2-16.キートリカ家
キートリカ侯爵家は、私が物心ついた時にはもう、すでに混沌としていた。
キートリカ侯爵家の屋敷は王都中心部にあり王城に比較的近い。
由緒正しい家柄で領地も王都近郊にある。
先祖代々、王城で重要な役職についており、父であるキートリカ侯爵は、現在、宰相補佐官を務めている。
私サランの母である第一夫人のモニカと、義妹のリリアーナの母である第二夫人ボニーは、異常なほど仲が悪い。
二人の実家の領地は隣地にあり、さらに同じ家格の伯爵家であるため、遥か昔から事あるごとに両家で張り合い続けている。
根本的に相いれない間柄で、貴族の間では有名な話である。
それなのに、父は同じ屋敷に住まわせている。
我が家で働いてくれる者達は、いつもどこかで響いている怒鳴り声に、何をするにもビクビクし小さくなりながら仕事をしてくれている。
父である侯爵は、そんな屋敷が居心地悪いのか、どんなに妻達が騒ぎたてても、我関せずで、ほとんど家にも寄り付かない。
王城の自分に与えられている執務室で寝泊まりし、我が家の筆頭執事が行き来している。
それでことが足りているのか屋敷に顔を見せる事は、ほとんどなかった。
事の始まりは、父と母達の学生時代に遡る。
父であるキートリカ公爵令息が入学した学年は、次期国王や次期辺境伯爵令息、側近候補の令息など、華やかな高位貴族令息の宝庫であった。
あちらこちらで学年問わずして、令嬢達は婚約者として縁を繋ぐため、そして、令息達は側近や将来を見越し、家門や家族達の願いを一身に背負いながら熾烈な争いを行なっていたそうだ。
残念ながら、次期国王には昔から決められた婚約者がいた。
しかし、次期辺境伯爵や父を筆頭に高位貴族令息に婚約者がいなかった為、必然的に高位貴族の令嬢達も決断できず、皆が虎視眈々と周りを伺う事になった。
父は才能豊かで勤勉であり、次期国王とも良好な関係を築いているように見え、将来を嘱望されていたそうだ。
その上、見目も良く、貴族特有のたおやかな仕草に目を惹かれ、学内は行列のようについて回る女生徒が多数いたらしい。
ただ、残念な事に、父は知識を得る事にこそ熱心で打ち込んだのだが、恋愛に関して全くといっていいほど興味がなかったようだ。
たくさんの令嬢が近寄ってくるのも、ただ、そうゆうものだと思っており、微笑むが、そこに何の感情もない。
侯爵令息である自分を長い間乳母に預け、夫婦が互いに別世界で生きる両親を見て育ったため、結婚とは契約、家族とは、ただの分類。
息子を産み家名さえ繋げれば、お互いに個々を持ち、婚姻を結んだとて自由なのだと認識していた。
どんなアプローチをしても靡かないキートリカ侯爵令息に、令嬢達は焦ったようだ。
令嬢達は勝手に熾烈な争いをし、最終的には場外戦になったようだ。
最後の最後まで、同格である隣地の伯爵家とその座をかけ争ったが、一門総出で動いたお母様の家門に軍配が上がった。
卒業式のプロムにエスコートされたお母様は、何よりも誇らしかったと聞いている。
屋敷に移り住み、キートリカ侯爵令息と情熱的ではないにしろ、普通に家族として過ごしていた。
娘の私も生まれ順風満帆と思われた。
※※※
穏やかな日を過ごしていたはずだったが、数ヶ月の間、屋敷内がバタバタして産後間もないモニカは戸惑ったらしい。
そのような中、突然、夫がキートリカ侯爵家を継ぐ事になったと筆頭執事から告げられた。
そして、その数日後、キートリカ侯爵となった夫は、見覚えのある令嬢を連れて屋敷に帰ってきた。
第二夫人にすると言うのだ。
最後の最後まで婚約者の座を争った、一番嫌いな因縁の相手、ボニーが目の前に現れ、モニカは怒り狂ったが決定は覆らなかった。
どうやら義父であるキートリカ侯爵が賭博をやり、国庫に手を出したようだ。
誰がみても分かるような決定的な証拠を部下が見つけた。
横領は初めてのことで額も少額だったので、本来は役職を解き内々に見逃されるはずであった。
わずかな者しか知らないはずの出来事なのだが、ボニーの実家から大々的に公表すると脅されたのだった。
ボニーの実家の伯爵家は、侯爵家と縁を繋ぐことを諦めず、機を狙っていたのだろう。
豊富な資金があるキートリカ侯爵が、あんな少額だけを国庫から盗むというのは考えて難い。
賭博自体は暗に認められている。部下であるボニーの縁戚の者に嵌められたのは間違いないだろう。
ただ、義母である侯爵夫人の反応が予想外だった。
男子出産率の高い、ボニーの家系に目を向けた。そして、夫も。
嫡男を得る為、妻であるモニカにつげぬまま、悪気なく第二夫人を迎える事を決めてしまった。
その後、生まれたのがリリアーナだ。
最終的には、結局、嫡男には恵まれなかった。そんなことは神のみぞ知るだ。
※※※
第一夫人となったお母様は勝手に、私が3歳になるころから本格的に公爵家を継ぐための勉強を開始した。
ある時、私は、ぽてぽてと屋敷の廊下を歩いているときに筆頭執事に呼び止められ、何回か話しをした。
幼すぎて内容は覚えていないが、誰かと雑談のような話をすることのなかった私は、一生懸命伝えようと話していたように思う。
数日後、突然、家庭教師が揃えられ、マナーから始まり、領地の歴史、経営学などを、きちんと学ぶことになった。
父は相変わらず家庭を顧みず、夫人達が、どんなに互いを罵っていようと、どうでもよかった。
父のほんの気まぐれか、私を領地の視察に連れて行ってくれたことがあった。
大事な事は忘れてはいけないと、必死でメモを取りつづけた。
父は、貴族であるならば頭で覚えろとおっしゃったが、今の私では覚えきれない。
副次的に、侯爵である父が子供を連れている事が良い緩和剤となった。
他領へ視察に訪れると、その家族がいる。
子供達が交流すれば、おのずと関係が良くなる。
さらに、知識と探究心を持ち、小さい体でメモを取っている姿は、侯爵令嬢が自領に興味を持っておられると領主の自尊心を擽り、良い宣伝となった。
体のいい道具であったが、それでいい。
周りからは、婿を取り侯爵家を継いでいくのは長女のサランだと思われ、少しづつ浸透しているのが分かっていたから。
第一夫人であるお母様の耳に入り、プライドが保たれたのだろうか。
毎日、狂うように怒鳴り散らしていたのだが、このところ落ち着いている。
私への熱心さに拍車がかかり、大変だったと一言ではかたずけられないが、それでもよかった。




