2-15.恩人
昼食が終わると、応接室でお茶をすることになった。
明後日には帰ってしまうお母様と、いくら話しても話し足りない。
皆が揃うとブルイが内鍵を閉め、グリードと共に扉前に立つ。
この屋敷内で情報漏洩などあるはずはないが、念には念を入れておいて損はない。
まずは、仕事の話を終えてしまおう。
ソファーの対面に座るお母様に、資料を渡しながら説明する。
辺境からの回答書や、商会へ納める商品の要望やアイデアの原案など、話し合いがどんどんと進む。
やはり対面していると仕事が進捗が違う。
ひと段落し、お互いに一息をつく。
そして、満を持してシャルロットの声が弾む。
「お母様、ずっと尊敬していた令嬢に会うことができました。」
「えっ、あの。」
「あの、令嬢です。
私の入学年度が遅くなり、学院内ではお会いできないかと諦めておりましたが同じクラスになれました。
…今、サランさんと呼ばせていただいております。」
シャルロットは器用にも対面に座るフランシカに上目遣いをし、ポッと照れながら目をキュルキュルさせる。
場に緊張が走り、フランシカがゴクリと唾を飲み込んだ。
「いえ、学院の皆さんが、サランさんとお呼びしております。」
ソフィアが平坦な声で、すかさず訂正する。
「そうよね。驚いたわ。
なんだかややこしい事になっているのかと一瞬覚悟したわよ。
昔から学院内は基本的に、さん呼びと決まっているものね。」
「お母様、サランさんは辺境で作ったチョーカーをしておられました。
あれは、私が作った商品だと思います。魂レベルで私とお揃いです。
様々な技巧を凝らした品なので、間違えないです。」
「あら、それはそれは。
でもそのチョーカーだとしたら、初期のころに作ったものでしょ。
だいぶ昔にチャリティーで販売したわよね。
サラン嬢に、どなたかが差し上げたのかしら。」
「何色のチョーカーでしたか。」
「黄色よ。」
グリードは、パラパラと台帳をめくる。
「シャルロット様が制作された、レモンイエローのチョーカーでございますね。
代替わりされたスペルシア伯爵のお母様、スペルシア夫人がご購入されております。」
「辺境の地から出さないように言っておいたのだけれども…」
「サランさんのお母様が何年もお願いして、やっと先日届いたとおっしゃってましたよ。」
「あらそうなの。スペルシア夫人とキートリカ侯爵第一夫人は、遠い親戚で学生時代から仲良しなの。
あの時、スペルシアの当主が素早く交代できたのも、キートリカ侯爵家が王家に働きかけたお陰だと言われているわ。
少し前に辺境夫人会の皆様に、王都の商会にチョーカーを卸す事にしたので、機会があれば、お友達に宣伝してねと伝えたの。
それでお送りになったのかもしれないわね。」
「サランさんは、成績優秀で生徒会にも入っており昔と変わらず聡明です。
皆に手を差し伸べているのを、いろいろな場で見ています。」
試験日も入学式も、彼女はいつも人を助けていた。
ソフィアに目をやると、力強くうなづいた。
「私も、サランさんに助けていただきました。優しい方です。」
「あら。ソフィアがご令嬢を褒めるなんて、珍しいわね。」
「身分が低い者にも分け隔てなく接してくださいます。」
「素敵なお嬢さんなのね。」
「それでね。そんな素敵な方に、お義姉様になっていただきたいと思っております。」
シャルロットが、あまりにもさらりと言うものだから、聞き逃すところだった。
しーんという音が聞こえそうなくらい無音が続く。
5人も部屋にいるとは思えないくらいの静けさだ。
「また、突拍子もないことを。」
フランシカは溜息と共に、シャルロットを見返した。
皆も、大きく息をしている。
「もちろん、お兄様のお気持ちも、サラン様のお気持ちも大事です。
でも、素敵なご縁だと思うのですが、いかがでしょう。」
シャルロットも負けない。
お兄様もそろそろ伴侶探してもいい年ごろだ。シャルロットの姿のままだと、ご自分で探すのは難しいだろう。
ん?逆に、御令嬢の本当の姿が見れていいのか?頤に手を当て、思案してしまう。
ここでグリードが調べた事を報告する。
「キートリカ侯爵は、宰相補佐官であり王宮近くに屋敷を構えております。
現在、サラン様とお母様である第一夫人、そして、サラン様の義妹であるリリアーナ様とそのお母様の第二夫人が、一緒の屋敷に住んでおります。
夫人同士、大変仲が悪く争いの絶えない毎日のようです。
リリアーナ様は内外問わず、サラン様へのあたりが強く、キートリカ侯爵の屋敷で働く侍女達も心配しているようです。
キートリカ侯爵はそんな争いが嫌で滅多に屋敷に帰らず、王城の補佐官室で寝泊まりしているようです。」
グリードの情報収集はすごい。
「キートリカ侯爵と第一夫人のモニカ様は、お父様と同級生なのよ。
侯爵は見目もよく優秀な方だったので、女生徒がいつも取り合いをしていて目立っていたわね。
卒業式のプロムで、キートリカ侯爵のご子息が伯爵家のモニカ様をエスコートされていて、あぁ。あの方に決まったのだと皆で思ったものよ。」
「第一夫人がサランさんを出産されてすぐに、第二夫人の元伯爵令嬢のボニー様が迎え入れられ、その後、リリアーナさんをご出産されたそうです。」
「なんか、ひどっ。」
「ボニー様ね。キートリカ侯爵とは二学年違うのですが、なかなかどうしてすごい方で。
モニカ様に敵対心があるのか、少々強引な態度をされていて。
品もなくて、傍から見ている者にとっては格好の見世物のようでしたよ。
キートリカ侯爵が卒業した後は、婚約者がいようがいまいが構わず高位貴族の令息に近寄り、大顰蹙を買っておいででした。
卒業してからすぐに、侯爵家に受け入れられご結婚されたと聞き、社交会は震撼しましたよ。」
「元キートリカ侯爵が弱みを握られ、ボニー様を第二夫人として迎えることになったようです。」
「あっ。サランさん、長女だからお婿さんを迎えて、侯爵家を継がないといけないのか。」
だから子供のころキートリカ侯爵と一緒に、我が家とスペルシア伯爵領を視察にいらしていたのか〜と頭を抱える。
ワクワクしすぎて、大事なところを見逃してたーと、シャルロットはシュルシュルとソファーにへたり込む。
「そうともいえないのよ。」
えっ、とシャルロットは座りなおす。
「数年前に、ボニー様が大騒ぎしてね。結局、キートリカ侯爵家に、ふさわしい婿を連れてきたほうに爵位を譲ることにしたそうよ。」




