2-11.第二警備隊
暗闇にまぎれレッチフィル家のタウンハウスに馬車が止まった。
急ぎドアを開けたブルイを目で制し、自らゆっくりと降りてきた。
辺境伯夫人フランシカは、ドレスの裾を整えてから、並行して馬を走らせていた騎士や、御者に無理させたと声をかける。
「アルフレッド様は執務室にて仕事をされております。」
ブルイの声掛けに、何日も馬車に揺られていたにもかかわらず、フランシカは早足で執務室へと急ぐ。
ノックし執務室へと入ると、お母様…とシャルロットが立ち上がり母へと駆け寄り抱き付く。
ブルイがしっかりと扉を閉め、中から施錠する。
仕事を手伝っていたグリードとソフィアも手を止め、扉へ近づき居住いを正す。
「皆、元気そうで何よりだわ。心配していました。」
フランシカは、シャルロットをそっと抱きしめ頭を撫でる。
「それで、お祖母様のご容体はいかがなの。」
「入学が決まったとご報告に伺った時は、お変わりなくお元気そうにされておりました。
先日、具合が悪く痛みが出てお倒れになって以来、寝込んでおられます。
国境が大変な時に迷惑はかけられぬと、ずっと我慢されていたようです。
お祖母様には止められたのですが、緊急の伝書鳩を飛ばしてしまいました。
ごめんなさい。」
「知らせてくれて良かったわ。
…お義母らしいわね…
国境にいるお父様にも伝令をだしたのだけれど、私が出発するまで返答はなかったわ。戦いがまた激しくなっているようなの。」
最近になって戦闘が小康状態になったり王都からの要請で、お父様は年に数日領地へ帰領されている。
だが、その時に限って必ず戦況が悪化するのだ。
こちら側の情報がもれているのではと、急ぎ戻ってしまった後に、こちらからの連絡が届いたそうだ。
「もう遅いので、朝一番に参りましょう。
お祖父様に先触れを出しておきます。」
「あの子は私が辺境の地へ入り次第、入れ違いにこちらへ来ることになるわ。その時はよろしくお願いね。」
万全を期するため、お兄様とは別々に王都へ入るようにしている。
フランシカは、前辺境伯夫妻と自分達夫婦が描かれた肖像画を見つめ、目を潤ませていた。
身分差のある自分を受け入れて、優しく指導してくれたのは前辺境伯の義母に他ならない。
どんな逆境でも軽やかに弱みをみせない義母が寝込んでいるとの伝令が届き、とにかく飛んできたのだった。
気持ちを切り替え朝までにやるべきことを確認する。
滞在できる日数は少ない。
「ところで、商会の品物不足と聞いていますが、どのような状況なのかしら。」
商会の発注を担っているブルイが、深々と頭を下げる。
「アルフレッド様が学院で身に着けていた品が、生徒達の間で大人気となりました。
店舗に人が押し寄せ、在庫が尽きた次第です。
見通しが甘く、申し訳ございませんでした。」
「あなたは領地にいる時から、辺境の地で作られた品物を使っていたものね。
領地で作った物は特に、視察先でも披露していたりしていたものね。」
「辺境伯領印の品物を持っている事がステータスとなっているようです。
急ぎ伝書鳩にてお迎え伝えしましたがら、特にチョーカーは、どのような品物でも購入したいと連日問い合わせが殺到しております。」
「取り急ぎ、皆に声をかけて印まで取り付けたお品は全て持ってきたわ。」
高位貴族からのプレッシャーで、商会で販売している従業員達が参っていたので、ブルイもほっと胸を撫で下ろした。
王都外れにある干からびた小さな土地を購入し、そこに作業場を作るそうだ。
「グリード、ソフィア。いつも支えてくれてありがとうね。
ソフィアは、学院は楽しく通えているのかしら。」
グリードは、さっと黙礼をし、少しさがる。
ソフィアも礼をしており、ツイと頭を上げた。
誰もわからないくらいに一瞬だけ眉間に皺が寄ったが、口角を上げ御礼を述べる。
「奥様、学院に通わせていただき、ありがとうございます。とても、充実しております。
それと、第二警備隊へご紹介くださり感謝しております。」
この王都では、警備隊くらいしか学生である自分達が本格的に鍛錬できる場が無かったのだ。
万が一の時、辺境領に駆けつけられるよう、日々の鍛錬を怠るわけにはいかない。
フランシカからの紹介状をもとに、ソフィアとシャルロットは第二警備隊に訪れ、予備隊員の試験を受けたいと願い出た。
予備隊員は、希望した学生や平民達から構成される。
多くの者が本業との兼業である。
いざという時、警備隊を補助する役割を求められ、戦乱になれば戦わなければならない。
試験は実力主義であり、公平に審査するため身元はふせられている。
最近、近衛隊や王宮警備隊など入隊するために予備隊員が有利だと実しやかに噂され、希望者の後がたたない。
だが、巡回する街中で起こるいざこざであっても、かなり危険だ。
基準値に満たない者は、警備隊にはいらない。
シャルロットは、アルフレッドの姿をしていたため難なく手続きできたが、女性であるソフィアが予備隊員を受験するにはハードルが高く、試験を受ける許可を取るのに時間がかかった。
フランシカの兄であるマーナー子爵家のエデルは、第二警備隊の副隊長である。連絡を受けた副隊長はソフィアが受験できるように手を回し、やっと試験が始まった。
シャルロットとソフィアは試験管達から、副隊長と関係がある者と色眼鏡で見られた。
貴族が箔をつけるために、わがままを言って受けにきたと思われたのか。
その視線は厳しい。
実力を見せつけられなければならない。
ソフィアとシャルロットは、予備兵に課せられた素振りや持久走などやり切った。
しかも、上位の成績を叩き出し、皆が終了の合図と共に倒れこんでも座りもせず、苦しい顔もみせずに立ち続けた。
予備隊員受験者の中でも、桁違いの根性と実力で、無事二人は予備隊員になる事ができたのだった。
合格後、全隊員達に辺境伯家の者だと知れ渡り、長年に渡る防衛の礼を言われた。
中堅以上の隊員は、短期間であれ、ほぼ全員、国境警備隊として熾烈なラガパ公国との対戦を経験している。
隊員の中には家族がレッチフィル騎士団に所属し、国境で守り続けている者もいる。
何年も、何年も。
隊や軍に所属する者は皆、国境にいるレッチフィル騎士団に防衛に徹しろという、不可思議な命令について疑問に思っている。
レッチフィル騎士団の実力ならば、初期の段階で本来ならば叩きのめす事ができたはずだったのだ。
それなのに、最初の段階からその理不尽な勅命がでていたのは、軍人の中では有名な話だ。
しかし、国王からの命令であり、傍観し静観している。
罪悪感をはらみながら。
のうのうと王都で暮らす王族や王都貴族に対する憤りも半端ない。
小さい頃からどれだけ苦労し、大変な思いをして鍛えてきたのかと隊員達に男泣きされ、頭をグリグリされる。
なんだか知らないうちにシャルロットとソフィアに、兄がたくさんでき、心強い。
週に二度は稽古や戦術を学び、時には街中に警備に出て、いろいろ学ばせてもらっている。
シャルロットとソフィアにとって、心休まる場所の一つになった。




