2-19.巧妙
「行ってきます。」
朝の鍛錬を終えたソフィアは、見送るブルイにペコリと挨拶した。
いつもの光景である。
シャルロットは執務室の窓から、小さくなっていくソフィアの背中を見送る。
鍛錬途中まで元気だったが、終わりが近づくにつれ、ソフィアの顔がこわばっていくのを黙って見ていた。
今、聞いても、きっと大丈夫と平気としか言わないだろうから。
なかなか捕らえられない何かに怒りが増す。
狭い世界の中で、巧妙に隠蔽されていることに憤りを感じる。
ふぅ。
シャルロットは、深く椅子に腰おとす。
頤に指をかけ、胸のざらつく影を静かに追う。
暗がりに沈んでいく心を、はやく掬い上げてあげたい。
思考の渦にのまれていたが、トントンとノック音で浮上する。
「失礼いたします。
アルフレッド様のご学友だとおっしゃる、ピエール・ミリアナ子爵ご子息様がお目通りしたいといらっしゃっております。」
「ピエールが?
もちろん応接室にお通しして。着替えたら、そちらにいきます。」
話しながら、すでに白シャツの上に上着を着る。
姿見で全身を確認して、グリードと応接室に向かう。
シャルロットが応接室ドアをノックし入ると、同時にピエールは立ち上り礼をした。
「待たせたね、ピエール。」
「先触もなく、来訪してしまい申し訳ありませんでした。」
いつもの制服姿からは想像つかず、洗練された衣装に髪もなでつけ印象が全く違った。
立ち姿、声の出し方から異なっている。
「いいよ、いいよ。何かあったの。そんなに、かしこまらないでよ。」
ピエールはじっとこちらを見た後思案し、ぎゅっと一度目を閉じた。
「ふぅ。いや、でも、無礼な事をしてしまって申し訳ない。
こちらへくる途中、馬車の中からソフィアさんを見かけたよ。
チラリとだけど、元気なさそうだったな。」
「そうなんだよ。はやく原因が分かるといいのだけれど。」
「それを話したくて来たんだよ。次に学院で会うまで待てなくて。
ソフィアさんに関しての悪い噂が、まるで学院の空気そのもののように広がっているんだ。」
「それで。」
語気が荒くなる。
「さりげなく事実や矛盾も指摘しても、また新たな噂が台頭し手に負えないんだ。
意図的に僕らと交流ある生徒には噂が制限されていたようで、察知するのに手間取ってしまった。
噂されている事実と異なることは、こちらの調べでも分かっている。」
ピエールは、分かっている範囲の蔓延している噂を列挙する。
「この状態のままだと警備にも支障をきたす。そのことを、ソフィアさんが一番分かっているはずだろ。
それなのに、アルフレッドや他の誰かに相談しないことが不思議でならないんだよ。」
「相談できないんだよ。精神的に追い詰めている人物がいるはずなんだ。
きっと、誰かがそうゆう状況を作っている。」
シャルロットが静かに言うと、ピエールは眉を寄せ声をおとす。
「ただの噂ではないと感じたよ。
異常な速度で広がっているし、嫌な流れがある。
ソフィアさんがしっかりと傷つくような内容で、明確な強い意志を感じるんだ。」
「ソフィアの性格、立場、周囲との関係を全部理解して仕掛けてきているってことだよね。
それにこれだけ情報管理していて、噂を操っている人物は、私達の動きも把握している可能性が高いということだろうね。」
シャルロットは、首筋に手を当て思考を整理したのち、ゆっくりとピエールに目を向ける。
「ねえ。ミリアナ子爵ってことは、グランシフォーヌ先生の縁者だよね。」
「…はい。いずれ、お話をしなければと思っておりました。
私はテイン伯爵家の縁戚であります。
優秀だと認められ、幼少の頃よりテイン伯爵家でグランシフォーヌ様にご教示いただいております。
この度、学院長からの依頼を受け、アルフレッド様の護衛のために、1年文武共に再教育され学院に入学いたしました。
他家ですがロザリーも同じ要請で入学しております。」
口外できないがテイン伯爵家は、諜報に長けている家門だ。
レッチフィル騎士団に数人所属しており、その関係でお父様より明かされている。
ピエールはそちらの教育も受けているようだ。
「お祖父様が1年も前から依頼していたんだね。迷惑をかけて申し訳ない。
あっ、だからあの時、グランシフォーヌ先生はちょっと誇らし気だったんだ。」
「そうですね。免除科目は全部合格点が取れ、喜んでくださいました。
だけれど、本当はロザリーの方が優秀なんですよ。
もしもに備え、計算してわざといくつか科目を落としたようです。」
「二人にも、噂を否定する協力をお願いできたりしないかな。」
「申し訳ございません。
僕たちは、あくまでもアルフレッド様をお守りするためにおります。
私は学友として見かねて今回動きましたが、先々を考えると目立つ行動はできません。」
「それならば、私が言うしかないよね。」
「アルフレッド様が?」
「噂はソフィアが反論できない状況を利用している。
だから、代わりに周りの空気を変えるしかないと思う。」
もう、誰も心を壊すような辛い思いをさせたくはない。
「しかしまだ、ソフィアさんを陥れる目的が分かっておりません。
アルフレッド様が動かれるのであれば、本格的に人を動かして探らせていただきます。」
これで首謀者を追えるだろう。
「表に立てば、噂を操っている人物から危害を加えられるかもしれません。ご注意ください。」
「それでもいい。
傷つける者がどれほど巧妙でも、私の手の内の者は私が守る。」
シャルロットの迷いない覚悟が滲んでいた。




