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第十音 二つの家の話、沈黙と支配

 雷の音が加わって、わたしたちの音はまた一歩、深くなった。




 天音ちゃんの太鼓は、まるで嵐みたいに力強くて、でもちゃんと皆を支えてくれる。


 四人での練習は、どこか『バンド』っぽくなってきた気がする。




 でも――




(まだ……なにか、足りない)




 音が浮いてしまう瞬間がある。


 支えきれず、ぶつかってしまうような、わずかな違和感。




「……重さが、足りないんだと思う」




 ぽつりと、天音ちゃんが呟いた。


 いつものように無表情だけど、その声には芯があった。




「重さ?」




「……空間ごと、支える音。音場の軸になるやつ。……ベースの役割」




 天音ちゃんからそんな言葉が出るなんて、ちょっと意外だった。


 彼女も、わたしたちと同じように『次の音』を探してるのかもしれない。




 澪ちゃんも、琴羽ちゃんも、黙ってうなずいた。




「じゃあ、その音も……学園のどこかに?」




 わたしがそう言うと、ミヨリがポンと肩に乗ってきた。




「うむ。五つの音が揃って、初めて『契』は完成する。最後は……『紫』の音じゃな」




 紫。重さ。支える音。




 そのキーワードを胸に刻んだそのとき、わたしは天音ちゃんの目線の先に、誰かの影を感じた。




 無表情なその瞳が、一瞬だけ揺れた。


 彼女は何も言わなかったけど、確かに何かを思い出していた。




「知ってるの?」




 思わず聞くと、天音ちゃんはうなずいた。




「幼なじみ。昔からの、知り合い」




「仲良しだったの?」




「……一緒に音をやってた。わたしの太鼓と、あいつのベース。息は……合ってた」




「でも、今は……?」




「話してないだけ。音は……届いてると思う」




 話す口調は淡々としているのに、どこか懐かしさを含んでいて。


 わたしはふと、最後の音に会うのが少し楽しみになっていた。




 ※ ※ ※






 神響の街には、古くから続く家がある。




 火ノ宮家はそのひとつだ。


 神楽や打楽の家系として、街の祭事を代々取り仕切ってきた。


 音を「奉る」ものとして扱う家。天音はそこで生まれた。




 式部家もまた、古い。


 こちらは学術と文化の家系で、神響女学院の設立にも深く関わっている。


 現当主は大学教授、母堂は著名な音楽評論家。音を「理解する」ものとして扱う家。理央はそこで生まれた。




 二つの家は、旧い縁でつながっていた。




 祭りのたびに顔を合わせ、行事のたびに席を並べ、大人たちが「音の都を守る者同士」として言葉を交わす。


 だから理央と天音は、幼い頃から「知っている」存在だった。




 家同士のつながりで引き合わされた子供たちが、最初から仲良くなれるかというと、そうでもない。




 最初は、互いに黙って座っていた。




 理央は本を読んでいた。


 天音は窓の外を見ていた。




 そのうち天音が、部屋の隅にあったベースに目を留めた。




「触っていい?」




「祖父のものだから、壊したら困るわ」




「壊さない」




「……そう言って壊した人を、わたしは二人知っている」




「わたしは三人目にならない」




 なぜかそれで、理央は「どうぞ」と言った。




 天音がベースを抱えた。


 弦に指を乗せた瞬間、理央は思った。この子は、音を知っている、と。




「弾けるの?」




「少しだけ。本当は太鼓だけど」




「なら、合わせてみる?」




 理央がピアノの前に座った。




 そこから先はうまく説明できない。


 ただ、音が合った。最初から、まるで何度もやっていたみたいに。




 それからふたりは、顔を合わせるたびに音を出した。


 言葉はあまりなかった。でも音があれば、それで足りた。




 式部家と火ノ宮家の大人たちは、ふたりが仲良くなったと喜んだ。


 でも正確には「仲良し」とは少し違う気がした。




 ただ、音が合う。




 それが、ふたりの間にある最も正確な言葉だった。




 ※ ※ ※




 ※ ※ ※




 神響女学院・高等部――


 朝の校舎に、静かな時間が流れていた。




 式部理央は、誰よりも早く教室に入り、窓際の定位置に座っていた。


 手元の本を開いてはいるが、ページは進んでいない。


 視線の先には、まだ誰もいないグラウンドと、校舎を渡る風の音。




「……騒がしい」




 そう呟いたのは、外ではなく、自分の内側だった。




 昨日、旧演奏棟のあたりから音が聞こえた。


 雷のような打音。それに混じる、風の旋律と細い歌声。




 天音の気配があった。




 そして、別の気配も。聞いたことのない音が、四つ。




(あの子が、仲間を見つけたの)




 理央はページをめくらないまま、考えた。




 天音が誰かと音を出している。それはわかった。


 自分はそこに呼ばれていない。それもわかった。




 呼ばれなかったことが、寂しいのか。


 それとも、呼ばれる前に自分で向かうべきなのか。




「……何のつもりなの、あなた」




 誰にともなく呟いて、理央はページを閉じた。




 式部家の娘として、理央は「感情を顔に出さない」訓練を幼い頃からされてきた。


 正確に言えば訓練ではなく、自然とそうなった。完璧であることを求められる環境に長くいると、揺れを外に出す習慣がなくなる。




 でも内側は、揺れている。


 今もそうだ。




 天音の音を聞いた瞬間から、ずっと。




 ※ ※ ※




 その日の放課後。




 詠たちは天音に案内されて、旧演奏棟のホールへ向かっていた。




「このあたり……ってこと?」




「……あいつ、よくここでベース弾いてた」




 そう言って天音が開けた扉の先、薄暗い空間の中央に、ひとりの少女が立っていた。




 紫の長髪が、古びた窓から差し込む光を受けてわずかに輝く。


 その手に抱えているのは、艶のある深紫のベース。




 静かに、でも確かに、音を出していた。




 指が弦を離れた瞬間、彼女がこちらを振り向いた。




 式部理央。




「……来たのね、天音」




 天音を見た目は、詠たちを見る目とは少し違った。


 ほんの一瞬、何かが揺れた。それだけだった。






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