2-17.義姉妹
キートリカ家の朝は静かだ。
常に喚いている第一夫人、第二夫人は、毎夜、味方を探すべく夜会に出席し、朝は遅くまで寝ている。
普通に起きて生活し勉強している私や、家で働いている従者や侍女は、細心の注意を払いながら仕事をこなしている。
心穏やかに過ごせる時間だが、皆思っていても口にはださない。
年に数回の、キートリカ伯爵が屋敷にいる時だけは別だ。
早朝より屋敷全体が動きだす。
そんな気配を感じていると、私の部屋のドアがノックされた。
筆頭執事である。
相変わらずの感情の読めない表情で、私の侍女に、私が数ヶ月間、旅に出られる準備をするようにと命じた。
「サラン様、何か聞いておられますか。」
侍女は、荷物を手際よく詰めながら心配そうに尋ねた。
全く何も聞いていない。
その数時間後、どこへ行くのかもわからないまま馬車に乗せられ揺られている。
侍女が同行していない。
その事実を知ったのは、最初の日の宿に着いてからだった。
さすが、私の父だと唖然とするしかなかった。
脱ぎ着する事さえ碌にできず、戸惑い泣きたくなったが、帰されるのだけは嫌だ。
ぐっとこらえ思案する。
幸いなことに護衛騎士達と話している筆頭執事をみつけた。
令嬢としての矜持を捨て、いろいろと教えてもらい、手探りで必死になりながらついていった。
ドレスの着こなしや髪型が多少いびつでも、父である侯爵は全く気にしていなかった。
途中途中で視察を繰り返し、最終目的地は、スペルシア領だった。
害虫による壊滅的な被害を被ったが、ありえないほどのスピードで復活をなしえた伝説的な領地である。
農地の勉強の際、必ずと言ってもいいほど例として取り上げられ、皆その手法を勉強する。
実際に訪れ興奮した。
かなり古い文献には、その立役者はレッチフィル家だと書いてある。
見つけた時には点が線につながり、すっきりしたものだ。
新しい本には書いておらず意図的に伏せられているのはなぜなんだろう。
スペルシア領での視察は、領主様が丁寧に応対してくれた。
実物見学や、疑問に思っていたことを質問したりと有意義な時間を過ごせた。
私があまりに熱心にメモをとり、深く質問たせいか、スペルシア領主様が関心を寄せてくださった。
経緯はわからないが、レッチフィルド辺境領の視察が突然に加えられたのだ。
なかなか王都の貴族を迎え入れない辺境伯からの招待に、父は見たこともないくらい機嫌がよくなり、私ともたくさん話をしてくれ幸せだった。
そして、レッチフィル領地の城壁内の広間に招かれた。
お父様と挨拶をすると、レッチフィル夫妻は優しく微笑み私にも話しかけてくれる。
夫人は、さりげなく洋服の着崩しを整え、後ろのリボンを結び直してくれた。
遅れてすぐに入ってきた兄妹は、とても、とても麗しかった。
美しい容姿だけではなく、こんな私にも親しみを持って接してくれ優しかった。
兄のアルフレッド様は博識で、どのようなことにも丁寧に答えてくださり、メモを取る速度に合わせゆっくりと説明してくれた。
妹のシャルロット様も好奇心満々のくるくる変わる笑顔が眩しく、私の手元を興味深そうに見ていたのが印象的だった。
アルフレッド様と短い間であったが多くのことを語り、そして、努力を肯定していただいた。
辺境伯領では、自分のことは自分でするそうだ。
平民もそうらしいのだが、初めて知った。そんな事を考えた事もなかった。
アルフレッド様から触れてもいい?と尋ねられ、肯定すると、私のまっすぐにおろしていた髪を梳いてくれ、ふわりとまとめた。
シャルロット様は、ご自分がつけていたレモンイエローのリボンをアルフレッド様に渡し、アルフレッド様はそれをきゅっと結んでくださった。
自分でできるようになると良いよと、お二人で結び方を丁寧に教えてくださった。
私の拙い行動にも、すごいすごいと褒めてくださり、無感動に自分を殺しながら生きてきた私の胸が初めて熱くなる。
本当は小さいころから、苦しくて辛かった。こんなにも甘やかな生活があるとは知らない。
この思い出こそが、間違いなく私の人生の中で1番幸せな瞬間であった。
父も方々の視察が上手くいき、予想外に辺境伯領での懇談が実現して帰りは終始上機嫌だった。
多くの手土産ができ仕事につながるとホクホクしながら屋敷に到着した。
それなのに。
帰宅した屋敷は、ひどい有様だった。
またもや、第二夫人がしゃしゃり出てきて、我が家は怒号がとびかっていた。
