2-21.誤想
申し訳ございません。
8月26日投稿しましたが修正前の作品でした。
8月28日、大事な箇所でしたので加筆修正しております。
お読みいただいたのに申し訳ございませんでした。よろしくお願いします。
サランは生徒会の朝仕事が長引いてしまい、いつもより遅れて教室へ向かった。
廊下には、まだ朝の光が淡く差し込み、学院の空気はどこかひんやりとしている。
始業時間が間近なため、さすがに廊下いる生徒はまばらだ。
眠い目を擦りなら、弾む息を整えて教室の扉に手をかけた。
昨晩も遅くまで勉強していた。
アルフレッド様は、後期から飛び級で三年生に上がるだろう。
自分もあと少しで追いつけるところまできた。
そう思うと、どうしても手が止まらない。必死で頑張っている。
その努力の名残が、まだ瞼の重さとして残っていた。
扉を開けた瞬間、空気が凍り付いた。
「ソフィアは、私が守る。」
その声は、教室後方から響いていた。
静寂を切り裂くような、まっすぐでゆるぎない宣言。
その横で、アルフレッド様を潤んだ目で見つめるソフィアさん。
あぁ。やっぱりそうゆうこと。
胸の奥で何かがゆっくりと沈んでいく。
期待してはいけないと分かっていたはずなのに、少しだけ希望を持ってしまった自分が情けない。
会いたくて、その声を聞きたくて。
本来いるはずのない人物が、ソフィアさんを宣言通り守るように立っていた。
教室の空気は張り詰め、誰もが息を潜めている。
サランは、胸の奥がきゅっと締め付けられるようだった。
ふらりと体が揺れたが、誰にも気づかれないように一歩二歩と進みながら息を整える。
皆、周りをみる余裕などなさそうね。
緊迫した空気が漂う中、扉が勢いよく開いた。
「おはようございます。
皆さんどうしたのですか。席についてください。」
生徒たちは、はじかれたように席に戻り着席する。
先生は出席簿を開きながら、ふと後方に座る人物に気づいた。
「アルフレッドさん?」
教室が再び静まり返る。
「お初にお目にかかります。私も本日、授業を受けさせていただいてもよろしいでしょうか。」
「もちろん、光栄ですよ。
免除というだけで受ける権利はいつでもございます。」
授業が進んでいく。
教科書をめくる音、先生の解説、筆記の音。
日常の音が戻ってきたのに、サランの胸はまだ痛み続けていた。
日常的に会えるお方ではない。
それでも。
アルフレッド様は、いつも自然に声をかけてくださる。
人混みの中でも軽く駆け寄り笑ってくれ、遠くの廊下で目があえば手を振ってくださった。
自分だけが特別だと、どこかで期待をしてしまっていた。
ただの気遣いで、ただの優しさだったのに。
胸の奥が静かに崩れた。
小テストまで淡々と時間は進んだ。
授業が終了し先生が教室を出ても誰も動けない。
ソフィアは静かに荷物をまとめていた。
いつものように、俯き小さく肩を震わせている。
「ソフィア帰るよ。何も悪いことをしていない。
顔を上げて、胸を張れ。」
ソフィアはシャルロットの顔を見つめる。
「お前は我が家の家の者だろう。」
シャルロットは牽制するように、わざと声を張る。
その言葉は、まっすぐにソフィアの胸に届いた。
教室を出て瞬間、廊下の空気がわずかに揺れた。
アルフレッドを認識した生徒達が立ち止まる。
驚きは瞬く間に広がり、何人かは慌てて誰かを呼びに走っていった。
廊下には黄色いざわめきが増していく。
シャルロットは、わざとゆっくり歩き始めた。
その歩みは静かだが、だんだんと周囲の空気を押しつぶすような重さを帯びていった。
朝、教室に入るまでの間に、散々ソフィアの悪口を聞いているため、気配はいつもよりも冷たく鋭かった。
冷めた目をあちらこちらに走らせ、その人物を見つけると目に力を入れ軽く睨む。
その背後でソフィアは護衛としての足取りは乱さず、背筋は伸び視線はしっかりと周囲を警戒していた。
シャルロットは、ソフィアを目で制す。その意味を、ソフィアは一瞬で察知した。
