2-24.失望
「サランさん。」
久しぶりに会えて、ソフィアは本当に嬉しかった。
「おはようございます。お会いできて嬉しいです。」
その声色には、ほんのわずかに遠慮が混じっていた。
ソフィアは、サランが飛び級の試験を受けられなかったことを気にしていた。
失礼な考えかもしれない。
そう思いながらも、今日こうして会えたことが嬉しくて仕方がない。
「…おはようございます。頑張ってくださいね。」
サランは、震えそうな声で絞り出し、口角を上げる。
こんな時に淑女教育が役に立つのね。心がミシミシと痛む。。
「はい。サランさんに、そう言っていただけるなんて。
今日、頑張れそうです。」
サランさん、やっぱりいい人~!シャルロット様に報告しないと!!
うきゃ~とサランファンを炸裂させながら嬉しそうにする。
頑張らなくていいのに。
そんな事を思っている人が、すぐ横にいるとは、ソフィアは想像だにしていなかった。
サランはどうにか笑顔を作り、すれ違うソフィアを見送ろうとした。
その時だった。
「ソフィアさん、待って…。」
震える声が、意思とは関係なく漏れた。
ソフィアは振り向き、再び柔らかな笑顔を向ける。
サランは鞄から封筒を取り出した。
指先が震え、紙の端がかすかに揺れる。
「これ…先生から、ソフィアさんに渡すように……預かったの…」
囁くような声は弱く、ソフィアは聞き取れなかったらしい。
ん?と首を掲げ、一歩戻ってきた。
その瞬間。
「そこまで。」
背後から、低く鋭い声が落ちてきた。
振り向かずともわかる。
求め続けていた声だ。胸の奥がぎゅっと縮まり、息が震える。
「ソフィア、時間がない。早く教室に行きなさい。全力を出しておいで。」
ソフィアは弾かれたように動き、サランさん、また後でお願いします~と笑顔を残し、教室に駆けていった。
ソフィアが去ると、昇降口の陰から第二王子のリュシオールとデルバールが姿を現した。
シャルロットは、封筒を見つめるサランに視線を落とした。
その目は、知らない人を見るように冷たかった。
「その封筒を、こちらに渡してください。」
声は静かだが、逃げ場のない冷たさを帯びていた。
サランの指先は氷のように冷たくなり、感覚はもう何もなかった。
シャルロットはゆっくりと手を伸ばし、サランの指先からすっと封筒を抜き取った。
抵抗する暇などなかった。
まるで最初から見抜いていたかのような、迷いのない動きだった。
封筒がサランの手から離れたとき、胸の中ですべてが崩れ落ちた。
「アル、冷静になれ。」
第二王子の声が空気を切る。
シャルロットは、はっとして周囲を見渡す。
生徒が昇降口に向かってくるのが見えた。
「場所を移そう。」
リュシオールは短く告げ、サランと距離を保ちながら生徒会室へと導いた。
シャルロットとデルバールも後に続く。
生徒会室の扉が閉まると、外のざわめきが嘘のように消えた。
重い空気が室内に沈殿する。
「事情を話してほしい。」
シャルロットはつとめて冷静に穏やかに言った。
けれど逃げ場のない静かな圧があった。
サランはただ震えるだけで、何も言えなかった。口を開いては閉じを繰り返した。
胸の奥では、すでに後悔が何度も何度も渦を巻いている。
アルフレッドが封筒を取り上げた時の、あの冷たい眼差しがまだ胸の奥に刺さったままだ。
「わ、たし……これは……」
声が震え、喉が詰まる。
言い訳をしようとしても言葉が形にならない。
頭の中で言葉が渦を巻くのに、ひとつも声にならない。
沈黙の中、封を切る音が生徒会室に小さく響いた。
シャルロットが中の書状を広げた瞬間、眉がわずかに動いた。
「……北棟じゃない。試験会場は南棟のはずだ。」
書状には、南棟とはまったく反対側の北棟が記されていた。
ひゅっとサランは息を飲む。
学院はかなり広大だ。
剣技場より奥の北棟なんかで待っていたら、試験開始時間に間に合わなかっただろう。
開始時間に着席していなければ、自動的に試験は不合格だ。
試験自体を受ける事が叶わなくなる。
そんな…無意識に否定するように頭をふりながら立ち尽くす。
「その様子だと、この封筒の内容は知らなかったのか?」
シャルロットは、書状に目を落としたまま問う。
「…知らなかった…です。」
サランは言葉が途切れ、嗚咽が出て、そう答えるのが精一杯だった。
だが、それよりも、何よりも。
シャルロットは首筋を左手で覆う。
落ち着け、落ち着くんだ。
握った拳が震える。
もしもソフィアがこの封書の意味を知ったら。
心から慕うサランに裏切られたと思ったら。
動揺のあまり、試験どころではなかっただろう。
数日前のこと。
ソフィアは何かの話しの折に、アルフレッド様とサランさんが相性良ければ、一緒にみんなで辺境伯領に行けますねと楽しそうに笑っていた。
頑張って辺境の良さ売り込んでますと、サムズアップして久々に見せた、あの笑顔。
作戦が遂行されれば、どのみち無理なんだと。
謝らなければと思っていたのだけれど。
残念ながら、違う意味で無理だったよ。
シャルロットの声は低く、怒りを押し殺したように震えていた。
「……今も昔も、同じ手か。」
その言葉には、深い悔しさが滲んでいた。
お母様が陥れられた時と、同じような手口だ。
「なんで……またこんなことを。」
喉を締め付ける悔しさが、声を歪ませる。
「見せてくれ。」
リュシオールはシャルロットから書状を受け取った。
一読し目を細める。
「封書の中身を知ってようが知らなかろうが、裏切りを選択したことは事実だよね。」
その声は低く冷たく、部屋の中が凍りついた。