キートリカ侯爵家を継ぐのは、リリアーナでも良いのではないかと。
次期侯爵家を繋げていくのは、サランだと公言したのかと恐ろしい形相で侯爵に詰め寄った。
その後、どのような話し合いが行われたかは知らないが、結局、侯爵家を任せられる優秀な婿と婚姻を結んだ方に権利が与えられる事となった。
お母様は、気が抜けたようにおとなしくなった。
だが、私は知っている。
静かにこれ以上ないほど憎み、穏やかに怒り狂っていることを。
こんな家、早く出て行きたい。私は、こんな侯爵家などにいらないのだ。
リリアーナからの陰険で執拗な攻撃にも、もう疲れた。
でも、お母様の家門もお母様も、ボニー様に負ける事を許さないだろう。
同窓となったリュシオール殿下とデルバール様を、執拗に親戚たちは押してくる。
どうすればいいというのだ。
お母様もしがらみを捨て、一緒に辺境の地へ行く事ができれば心も元気になれるのかもしれない。
夢みたいな事を考え、自身を癒す。
アルフレッド様やシャルロット様に会いたい。また、辺境の地に行きたい。
そんな機会が訪れるはずもなく過ごしていたある日、スペルシア伯爵夫人から品物が届いた。
どうやら、お母様が長年お願いしていた、辺境伯爵家で作られたチョーカーが解禁されたそうだ。
今まで流通されていたチョーカーとは美しさが違う。
代替わりの時の口添えのお礼も兼ねてと、私達二人の為に、いち早く手に入れてくれたそうだ。
許可が出たらすぐに送ろうとしたが、なかなか降りず、長期間お渡しできずに申し訳ないと手紙に書いてあった。
淡いグリーンとレモンイエローの2本のチョーカーが、それぞれ丁寧に箱の中に納められていた。
珍しく気分良くしているお母様は、私に選ばせてくれた。
憧れの辺境伯夫人が発信された品物を目の前にして、それだけで満足されている。
有難くレモンイエローのチョーカーをいただく。
思い出と共に、目頭が熱くなる。
毎日付け自分を鼓舞しよう。
そして、数日後に、奇跡的に出会えたアルフレッド様。
神様、お願いします。
願わくば、あたたかな人達のそばで生きさせてください。
※※※
上手くいかない事が多い。
縦ロールの髪をワサワサさせ、イライラしながらリリアーナは屋敷をうろついていた。
昔からそうだ。
お母様や叔父様方は私が幼いころから、この侯爵家はいずれ私のものになると言っていた。
それなのに、モニカ様やお義姉様は、いっこうに従ってくれないし、出て行ってくれない。
こともあろうか、お父様はお義姉を可愛がって他領へ連れ回していた。
お母様曰く、私の方が綺麗だし優秀なのに。
私の立場はどうなるのだ。
この侯爵家を繋ぐのは私のはずなのに、世間ではお義姉の名前が上がっているとの噂を聞いた。
悔しくて、お母様と毎日のようにブチ切れて暴れていたら、お父様が私達の前で告げた。
相応しい伴侶を迎えた方に権利を与えると宣言された。
私を後継指名するのでなかったのか。
納得はいかぬが、まぁいい。
私ならば、すぐに優秀な婿を取る事ができるだろう。
いい婿と出会うべく、学院で毎日励む所存です。
入学式でいい男を見つけ、親しくなろうと思ったら、よくわからない女に制止された。
辺境伯の御子息か。
婿に取ることはできないが、深い仲になっても損はないだろう。
王都から離れるのは考えものだが、あの美しい子息が夫になり、王家の親族になるのもいいかもしれない。
次の日もアプローチしたら、優しく受け止めてくれた。
接点はできたなと、ほくそ笑む。
なんと、第二王子が辺境伯子息と一緒にいるではないか。
第二王子を婿にすれば、とりあえず侯爵家は私のものになるだろう。
とにかく、いつも一緒にいるソフィアと言う女が邪魔だ。
排除しなければ事がスムーズに進まない。
あちこちに種を蒔いてやろう。
剣技場前で網を張ろうとしていたら、勝手に獲物が引っかかった。
別件で握っていた情報を使い、子息達を脅し、翌日の朝、ちょっとしたパフォーマンスをしてみた。
それに加えて、小さな種を蒔き続ける。
噂が下火になったら灯火し続ける。
結局は皆、有利な位置にいる者の足を引っ張りたがるのだ。
しかも、集団心理というものは便利なものである。
皆でやれば怖くない。
多数派になれば、すなわちそちらが正義となる。
ややもすれば、自分達は正すために良い事をしているのではないかと錯覚する。
おや。珍しい。
お義姉様の目の色が違う。
あれは、欲してやまない人の目だ。
さぁ、邪魔者は、みんなで排除しましょう。




