1-9.対峙
シャルロットは、グリードに向かってコクリとうなずく。
それを見計らい、薄ら笑いをした男がグリードを押しのけて、ずいっと前に出た。
「アルフレッド様。スペルシア伯爵領当主代理イリアスでございます。
先日は話が途中となり、残念に思っておりました。」
イリアスが、くるりとした口ひげを一撫でし声をかけてくる。
イリアスが親しげに話し始めたと同時に、一緒にいた領主達も、なんだなんだと声の聞こえる範囲に近づいてきた。
こちらの人達はアルフレッドに礼儀をわきまえ、控えめに挨拶をした。
シャルロットからの声がけも待たずに、イリアスは一方的に話し始める。
「先日お約束いたしました小麦畑警備の相互協力について、契約していただこうとお待ち申し上げておりました。」
「なっ」
グリード声を上げようとしたところをシャルロットは目で制す。
さっと見渡すも、お母様は目の届く範囲にいなかった。
仕方がない。すっと息を整える。
尚も調子づいたイリアスが話し続ける。
「先日も話ましたが、辺境伯領の高い塀、そして強靭な警備。
それらに阻まれた盗賊たちが、残念ながら、たまたま隣接している我が領地の小麦に目を付け強奪していくのです。
先日、アルフレッド様が心配してくださった通り、この地で働く領民は皆、怯えて苦しんでおります。」
他の領主たちに確認させるべくイリアスは大げさなほど、身振り手振りで哀れな感じな声を出す。
スペルシア領は辺境伯領の西側砦に隣接した領地である。
領地は細長く端と端では景色がだいぶ違う。
スペルシア領の小麦畑が、辺境伯領に近いのには理由があるのだ。
ただ、数年前に土壌改良に成功し豊富に収穫できているはずだ。
まぁ、領主屋敷とは対局の場所にあるため、その地を管理人任せにしており、昨今、警備が手薄になっているとグリードから報告が上がっているのだが。
「そこで、辺境伯ご自慢の警備隊が、その高い塀の上から我が領地にいる盗賊たちを見つけ、こちらに知らせてくれれば良いのではないかと考えた次第です。
一日中、塀の上をウロウロとしているついでに、まぁ、知らせてもらえればいいかなと。」
イリアスは勢いづき、つい小馬鹿にしたような話振りをしてしまう。
先程、下を向いて座っていた様子も、今、黙っているのも。
今日もやはりアルフレッド様は不安定だ。
ニヤリと口角が上がり、さらに饒舌になる。
「いやなに、警備費用も、もちろんしっかりと負担しますよ。
ただ、その代わりに損害が出た場合は、そちらの小麦を融通してくれるとか保証をつけていただくのはいかがでしょう。」
イリアスは、この数日、自領へ都合良い契約にしようと考え続けていた。
先の夜会でも、アルフレッドは心ここに在らずで、私の話を納得している様子だった。
あと一歩で了承を得るところだったのに、アルフレッドは従者に連れられ、そのまま退出してしまった。
今日こそは。
アルフレッドは幼き頃から優秀だと言われているが、所詮子供だ。
小金をちらつかせれば、理解もせず目先の利益に飛びつくに違いない。
事実確認できる証人が三人いれば、この場でも契約できる。
どうせ、あいつらも同じように自分の利益になる事ばかりを考えているんだろ。
幼馴染の辺境貴族仲間をちらりと見る。
多少強引にこの場に連れて来たが、私の味方となり、適当に話を合わせるくらいはできるはずだ。
たとえ理不尽な契約だとしても締結してしまえばどうにでもなる。
辺境伯は屋敷に長期間不在だし、戦闘中ならば、すぐに耳に入る可能性は低い。
我が領地に有益なものをもたらせれば、家の者達も私を見直すだろう。
「それは、無理だ。」
突然、アルフレッドの重く鋭い声が聞こえ、イリアスの思考が遮断される。
「貴領はシェラサード王国の領地であろう。」
目の前のアルフレッドから子供とは思えないくらいの覇気を感じ、イリアスは慄いた。
周りを囲んでいた良識あるものは、ハッと言葉の真理を気付き、イリアスの話を止めなかった己を恥じた。
あの塀は辺境伯領建立当時から建てられていた。
より高く強固な塀にするため、辺境伯家の資金と労力、そしてお祖父様の個人資産を投じて再建築した。
そして国を守る礎、領民の誇りとなったのだ。
