1-8.棘
シャルロットはガーデンチェアに座り、ほっと一息をつく。
パラソル下の空間は別世界のようで、なんだか心が落ち着いた。
改めて庭に目を向けると丹精に育てられた薔薇が見事に咲き誇り、緑も目に鮮やかに映る。
先程取ったお皿の上には、薔薇の形にアイシングされたクッキーや型取ったフィナンシェが賑々しい。
よく冷えたミネラルウォーターからも、ローズのまろやかな甘い香りがする。
コクリの飲むと汗がスッとひいた。
そっとクッキーを手に取ると、シャルロットは小さくかじる。
ふわっとした優しい甘さが、疲れた体と心に染みる。
ゆっくりと咀嚼しながら、目を瞑り自分に言い聞かせた。
大丈夫。ユーリにも他の人にも気づかれなかったし、私、頑張れてる。
第一目標であるリュシオール様とお話しできたし。友好的な関係を築けたはず。
…隣国との争いが落ち着いたら、辺境伯領に遊びに行くからって。
いつくらいが良いか急かされ、楽しみにしているから近い内に連絡しろよって。
リュシオール様が、おっしゃっていたな。
でも。領地が落ち着く日なんて、いつなんだろう。
皆が無事に帰って来てくれるのはいつなんだろう。
分かっている。リュシオール様は、本当の状況をご存じないだけだ。
そうだと分かっているのだけれど。
何度も何度も念を押されると、辛い。
シャルロットが手に持つ、すみれ色の薔薇が揺らぐ。
おとうさまぁ。うっすら目に張る膜と声にならない声がこぼれ落ちそうで、下をむいてしまう。
グリードが一歩近づいた気配がした。
大丈夫。
下を向いたまま、そっと首筋に手をあて落ち着かせる。
今はお兄様だよ。気持ちを切り替えないと。
そういえば、先程ふんわりとした返答しちゃったけれどよかったかなぁ。
シャルロットは、リュシオール様達と話していた進学先の話を思い返す。
シェラサード王国貴族は12歳から16歳の間に、フロライト学院かブレナ学園のどちらかの学校を選び学びを受ける義務がある。
入学年齢に幅があるのは、各家や領地での事情を鑑みた結果だ。
どちらの学校も入学試験があるために事前に基礎学習は必須となる。
ほとんどの家では、家庭教師より貴族としての常識範囲の学びを受けているので、余程の事がない限り入学できない事はない。
また、各学科95%の正解率であれば、その学科が合格となり、履修する必要がない。
試験は年に1度、年初めに受験日があり16歳になるまで、どちらの学校でも何度でも受験できる。
フロライト学院は単位制であり、ほとんどの生徒は全単位合格するのに3年有す。
基礎学習に加え、たくさんの選択制の授業があり有意義な事のみならず、貴族同士の繋がりや情操教育、勉強以外にも多く学ぶ機会を与えられる。
特色としては、入学時や各期末にある試験で高得点を取ると、飛び級や単位終了の資格が与えられる。
その年の終了日までに所定単位数を取得すると最短1年間で卒業する事ができる。
長く領地を空けられない場合や高度教育を受けた者など、飛び級や単位免除を狙う者は少なくない。
その為、何度も受験する者がいる。
だが、今も昔もハードルは高く、単位取得はできても、学年の飛び級合格は稀である。
対してブレナ学園は、基礎学科の他、それぞれの専門の学科を選び受験する。
特に狭き門である戦略学科を選ぶと、卒業後すぐに中枢機関で即戦力になるよう、かなり実践的に鍛え上げられる。
ブレナ学園は分校が王国内に何か所かあり、領地から通いの者が多く在籍している。
辺境の地にもオデュッセイ領に分校がある。
一部の優秀な平民も入学が認められているため、学園内平等の精神を掲げ、在籍中は家名ではなく名前で呼びあう事が常だ。
何家であるかは、たいていの貴族同士は貴族名鑑で把握している。
だから、普通の考えの者であれば社会に出た後の事を鑑み、きちんと身分を守って行動している。
稀にとんでもない世間知らずもいるが、それはまた、別のお話しである。
リシュオール王子や側近であるデルバール様は、王家での教育が終えた2年後に、王都にあるフロライト学院を受験するとのこと。
シャルロットは、アルフレッドの進学先を明言せず聞き役に徹していた。
しかしながら、リュシオール様から、どちらを受験するのかと幾度も質問されだ。
困ったシャルロットは、うっすい記憶を必死で呼び戻した。
そういえば随分と前に、家庭教師がお兄様に、フロライト学園を飛び級して、最短卒業できそうです。受験いたしましょう!と興奮して話していたな。
シャルロットは幼いころから、アルフレッドと共に有りとあらゆる授業を受けてきた。
きっかけは、アルフレッドがシャルロットと離れたくないと勉強部屋まで連れてきてしまった事に始まる。
お兄さまが手を離さなかったのをいい事に、シャルロットも離すまいと力を入れ握りかえした。
領地の成り立ちの授業だったため、お父様から家庭教師に話が通り許可が出たので、結局そのまま授業が始まった。
その時、教えてもらった領地の事。知らない事を知る時間が充実しすぎていた。
その日の夜に両親に頼み込み、それから一緒に学ばせてもらうようになった。
シャルロットは特別に設えてもらった椅子に、ちょこんと座り黙って聞き続けた。
お父様や家庭教師は、すぐに飽きるだろうと思っていたらしいがお母様だけは違っていた。
お母様自身も幼少の頃、お母様のお兄様達に付いて勉強をずっと聞いていたそうだ。
そのようか記憶を、シャルロットはやっと思い出し、フロライト学園だったような、そうじゃないかもしれないようなと、ぼんやりとオブラートに包みながらリュシオール様に話した。
まぁ、進学するのは数年先だし、かもしれない話だから違ったら許してもらおう。
リュシオール皇子が喜んでいたのは少し気にかかる。
しかし、リュシオール皇子にしてみれば、ここで会ったアルフレッドなんて、たくさんの側近や同世代の友人達の一人だろう。
気にしなくてもいいのもしれない。
「アルフレッド様」
短くグリードから声を掛けられ、シャルロットは思考を庭園に戻す。
シャルロットを隠すように立っていたグリードの体が、ほんの少しだけ横にずれる。
少し離れた場所で、何人かの大人達が集まっていた。
その中に、じっと、こちらの様子を伺う者がいた。
その者達は、皆、お父様と同じくらいの年齢の男性だった。
笑っていない目で、こちらを見ながら薄ら笑いし、話しかけるタイミングを見計らっている。
シャルロットは気合いを入れた。
さあ、これからが本番だ。
アルフレッドとして、絶対にミスはできない。




