霧が音楽室を包み、現れたのは、以前よりも遥かに濃密なノイズだった。
出現したのは、あの拍ズレノイズ。
けれど、姿はまるで違っていた。
黒い燕尾服のような輪郭。胸に刻まれた、割れたメトロノームの紋章。左手には指揮棒と拍子木を兼ねた黒い装具。顔の半分は仮面で隠され、仮面の奥の目だけが、薄く笑っている。
《テンポスナッパー・Allegro》。
BPM操作を専門とする、戦律監級の上位ノイズ。
「これまでの小型ノイズや雑音体とは、格が違うってこと……教えてあげるよ」
鼻で笑いながら、Allegroは一歩を踏み出した。
その背後には、複数の雑音体テンポスナッパー。さらに薄く揺れる影のような小型ノイズたちが、音楽室の壁や天井から染み出してくる。
団体での襲来。
しかも、ただ数が多いだけではない。
小型ノイズは椅子や譜面台にまとわりつき、音楽室そのものを黒いステージへ変えていく。窓の外の景色は遠ざかり、床には巨大なメトロノームの針の影が落ちた。
「場を作ってる……?」
理央が低く呟く。
「正解。よく見てるね、ベースの子」
Allegroが拍子木を肩に当てた。
「今回は、ただ襲うだけじゃない。君たちの音がどれだけ揃うのか、どれだけズレたら壊れるのか、それを測るための演奏試験だ」
「試験って……勝手なこと言わないでよ!」
詠がギターを構えようとした瞬間。
かん、かん。
拍が二つ、鳴った。
詠の腕が、思ったより早く動いた。ピックが弦をかすめ、出るはずだったコードが半拍だけ前に飛び出す。
同時に、天音の足が床を踏み鳴らした。けれど、そのリズムは詠の音より遅い。琴羽が合わせようとして鍵盤に触れるが、指先が一拍分だけ迷う。
「うそ……身体が勝手に」
「テンポを、外から書き換えられてる」
澪の声は静かだったが、表情は硬い。
Allegroが笑う。
「BPM:+12。続いて、+15。さらに、+18」
音楽室全体が、見えない手で早送りされていく。心拍、呼吸、まばたき、足音。すべてが少しずつ噛み合わなくなる。
「急げってさ。焦れってさ。ほら、チームっていうのは、誰か一人が走っただけで崩れるものだろう?」
雑音体たちが、均一のステップで前へ出た。
その動きだけは、不気味なほど揃っている。
「戦律、発令」
Allegroが指揮棒を振り上げる。
「演奏、崩壊開始」
黒い拍が、音楽室を叩き割るように鳴り響いた。
※ ※ ※
少しでも続きが気になったら、ブックマーク・評価・いいねで応援していただけると励みになります。




