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VIOLETlazward 〜辺境伯令嬢シャルロットの奮闘記〜  作者: 和霞


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10/23

1-10.憤り

 イリアスは、一つ年下の辺境伯爵ガートルードと何かと比較され育ってきた。


 幼少期はスペルシア次期領主であった両親と共に、小麦畑や周辺作物を発展させる為、辺境伯領の砦近くの屋敷に居住していた。


 スペルシア領地は細長く、しかも領地の中央に山があり迂回移動に日数がかかる。

 そのため、領主自身が端から端まで統治するには目が届かない事も多く厳しかった。

 現在は山にトンネルが開通したおかげで、行き来が格段と便利になったのだが。

 しかし交通が不便なその当時は、領主は領内王都側の商業地域に在宅し、息子一家は辺境伯領寄りの穀倉地帯の管理を任されていた。


 前辺境伯夫婦とイリアスの父と母であるスペルシア次期領主夫妻はフロライト学院の同窓で旧知の仲だ。

 お互いの屋敷も馬車で数時間であり、貴族同士の家としてはかなり近かった。


 母親に連れられイリアスは事ある事に辺境伯領を訪れ勉強や騎士団の訓練を一緒にする事となった。

 他にも何人か一緒に鍛錬させられていた。

 

 辺境伯の好意とやらで王都より呼び寄せた家庭教師や辺境卿騎士団で、一流と言われる教育をガートルードと共に受ける事になる。

 近隣の他の者も一緒に始めたが、高度な内容と厳しさに早々に脱落していった。


 一歳年上のイリアスは器用であり最初はガートルードよりも上手くできるのだが、何にでも秀でていたガートルードにすぐに追いつかれ、あっという間に手の届かないところへと置いて行かれた。


 イリアスは、ガートルードは辺境伯領内に住んでいて指導者達と共に生活しているし、環境に恵まれているのだから仕方がないと自分に言い聞かせて、少しずつ開く優劣に目を背けていた。

 そして日に日に何かが重なるが、表面には出さずに何年も妬み続けた。

 

 長い期間をかけ、結局何をやっても及ばないことを受け止めるしかなかった。

 そして一つずつ諦めながら生きてきたのだった。


 家族も結果は明白なのに私を褒める。

 どうせ陰で比べているんだろう。


 ガートルードさえいなければ。


 今は外交的に当主代理と名乗っているが、父から引き継ぐはずだった領地の仕事は聡明な私の息子が学んでいる。


 このシェラサード王国は、突発的な事が無い限り、領主からの指名で次期領主が選出され王国が判決をくだす。

 必ずしも親から子へと引き継ぐ訳ではない。


 つまりそうゆう事だ。

 私はスペルシア領主である父の期待に答えられなかったのだ。

 いずれ私の息子が領主となることが決定されている。


 自分の存在価値を取り戻すべく、現領主と息子や家族を見返すべく、領地に利益になる計画を立てたはずだった。


 潤沢で不自由なく幸せな辺境伯領から、おこぼれをもらって何が悪いんだ。


 イリアスは、小さい頃から知っているアルフレッドが心身を崩しているのに気づき、自分にとって好機とみて会うたびに観察をしていた。


 それなのになぜ突然に立て直したのだ。

 機転を効かせ、こんな方法で逆に言質を取ってくるなんてできない筈だ。


 公正であるガートルードは昔から卑怯なことを許さない。

 ましてや大人が子供を嵌めようとした事を知ったら、激怒するはずだ。 

 そうゆう奴だ。


 このことが伝われば、我が領地への人員派遣や物資の流通など、昔からの縁で融通してもらっていたことからも全て手を引かれてしまうだろう。

 災害などの有事の際も見捨てられるのだろうな。


 イリアスはブルリと震えた。



 シャルロットは、逃げようとするイリアスに一歩近寄りペンとメモを渡そうと手を伸ばす。


 イリアスは焦って周りを見渡したが、仲間だと思っていた当主達はツイと顔をそらす。


 騒ぎを聞きつけ集まってきた人々の中に、リシュオール王子や公爵家のデルバール様の顔が見えた。


 その奥から、ものすごい形相の辺境伯夫人が早足でこちらに向かってくるのが見えた。


 辺境伯夫人を足止めしていたはずの遠縁の娘も追いかけながら泣いている。


 泣きたいのは私だ。


「イリアス様、何か付け加える事はありますか?

