1-4.限界点
私とメイテアは屋敷の使用人達に注目を浴びるべく大きな声で、お兄様がいらしたから大丈夫と、お礼を言いながら屋敷内を歩いた。
その隙に、お兄様とグリードは目立たぬように、お兄様の部屋へと戻る。
私とメイテアは屋敷内をぐるぐる回った後に、こそっとお兄様の部屋へ入る。
メイテアがソファーに座る私達の前に、ミルク多め砂糖たっぷりのホカホカ紅茶を用意してくれた。
いつものように4人でテーブルを囲む。
このメンバーとモーリアだけの時は皆で席に着き、兄弟のように気さくに一緒にお茶を楽しむ事と決めている。
出会った時からの約束なのである。
私はお兄様を気にしつつも、ティーカップに口をつけた。
甘く温かく気持ちが少しだけ落ち着いた。
ティーカップをいつもよりも慎重に置く。
それでもカチリと僅かにカップとソーサーが重なる音がしてしまった。
その音に反応したのか、グリードはふせていた顔をあげた。
そして、本当はお伝えしたくなかったのだけどと呟き、ためらいながらも口を開き始めた。
アルフレッドの異変は、数ヶ月前から起こり始めた。
領主である辺境伯はラガパ公国との争いのため、昨年から国境にある北の砦に滞在し屋敷には一切戻れていない。
どんなに急いだとしても屋敷と北の砦へは2日はかかる。往復だと倍だ。
隊長である辺境伯が、たとえ数日でもその地を離れる事は避けたい。
北の砦へは危険を伴うため、こちらからも易々とは訪れられない。
訪れる者に護衛を割く余裕もないだろう。
しかも、どんなに悩んでいたとしても、アルフレッド自ら伺うなんて愚弄はできない。迷惑をかけたくはない。
幼少からアルフレッドは頭も良く、次期辺境伯として領地経営をたたき込まれていた。
この戦いが始まる以前でも、辺境伯領地主が王都へ行き不在の折など、辺境伯領主代行執務を務めていた。
辺境伯が屋敷に戻ると内容を確認したが、不備無く行われており感心されたものだった。
辺境伯がガラパ公国からの攻撃により出陣し長期不在となったため、10歳のアルフレッドが本格的に代理を担う事となった。
当初、両親のみならず元領主の祖父やブルイが感心するくらい、アルフレッドは、かなりの手腕を見せていた。
北の砦の皆の命を脅かすやもしれぬ採決も、次々と判断していった。
王都からの要求にも素早く応えた。
アルフレッドは次期当主として自覚を持ち続け、領民皆の模範となるように気を配って生活していた。
それなのに。
いつからか、そのリズムが崩れてきた。
朝、起きあがれない。即答できない。無自覚にウトウトとしている。表情が作れない。手が震えだす。
そんな日もあるよね、というような。
あれっ?っと思うような小さな事が。
少しずつ少しずつ、何かが積み重なるように。
最初は疲れからかと、グリードはアルフレッドに休息をとるように伝えた。
アルフレッドは、戦っている父や領民を思うと休めないと、自分自身を休ませない。
体を、心を、命を失った騎士達の処遇や保証の指示をだす。
アルフレッドが指示した事項の判断ミスはなかっただろうか。
もう一度、いや何度も指示書を確認してしまう。
そのうちに目に見えて、執務でも影響をきたしてきた。
心配をかけたくないと、母である辺境伯夫人には言わないで欲しいと頼まれた。
執事のブルイとグリードで、できる限りフォローしていく。
王都にいる先の王弟であり元領主に判断を仰ぐことが少しずつ増えてきた。
更に一時期、元領主様が辺境伯領へいらしてくださった。
しかし想定よりも早く王都へ戻らざる得ない勅命がくだった。
国王からの嫌がらせに他ならない。
アルフレッド本人は頑張りたくても、意志とは違い思うように力が出ない日が増えてきた。
弱い自分が露見し、家族や領民に迷惑をかけてしまうことを何よりも恐れ、ぎりぎりまで踏ん張っていた。
そして、友の裏切りにより大きなトリガーが引かれた。
額にしては少額であったが、そのような話ではない。
辺境伯家が、騙され、それを見抜けず詐欺にあったのだ。
アルフレッドの私財だけであったが、ある程度まとまった額ではあった。
先の辺境伯の指示により、瞬時にブルイの手で商会は潰され、その友の領地は痛手を負った。
私財も賠償金付きで戻ってはきた。
アルフレッドは大いに落ちた。
