2-13.作為的
朝の空気はまだひんやりしており、屋敷の庭には薄い霧が残っていた。
空は淡い青へと変わり始めている。
馬車に、いくつかのお土産を持っているフランシカ様と白いチョーカーを身に着けたシャルロット様が乗り込む。
グリードは御者の隣に素早く跳ねるように飛び乗る。
柔らかな光が馬車を包み込み、ゆっくりと進む。
ソフィアは皆が元辺境伯夫人のお見舞いに向かうのを見送ると、そのままブルイに挨拶し、徒歩で学院へと向かう。
屋敷の外に出ると、自然とふぅとため息が漏れる。
授業が始まるまでだけ我慢すればいい。
レッチフィル家に、学院へ通わせていただいているのだし、しっかりと学ばないといけない。
それに、シャルロット様が後期で次の学年に上がるのならば、護衛騎士の私も、良い成績を収めて追随しないと。
ソフィア、しっかりしなさい。
パンッと両頬を叩き、自身で鼓舞する。
かけられる挨拶に反射的に笑顔をむけ、挨拶を返しながら、昇降口まで到着した。
登校してきた生徒達の明るい声が響いている。
友人同士談笑し、今日の授業の話でもしているのだろうか。
ソフィアは周囲から向けられる視線が気になる。
今日も、無責任な噂が広がっているのかな。
中には憧れに近い声もあるのだが、全てが陰口のように聞こえ、胸が少し重い。
階段を上がっていると、嫌な気配がした。
後ろを伺うと、あの1年生だった。
入学式の時や昇降口で、シャルロット様への接触を阻まれた事への嫌がらせなのだろうか。
ソフィアが一人の時を狙い、登校するたびに絡んでくる。
まるで舞台に立つ女優のような完璧な笑みを浮かべ、私の知らない誰かに染みを残していく。
「おはようございます。ソフィアさん。」
「おはようございます。」
負けるな。しっかりと目をみて挨拶する。
グリードが素性を調べ名前はわかっているが、本人が名乗らないので、こちらから名を出せない。
早く立ち去ってほしい。
「ねぇ。一年生の男子生徒を威圧して叱ったって本当?」
周りの人が立ち止まるくらいに、大きな声で言う。
「私は、そのような事はしておりません。」
今日は狂言かと、本当にわからず毅然と答えた時、その男子生徒達がおどおどと出てきた。
「あっ。一昨日、剣技場にいた…」
「あぁら。そう、この方達に見覚えがあるのね。」
一昨日、二年生と三年生の合同授業があった。
剣技と裁縫の選択制で、武闘派の家門以外の大半の女生徒は裁縫の授業を取っている。因みにロザリーは裁縫の授業選択だ。
男子生徒は残念ながら選択権なく、一律、剣技である。
剣の授業前は防具をつけなければならない。
女生徒は胸当てをつける関係で、一時、シャルロット様から離れ別室で用意する。
ソフィアは素早く身支度を整え、一人で剣技場へと急いでいた。
剣技場は危険が伴い武器なども保管されているので、一年生など説明を受けていない者は、立ち入り禁止区域となる。
剣技場に入ろうとしていた一年生のピンバッジをつけた男子生徒がいたので、ここからは入れないと伝えはしたが。
「いつも、アルフレッド様といらっしゃるから、ご自分も偉いと勘違いなさったのかしら。
あなたの態度が威圧的で、ものすごく怖い思いをされたそうよ。」
…そんなつもりは無かったけれど、急いでいたから言い方がきつくなったのか。
怖がらせてしまったのだろうか。
突然の事に混乱して、ソフィアは言葉を発せられなかった。
「この学院は、学年や身分が上だからって、偉そうな態度をするのは品がない事ですのよ。」
その女性徒は、バサリと扇を広げソフィアの耳元に近づく。
「あなた、アルフレッド様のご関係者でしょ。
あなたが問題起こして先生に呼び出されたら、アルフレッド様も連帯責任となり、評判に傷ついたりしないかしらね。」
成績に響くかもね。と、付け加えほほほときれいに笑う。
ソフィアは、胸の奥で小さな不安が広がった。
私のせいで、アルフレッド様が後期に学年が上がれないような事になったら。
最年少入学したような男子生徒達は、おびえていて、庇護欲を掻き立てた。
あちらこちらから、かわいそうという声が聞こえる。
どうしよう。ぐるぐる周り、気づいたら頭を下げていた。
ソフィアが謝罪したことにより、皆の中でソフィアに対する何かが一段下がる。
「リリーシア。そこで何をされているのかしら。」
ざわつく中、階段の下で明瞭な声が聞こえる。
「あらあら。お義姉さまではありませんか。ごきげんよう。」
キートリカ侯爵家のリリーシアはうっそりと笑う。
「ごきげんよう。もうすぐ授業開始だというのに何をされているの。
リリーシアも、皆さまも始業時間に間に合いませんよ。」
あっとばかりに、蜘蛛の子が散るように生徒達はそれぞれの教室に吸い込まれていく。
「相変わらずの偽善者ですこと。お変わりなく何よりだわ。」
リリーシアは義姉であるサランに向かい、わざときれいなカーテシーを披露し立ちさっていった。
「ソフィアさん。おはようございます。」
人の流れが落ち着くと、柔らかいやさしく声をかけられ、思わず眦がにじむ。
「サランさん…おはようございます。」
「義妹に何かされなかったかしら。大丈夫ですか。」
グリードからの報告で、サラン様と義妹のリリーシアと折り合いが悪いと聞いている。
シャルロット様が大事に思っている、サラン様を巻き込みたくない。
「私は平気です。ありがとうございます。」
そう言いながらも、声が少し震えてしまう。
話しているうちに、教室へとつく。教室の扉を開けると不自然なほど、教室の中は静かだった。
※※※
ソフィア達が教室に到着するまで、教室内はかなりざわついていた。
思い思いに話し、まとまりがない。
「ねえ。ソフィアさん、アルフレッド様婚約者なんじゃない?」
「身分は低いらしいけれど、あれだけ一緒にいたらそう思うわよねえ。」
「足がひっかかった時、優しく支えてくださり、どきっとしたわ。」
「辺境伯夫人も、学生の頃の縁で辺境伯とご結婚されたんでしょ。」
「ソフィアさん、ズボン姿が凛々しくて素敵よね。」
「でも、アルフレッド様はソフィア様のこと護衛騎士だと否定されているわ。」
「あら、だったらば、私達にもチャンスがあるかも、なんて。」
…一瞬の静寂のあと、皆の目の色が変わった。
「そうね。護衛騎士という割には距離が近いわよね。」
「領地から一緒に来て、一緒に住んで、なにか勘違いしているんじゃないかしら。」
「自己紹介の時も、メモも取らずに余裕そうにされていたわよね。」
「先ほど聞きましたけれど、1年生を罵倒しそうよ。お認めになって謝っていたって。」
教室の扉が開く。
いつでも、一度ひっくり返った駒は、パタパタ音を立て周りを巻き込みながら、白から黒へとあっけなく裏返っていくのだ。