人混みをかき分け、わさわさとした縦ロールを揺らしながら令嬢が近づいてきた。
サランさんの義妹のリリアーナだ。
ピエールから、噂を操作している最も疑わしい人物との報告が上がってきている。
リリアーナは親しい友人に話しかけるような距離感で近寄ってきて、微笑みを浮かべた。
「アルフレッドさん。またお会いしましたわね。
まぁ、本当にいらしていたんですね。お姿を拝見できるなんて光栄ですわ。
以前、助けいていたお礼もお伝えしたくて…」
言葉を重ねながら更に距離を詰め、その手がアルフレッドの袖に触れよう伸びた。
その瞬間、シャルロットの声が廊下に響いた。
「話す許可を出していない。」
その声は低く、廊下の空気を震わせた。
リリアーナの手は空中で止まり、顔を強張らせた。
触れられる前に拒絶されたのだ。
それは、はたかれたのと同じほどの衝撃を受けていた。
リリアーナは、ゆっくりと視線をソフィアへと向ける。
その目つきは、尋常ではなかった。
敵意を孕んだそれは、濁った色となりソフィアを睨みつけている。
シャルロットは、その澱んだ眼を見た瞬間に確信した。
噂の首謀者は、お前か。
シャルロットは、リリアーナにゆっくりと視線を向ける。
なおも媚びた笑顔を浮かべ、触れようと近づいてくる様に、怒りを押し殺し温度の感じられない瞳を当てる。
「二度と私に近づくな。」
廊下にいた生徒達の耳にも、はっきりと届いていた。
リリアーナの縦ロールがわずかに揺れる。
レッチフィル家のアルフレッドに拒絶されるということが、どれほどの影響があるか彼女は痛いほど理解していた。
その影響力を利用して、甘い汁を吸おうとたくらんでいたからなおさらだ。
良縁は遠ざかり、婚約の話も、家の評価も、全ての火種となる。
お父様に知られたら。
リリアーナの呼吸は浅くなる。
薄い呼吸を吐きながら、リリアーナはソフィアを凝視する。
まるで、お前のせいでと言わんばかりの敵意を向けて。
ゆっくりと、ざわめきが人混みの奥から押し寄せてきた。
「リュシオール様とデルバール様よ。」
そんな声が混ざり合い、やがて二人は姿を現した。
一瞬、二人は状況を観察する鋭い目つきをしたが、すぐにいつもの頼りなさげな雰囲気に戻る。
「アルフレッド。」
その呼びかけは、落ち着かせるような深みのある響きだった。
「…リオ様。」
シャルロットの声に、僅かに柔らかさが戻っていた。
そして、シャルロットの胸にある言葉がよみがえった。
『一度許すと境界線が崩れる。それが波及し、いつの間にか、そこが常識となる。』
以前、リュシオール様に言われた言葉だ。
自分が油断して引き入れ、ソフィアが狙われた。
ターゲットは私だったんだ。私のせいだ。
彼女の意図を察し、視界がくらむ。
リュシオールとデルバールは、リリアーナの必死に向ける笑顔を視界にとらえたが、まるでそこに誰もいないかのように視線を流した。
リリアーナのソフィアに対する澱をふくんだまなざしを見て、すべてを理解していたのだった。
「アルフレッド行くぞ。ソフィアも。」
リュシオールは威厳を纏い、言葉を発した。
デルバールは周囲を警戒しながら先行すし、続いてリュシオール、アルフレッド。
その後ろにソフィアが護衛として警備体制をとる。
まるで、最初から決まっていたかのようだった。
「ここを出たら、すぐに動くぞ。」
すでにリュシオールの頭の中には、いろいろとやるべき手筈が算段されているのだろう。
カツカツと前を歩きながら囁くリュシオール様。
とても頼りがいがあるなと、シャルロットはきゅっとなってしまった。
そして、最後までリュシオール達は誰一人として、リリアーナを振り返らなかった。
狙っていた相手だけでなく、高位貴族や優秀な人物達。
これから誰にも伴侶候補として相手にされないかもしれない。
お母様に叱られる…
リリアーナに深い失望が襲ってくる。
四人の姿が見えなくなるまで、リリアーナにとって耐えがたいほど長い時間だった。




