2-26.喪光
「貴方が好きなんです…
だから……ソフィアさんと一緒にいてほしくなかった。」
その告白は、刃のようにシャルロットの胸奥へ沈んだ。
鈍い痛みが広がり、呼吸が一瞬止まる。
また、私のせいか。
深く深く底へと落ちていく。
ソフィアを陥れ、自分がその場を奪おうとしたのならば。
優しい言葉で返すことなどできない。
......きちんと傷ついてほしい。
シャルロットは静かに低く告げる。
「残念だ。ソフィアは護衛だと、何度も言っただろう。
私は貴方をとても気に入っていたのだよ。
家族になれなくて本当に残念だ。」
その微笑みは残酷なほど綺麗だった。
サランの呼吸が止まる。
「我が国の国境は、ここ何年もガラパ公国が絶えず戦いを仕掛けてくる。
我が領地は、国民を守るための防衛の要だ。
敵も近くにいる。間者も領地に入り込むかもしれない。
いつも死と隣り合わせだ。」
シャルロットの声は静かだったが、その奥には鋼のような決意があった。
「だから、裏切りは許せない。」
サランの膝が震える。
「辺境へ、連れて行ってくださるはずだったの?」
虚ろな瞳でアルフレッドを見上げる
「もう、絶対にしません。
二度と、本当に二度としません。
たった一度の過ちを……許してもらえませんか…。」
その声は、泣き出しそうなほど弱かった。
しかしシャルロットは、真顔のままだ。
「我が領地での裏切りは許せないんだ。ただの一度たりともだ。
ましてや次期領主の伴侶として、領地を任せる者に認められるはずがない。」
裏切りは、一度でも命取りになる。
それがどれほど小さなものでも、領民の命を左右する。
それに。絶対に。
お兄様がまた、大切な人から裏切られるようなことはあってはならない。
お兄様の伴侶として、その一度は致命的なんだ。
その決意が、シャルロットを頑なにしていた。
サランの視界が揺れ、心を切り裂いた。
床がぐわんと揺れた。
[....あっ……」
声にならない声が漏れた。もしも…もしも……。
サランは膝から力が抜け、その場に崩れ落ちた。
トントンと生徒会ドアが叩かれる。
グランシフォーヌ先生だ。
ドアを開けると。異様な雰囲に先生はゴクリと喉を鳴らす。
先生の報告によれば、手筈通りに屋敷のリリアーナと母親のボニー、そして協力者として窃盗を行った事務員を拘束したとのことだった。
報告を受けたリシュオールは、詳細はデルバールへと言い残し、項垂れるアルフレッドを促して生徒会室を出て行った。
先生もサランの様子で察し、デルバールと今後の予定変更について淡々と話し合っている。
「ごめ…ん…なさい……」
サランのその言葉は床に吸い込まれ、誰にも聞こえることはなかった。
数刻前、キートリカ侯爵家前には緊迫した空気が漂っていた。
団長の合図と同時に、第二騎士団がキートリカ侯爵家の屋敷へ踏み込む。
「な、何よあなた達! 勝手に入ってきていいと思ってるの!?」
リリアーナの母ボニーが甲高い声を上げる。
「キートリカ侯爵家令嬢、リリアーナ・キートリカ、およびその母、ボニー・キートリカ。
不正行為および裏商会との接触、偽造文書の作成に関する容疑で拘束する。
両名の自室捜査も、キートリカ侯爵より許可がおりている。」
騎士の冷たい声が響く。
「はぁ!? 嘘よ。あの人が許可を出すはずないわ。
偽造? 裏商会?何を言っているのよ!」
ボニーは暴れた。
だが自室からは、恐喝依頼の証明書や偽造書類、裏商会との取引明細が驚くほどたくさんでてきた。
かなり日付の古い証文もある。
「……やはり。多すぎるな。」
騎士団長が眉をひそめる。
リリアーナは取り押さえられながら叫んぶ。
「離しなさいよ! 私は侯爵家の娘よ!?
こんな扱い、許されるはずが――」
「許可は下りていると言ったはずだが?」
騎士が冷たく言い放つ。
ボニーはさらに喚く。
「私達は、悪くないわ。勝つためにはやるしかないのよ。 」
「……連行しろ。」
騎士団は淡々と二人を拘束した。
学院の母方の親戚である事務員も捕らえられた。
「脅されたんです……!封書を盗めと言われて……
サラン嬢の点数も……飛び級の試験なんて受けさせないようにしろと。
ばれないように、数回分、数点低くなるように改竄しろと……!」
事務員は泣きながら証言した。
キートリカ侯爵は、長年、第二婦人のボニーとその娘の浪費を抑えるように告げていた。
贅沢品を好み次から次へと購入し、あろうことが、ここ数年ボニーは侯爵家の資金を横領し、実家に送っていることも判明した。
少々都合の悪いことをボニーに握られていたため、これまで離婚するのは難かった。
だが、証拠の書類は、このどさくさにまぎれ、家令が手に入れ処分していることだろう。
これで、ボニーの有責で追い出すことができる。
後日談だが、リリアーナは複数の子息を脅した事実が発覚した。
夏休みに帰省した子息達が両親に話したからだ。
即時、学院とキートリカ家に抗議が入った。
その他の余罪と相まって、結果、リリアーナは退学処分となる。
後に母ボニーと共に侯爵家も追い出されることとなり、貴族社会での未来は絶たれた。
判決が下れば、処罰は免れないだろう。
早々に生家にも見放されたと噂が流れた。
だが、誰も同情などしない。
理由は簡単。
ほとんどの親も学生時代にボニーから嫌がらせや迷惑を被っていたからだ。
サランは封書が“良からぬもの”だと知っていたが、偽造には関与していなかった。
使用も未遂に終わったため、表向きの処分はなかった。
しかし――
この場で生徒会の辞任。
点数改竄は家の問題として責任を負うこと。
…もし、正規の点数であれば、飛び級の試験の受験資格は得られていたが、それは認められなかった。
その日、サランは失意のまま馬車に揺られ、屋敷に帰った。
玄関を開けるとサランの母は、親戚を招いて宴会をしていた。
「勝ったわよ! 私たちが勝ったのよサラン!」
母は親戚達ね中心で高笑いしていた。
サランは立ち尽くす。
「……勝った……?」
母はサランの手を掴み、誇らしげに言った。
「そうよ!あなたは勝ったの!この侯爵家は私達が継ぐのよ。誇りなさい!」
サランは――
狂ったように笑った。
「勝った……?私が……?」
笑いながら涙がこぼれた。
「こんな私を見て……誇らしげにするな……」
母も親戚達も、誰も気づかない。サランの笑いは、壊れた音だった。
「もう……二度と……
あの柔らかい方達に触れることはできないのに……」
ぽろぽろと涙が落ちる。
「夢見ていた幸せが……全部こぼれ落ちていく……」
サランは胸を押さえ、呆然と立ち尽くした。