 もし相違なければ、確認のサインをしていただきたくお願いします。」


 シャルロットは真摯な姿勢のまま、低く張りのある声をだし、イリアスにペンを握らせる。


 絶対に逃がさないとばかりに、グリードがイリアスの背後をとる。


 イリアスはチラリと王子を見た。

 その凍るような瞳に慄き、力なくサインするほか選択肢は無かった。


◆◆◆


 少し時間が遡るが、騒ぎが起こったその時、スペルシア伯爵令嬢レジーナはユーリの隣に立ち、何人かの令嬢と一緒に楽しく話しをしていた。


 突然、自分のすぐ後ろを、辺境伯夫人が騎士が駆けるように颯爽と走り抜けた。

 その先を見ると、父がアルフレッド様に、大ぶりの身振り手振りで何かを話している。


 嫌な予感がし、急いでそちらへ体を向けると、一歩先にユーリ様やリュシオール王子達が動いていた。


 ご婦人方が辺境伯夫人を追いかけるように移動している。

 当然の如く主人である領主達が追随する。


 近寄るにつれ聞こえる父の横暴さに驚愕し、止めに入ろうとしたが、リュシオール王子が軽く手を前に出し静止させられた。


 父が項垂れたタイミングで、不敬を承知で王子を振り切り、たまらず前に出て父の横に寄り添う。


 そして、アルフレッド様が父に差し出している手書きされた書類を急ぎ目で追う。

 記載されている事項に慄き、重大さに思考が止まった。


 我に返ると、父が強張る手で震えながらサインしていた。

 サインの字は驚くほど揺れている。

 私も震えが止まらない。歯がカチカチ響く。


 その場を動けない父の代わりに、なんとか頭を下げ、従者と共に引きずるようにして、アルフレッド様から離れた。


 俯いていても分かる程、サッと人垣が割れ道ができていた。


 ヨロヨロと歩むと、その先にはゲラン伯爵と夫人がいらしていた。


 二人からの突き刺さるような視線が痛い。


 レジーナは、ただただ震える声で心からお詫びし、急ぎこの場を離れるしかなかった。


 やっとのことでスペルシア家の馬車に乗り込むと、静かに馬車は出発する。

 行きとは違い、誰も言葉を発せず重苦しかった。


 レジーナは、しっかりと腰をかけ背筋を伸ばして座っていた。

 きちりと意識を持って座らないと、崩れ落ちてしまいそうだった。


 リシュオール王子の歓待の場で騒ぎを起こしてしまったのだ。 

 どのような罰が下されるか分からない。

 開催者であるゲラン伯爵や夫人にも迷惑をかけてしまった。


 あぁ。ゲラン領とも、小さい頃から大好きで大切だったユーリ様とも、もう縁が切れてしまうのね。


 あふれる涙がとめどもなく流れる。


 未だ呆然としているお父様は、本当に浅はかで呆れてしまうが、残念ながら憎めないのだ。


 しかしながら、事は一刻を争う。 

 早馬を出し伝令を領地に伝えたが、早くお祖父様やお兄様に相談したい。

 一人では抱えきれず、気だけが急き、悪い方へ悪い方へと思考が流れる。


 辺境伯領には、その昔、小麦の苗をいただき救ってくださった多大なる恩がある。

 他領など見捨ても良いのに、辺境伯はそれをしなかった。


 よけいな私怨のため、その恩に感謝できないお父様は次期当主から外され、代わりにお兄様が当主としてスペルシア領を受け継ぐことになっている。


 本来ならば、家族皆、お父様に領主となってもらいたかったのに。


 祖父母は何度も公正しようと諭したらしいが、長年根底に流れる辺境伯領地へのお父様の気持ちは変わらなかった。


 お父様が子供の頃、辺境の近隣領地の皆で手を取り助けて合おうと、同世代の子息、令嬢達が領地を行き来し学び合っていたそうだ。


 お父様と辺境伯様は何をやっても優秀で、切磋琢磨しお互いを高め合って二人共に素晴らしく誇らしかったと、お祖父様から聞いている。


 それがどこで拗れてしまったのか。


 この辺境の最後の砦の背後で、謀反など起こしては絶対にならない。

 少しの愁も辺境伯領に与えてはならない。

 だからこそだと、お祖父様はお父様を継がせないという苦渋の決断を下した。


 それでも、お兄様は、お父様から次期当主の地位を奪ってしまったことに、いつも苦しんでいる。

 

 次期当主となる以上はお父様に認めてもらえるように、日々、休む暇もなく、お祖父様から領地経営を学び運営している。


 そんなお兄様を思い浮かべ、また涙が溢れる。


 今後の対応次第によっては、我が家の未来はない。


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