2-25.糾弾
「サランさん。」
ソフィアの嬉しそうな声が、昇降口入口の柱の影に潜むシャルロットの耳に届いた。
一刻前、シャルロットと話していたときの、どこか張り詰めた音色ではなかった。
まるで試験前の不安を溶かすような明るい柔らかな声だった。
その響きにシャルロットの口元がふっと綻ぶ。
試験前にサランさんに会えてよかったな。ソフィアは、きっといろいろと安心したのだろう。
おそらく、別の場所に潜むリュシオール様やとデルバール様にも聞こえているはずだ。
三人は今日決着をつけるために、その人物が現れるのを隠れながら待っていた。
サランさんを巻き込みたくない。
無事にサランさんを学院へ連れ出せてよかったと安堵する。
シャルロット達は、皆、静かに安堵していた。
今日、ついにリリアーナを断罪する。
彼女は“やり過ぎて“くれた。
親世代の牽制に奔走した後、シャルロットは思案していた。
ソフィアに対する歪んだ噂だけでは、リリアーナを退学に追い込むのは難しい。
せいぜい数週間の停学程度だろう。
だが、リリアーナのあの立ち回りは多くの生徒達の目に触れ、伴侶として選ばれる可能性は著しく退化した。
侯爵家を継ぐ未来も遠のく。
我が家にとっては、不都合だな。
シャルロットは、胸の中でそっと呟く。
サランさんと家族なるためには、なんらかの手立てを考えなければならない。
いや、また先走りすぎだ。双方の意見を聞くべきだ。
だが調査の過程でサランさんが、侯爵家で歪な生活をしているという報告を受けている。
辺境伯領に来ないかと声をかけたい。そんな思いが静かに芽生えていた。
リリアーナのあの目は、今後、大人しくしてくれるとは到底思えなかった。
何らか手立てをの考えなければ、また仕掛けてくるだろう。
そう思っていた矢先、リリアーナは迂闊にも動いてくれた。
リリアーナには、我が家から諜報部員をつけて動きを探らせていた。
そして、まんまと裏商会に手を出し、あろうことかフランさんの名を名乗っていた。
「ますます許せないなぁ。」
シャルロットの口元に嫌な笑みが浮かぶ。
裏商会も、取引もない若い令嬢と、元辺境伯のおひざ元のフロライト学院を天秤にかけ、手を貸さなかったようだ。
勘が働くな。一緒に始末する予定だったのに。
裏商会に断られたリリアーナは、学院の事務員をしている母方の親戚を脅し使った。
その事務員は学院の透かしが入り封書を持ち出した。
その場で事務員を取り押さえてもよかったが、リリアーナを確実に仕留めるために泳がせた。
封書を手に入れたリリアーナは、偽造請負所で偽造文書を作成させた。
裏商会といい、裏家業に精通しているな。
シャルロットは首筋に手をやり考える。
糾弾する証拠は充分に揃った。
他の生徒達の弱みを握り、意のままに動かしていた事も証言が取れている。
本来、シャルロット達が昇降口に現れると私たちが待ち構えていたのは、リリアーナだった。
彼女の動きはすでに掴んでいた。
悪事の証拠も、すべて手の内にある。
今頃、リリアーナに加担した事務員は、学院長であるお祖父様の手により拘束されているだろう。
屋敷にも調査が入る手はずが整っている。
その混乱の中でサランさんを巻き込みたくなかった。
サランさんを生徒会室で保護している間に、事態を収束させるつもりだった。
なのに。
なぜその封書を。
サランが鞄から、その手紙を出した時シャルロットは息を飲んだ。
渡さないでくれ。心の奥で強く願った。
「そこまで。」
シャルロットの感情がごっそりと抜け落ちる。
だが、絶対にソフィアに悟られてはならない。
「ソフィア、時間がない。早く教室に行きなさい。全力を出しておいで。」
これだけ言うのが精いっぱいだった。
生徒会室へ移動する間、シャルロットの頭の中では、なぜ?どうして?が渦を巻いていた。
どうしてシャルロットを騙して、リリアーナに加担したのだ。
「なんで……またこんなことを。」
シャルロットの声は、怒りよりも深い失望を含んでいた。
サランはその言葉に胸が刺され、息が詰まる。
なんでなのか。言語化できない。
「ソフィアと仲良くしてくれていたんじゃなかったの。」
逃げ場のない問いだった。
サランは目を伏せる。
ソフィアさんと話す時間は、いつもどこか優しい気持ちになれた。
彼女に笑顔は、胸の暗い部分を照らしてくれた。
そして、アルフレッド様のこと…シャルロット様のこと…辺境伯領のこと…
どれも楽しくて、まぶしくて、そして妬ましかった。
一緒に行こうと言わんばかりのソフィアさんの口ぶりが、どうしようもなく切なくて、胸が痛くて、泣きたくなった。
…叶うことなどないのに。
『だからお義姉様は偽善者だっていうのよ。』
リリアーナの嘲る声が、頭の奥でこだまする。
「偽善なのよ。」
サランは気が付いたら、そう答えていた。
ソフィアさんは……頭脳明晰で、精錬で……心根がお強い。
剣術も優れている。
それでも…
「心無い言葉に傷つけられるのは私が嫌だった。」
辺境伯家に嫁ぐには最適ではないか。辺境伯夫人のフランシカ様も同じだ。
いつかのクラスメイトが言っていた言葉がよみがえる。
まるで何もかも私とは違う。
「たとえ偽善でもよかった。正しく親切にしてくれるのであれば。ソフィアはそれで救われていたのだから。」
「救った?それこそ偽善者だわ。」
サランは自分が笑えてきた。
乾いた、ひび割れた笑いだった。
ソフィアさんが少しでも傷つかないようにと思っていたつもりが…
自分が一番傷つけようとしていた。
それも、取り返しがつかない日に。
あぁ。そうなのね。
「私……ソフィアさんが嫌いだったのね。」
その言葉は、自分自身への刃だった。
「私は貴方が好きなんです…」
あぁ。言ってしまった。