お祖父様は固辞したが、名を取ってドゥゴールウォールと名付けられている。
そんな大事な、我が国防衛の最後の砦だ。
我が領地の背後に高く聳える塀は、万が一、国境の砦が破られた場合に備えられている。
王都より援軍が来るまで、領民皆で命を賭して死守する覚悟の塀なんだ。
お兄様と私は領主一族の心得として、物心ついた時から先祖代々の想いと共に、お父様から繰り返し刻み込まれている。
ドゥゴールウォールの警備の者達は、茹るような夏も凍えるような冬も、24時間体制で国境方面を警備し続けているんだ。
ただ前を向き振り向かず、国境を見つめ王国には背を向け続けているのだ。
その覚悟と意味が分からないのか。
遥か昔から我が領内で小麦を品種改良し生産量を増やしたのも、籠城戦になっても長く耐え凌ぐためだ。
我が領地は、全てそこに念頭を置いているんだ。
十数年前になるが、先代のスペルシア伯爵領のみならず、いくつかの領地が害虫により作物が壊滅的な危機に陥った年があったそうだ。
領主達から泣きつかれたお祖父様が長年改良してきた小麦の苗を無償で譲り、更に土壌改良のノウハウも教え、各領地は再建した。
その際たる領地がスペルシア領である。
辺境伯領とより同じ条件の環境で作りたいと、できるだけ近い地に開墾したのは自分達の判断でしょ。そして、早期に成功したんじゃない。
私は、周辺領地の歴史も頭に叩き込んでいるんだ。何も知らない子供じゃない。
何とかお父様に、いや辺境伯に、正確にこの冒涜を伝えなければ。
この様に侮られ続けたならば、今回は退けられたとしても、いつかは不利になる言質をとられる可能性がある。
いけると踏んでいるイリアスは、一緒にいた仲間の領主達に諌められても、お構い無しに失礼な要望も加えながら話し続けていた。
それを、シャルロットは、ただじっと聞きいていた。
そっと首筋に手を添えて落ち着け、落ち着けと集中する。
そういえば昔、王都の候爵一家が辺境領地に小麦畑の視察にいらしたのよね。
お兄様と同い年の公爵令嬢が、興味深く感じたことや説明、発言を間違えて覚えないように簡潔にメモを取っていた姿が突如思い浮かぶ。
その姿が、とても素敵で格好よくて。ますます、勉強に力が入ったんだったわ。
ポンと手をたたき、おもむろにズボンのポケットからメモ帳を取り出す。
「辺境伯当主への報告を間違えのないよう、メモを取らせていただきます。」
シャルロットは、近くにいる者に聞こえるくらいの声量で、凛と宣言した。
通常貴族は、筆記具を携帯していない。
アルフレッドがメモ帳とペンを取り出した事に一様に驚いた。
少し離れていた人達も、ただならぬ雰囲気に気づき動向を見守る。
シャルロットは、さらさらと美しく読みやすい字で、一番上に要望者の領地と名前を書いた。
そして、その下に先ほどスペルシア領主代理イリアスが話した内容を、過不足なく要点をまとめながら素早く書いていく。
覗いたグイードもびっくりするぐらい、簡潔かつ的を得ている。
しかも意図せずとしてだが、王国での正式な内容証明としての形式が整っていた。
ざっと、先程記入していったメモの内容を読み上げる。
イリアスだけではなく、近くで聞いていた者達に間違いはないかと確認をとった。
その間にも、シャルロットはイリアスと一緒に近づいてきた領主達の一人一人の顔を確認し、名前をしっかりとメモする。
それを見ていた領地達は顔を見合わせてオロオロとしていた。
リュシオール皇子を除くと、この場にいる貴族の中でレッチフィルド辺境伯が一番の高位貴族である。
身分が重要な貴族社会において、高位貴族には逆らうことはできない。
「内容に相違なければ、こちらにサインをしてください。」
シャルロットは、スペルシア伯爵に向けメモとペンを差し出し、一番下を指し示した。
「いやいやいや。」
そう言いながらイリアスはメモとペンを受け取らず、髭をせわしなく触り続けた。
このような簡易とはいえ、証明書にサインをしてしまったらば逃げる事はできない。
顔からは嫌な汗が流れているのがわかる。
イリアスは、先日の夜会の日から、今日という日が来るのを待ち遠しく思っていた。
毎日のように美味い酒を飲み酔いしれ、明るい未来を想像していた。
そんな自分を心から呪った。