気持ちの立て直しを図ったが、崩れる姿は新たなる悪意を呼び込み、それに必死で抗っていた。
限界点。
今日がその日だった。
私は、グイードの話を聞き終えると項垂れた。
頼りになるお兄様しか知らない。優しく頭をなでてくれるお兄様しか知らない。お父様がいなくて寂しがる私を、抱きしめてくれるお兄様しか知らない。
お兄様は誰に甘えられていたんだろう。知ろうとしなかった自分が情けなくなる。
勉強も自分なりに頑張っていたけれど。家のことや、お兄様のお仕事を手伝うって言ってみていたけれど。
でも、言っていただけだった。
グリードは、まだ手を付けていなかった紅茶を一気に飲み、アルフレッドをゆっくりと見る。
「動けますか。そろそろ準備をしませんか。」
グリードが、できうる限り優しい声で促すと、お兄様はのろのろと立ち上がる。
「待って。ねえ。グリード。今日の外出は、どうしても行かないといけないの?」
「さようです。隣のゲラン伯爵領に、伯爵の縁戚のフィネス公爵家のご子息様が、王都から第二王子のリュシオール様と共に避暑にいらしているのです。
第二王子歓待のお茶会に、奥様と共に招待されております。」
「お母様と御一緒に行かれるのね。」
「当家の他には、伯爵家と子爵家の子息や令嬢が招待されております。」
「辺境には、公爵家や侯爵家の領地はないものね。」
「急な話でしたが、側近もしくは婚約者候補になるべく年齢の者達は何があっても出席すると、色めきだっているようです。」
「皆様、リュシオール第二王子や侯爵様御子息にお会いしたいのね〜」
「そのような悠長な話ではありません。
皆が王子にお近づきになろうと参加されます。
そのような中、王家に連なる辺境伯家次期当主が参加しないともなると、どのような噂になるか。」
「私は伺っていないけれど、御一緒してはいけないの?」
「ご主人様と奥様は、なるべく王家の方とシャル様のお顔合わせをさせたくないとのお考えです。」
「では、御一緒に行きたいとは言えないわね。
行けるとしても、準備する時間も足らないし。
んんっ。そう言えば我が家が王都に顔を見せないせいで、辺境伯爵家が王家を蔑ろにしているという噂があるらしいわね。
確か先日、お母様が怒っておっしゃっていたわよね。」
「その戯言もあり、両家にとっても、なんとしてでもアル様が出席せざるを得ないのです。」
「お兄様は、リュシオール第二王子やフィネス家の方にお目にかかった事はあるの?」
「御二方共に、お初にお目にかかります。
ゲラン領には次期当主仲間のユーリ様がいらっしゃるので、事前にアル様が体調が悪いと伝えておけば助けてもくれますでしょう。」
「ユーリ様は世話焼きさんだし、優しいものね〜」
「第二王子のリュシオール様や公爵御子息様よりも懸念事項がございます。
近隣の領主の中で不穏な動きをしている者がおりまして。
先日の夜会でも言葉巧みに近づく者がおり、危うくアル様が受け入れかけ、慌てて馬車に押し込んで帰宅いたしました。
以前のアル様ならば、上手く避ける事もできたのですが…
御令嬢達が縁づこうと、体にいきなり触れてくるのも、アル様は恐ろしいようです。」
「いいように言う者達をさばききれず、本当に情けなくて自分自身が嫌になるよ。」
突然お兄様は細い息を吐ながら話し、もう一度ソファーに腰を掛けた。
「アル様。」
グイードが、お兄様の肩にそっと手を置く。
「グイード。大丈夫。王家との関係もあるしね。ちゃんと行くよ。」
アルフレッドは、ふわりと立ち上がる。
「最近のアル様をみて、このまま強引にいけば御せると思っているものもおります。お気をつけてください。」
「うん。分かっているよ。
グイード、以前から提案していてくれた通りに、今日は君に采配を任せて黙って座っているよ。」
んんんっ?
「ねえ。お兄様は、黙って座っていてもいいの?」
私はきょとんと首をかしげながら、準備をするためにクローゼットへ向かっていたグイードに声をかける。
「いつもアル様は、無理を言う者の声に耳を傾けすぎなんです。
ガーデンパーティらしいですし、いらしていてさえくだされば、必ず私がなんとかいたします。」
グイードの目に、グッと力が入る。
なんと!
突如、私は立ち上がりながら拳を突き上げた。
「私が、お茶会へ参りましょう!」




