2-10.チョーカー
教室に静かなざわめきが満ち、シャルロットの前には細長い列ができていた。
通常教科免除者は教室に来る理由がなく、ほとんどの者が今後は、かかわる機会がないことを正確に理解していた。
まるで謁見の順番を待つ臣下のように、皆、緊張した面持ちで立っている。
ピエールの前にも、何人かの令嬢達が並んでいた。
通常授業の出席日があるため、後日でも話ができるとふんだのであろう。ソフィアとロザリーの近くには誰もいなかった。
ちょうどいいとばかりに、ソフィアはすっと私の後方に立ち警備体制をとった。
先程の少しの時間ならとの言葉を受けてか、シャルロットの机近くにウィルナ様が立ち、手際よく皆を誘導して、皆と良い連携で挨拶と一言アピールが進んでいく。
シャルロットは微笑みながら、一人一人に丁寧に言葉を返していく。
落ち着いた低い声がどこか優しく、短いがおざなりでない言葉が、まるで宝物のように受け取られていく。
列の後ろからは、小さな感嘆がもれていた。
ロザリーからソフィアに声がかかった。
時間を持て余していただろうロザリーに女生徒が声をかけ、ロッカーなど、明日から困らないように説明しかけてくれていたようだ。
ソフィアさんも伺っておいたほうが今後困らないのではと、ソフィアに声をかけてくれたのだ。
確認するように見つめるソフィアに、もちろん行っておいでと促す。
列はゆっくりと短くなっていった。
話し終えた生徒達は、新しいクラスに馴染むように他の者同士でも輪になり会話していた。
「わたくしも、ご挨拶させていただいてよろしいでしょうか。
キートリカ侯爵家サランと申します。」
ソフィア達に案内を終えた侯爵令嬢が、シャルロットの前に立った。
その侯爵令嬢は黄色のチョーカーを身に着けていた。
問うと、令嬢のお母様が辺境の地の友人に数年前から請い、やっと先日、手元に届いたそうだ。
「繊細で複雑な技巧が凝らしており、とても美しいのです。それに、とても軽く、勉強の邪魔にもなりません。」
ご領地のお品なのでご存じですよねと熱弁した事を恥ずかしそうにながら、ふわりとほほ笑む。
アルフレッドはおもむろにハイカラーシャツの第一、二ボタンを開け、襟元を少し引っ張り、同じだねと白いチョーカーをさらした。
その仕草があまりにも自然で無防備で。
恐ろしいほどの色気をはらみ、周りの心を揺らした。
直撃を受けたサラン様は、さすが侯爵令嬢であった。
そのままの体勢で、生徒会に所属しているなど二言三言、言葉を交わすと、しっかりと美しい挨拶をし、後さずりしながらさがっていった。
お耳が真っ赤で、お可愛らしい。もう少し話がしたかったな。
名残惜しく見ていると苦笑が聞こえた。
見上げると、ウィルナ様が、私もお話しさせてよろしいでしょうかと困ったように微笑まれていた。
ウィルナ様が口を開きかけたところ、教室がザワザワし出した。
扉にリュシオール様とデルバール様が寄りかかり、こちらを伺っていた。
「リュシオール様のお迎えならば仕方ないですね。私も生徒会に所属しております。また、機会がありましたらばお話しさせてください。」
「見かけたら声をかけてくれますか?いろいろと聞きたいこともあるので、こちらこそよろしくお願いします。」
ウィルナが身分順にしなかったことや公平に時間管理していたことに、シャルロットは好感を持ちぺこりと頭をさげた。
「お待たせしました。どうされたのですか。」
「あちらこちらで、お前を見ようと、すごいことになっている。昇降口で待っていたが、教室から出れないのではないかと迎えに来た。」
あまり使いたくない手だがと、リュシオールは群がる生徒達を一喝し道を開けさせる。
むやみに高位貴族に触れるとどうなるかわからんぞとばかりに、堂々と歩き、アルフレッドに手本を見せる。
「優しい顔をするな。一度許すと境界線が崩れる。それが波及され、いつの間にか、そこが常識になる。」
いつになくリュシオールは、厳しい顔をしていた。
馬車の待機場まで送ってもらうと、グリードが不安そうにして待っていた。
グリードにアルフレッドを引き渡すと、また、屋敷に伺わせてもらうね。との言葉をデルバールが残し、新学期の急ぎの仕事がありますよと、名残惜しそうなリュシオールを引きずり去っていた。
馬車に乗り込むと、シャルロットはチョーカーを一撫でする。
会いたかった。
辺境伯領発信のチョーカーを身に着けてくれているとは思わなかった。
喜びのあまり、つい、お揃い主張してしまい恥ずかしい。
お兄様と入れ替わりを決めた時、首の特徴を消すように身につけたチョーカー。
お母様は一目で、辺境からの流行として使えると認識した。
もういいよねと何度もつぶやいたくらい、根掘り葉掘り作り方や考えていることを聞かれ、お兄様が書類として書き起こしていた。
全部吐き出した後は、脳みそが干からびたんじゃないかと思ったよ。
貴族にとって物足りなかったそれは、レッチフィル家で長い間発案し、幅広いレースに立体的な薔薇のモチーフをつけたり、真珠や宝石、チェーンやオーバルストーンなどあしらい、首を飾る装飾品としての新しい高価なチョーカーとして確立した。
辺境の地では、すでに普段使いできるアクセサリーとして販売しており、新作が出るたび完売している。
平民にも手が出せる安価な品物もあり、浸透していった。
レッチフィルドの領地で制作されて検品された品物には、共通のパーツが取り付けられておりブランド化している。
また、販売数量も多くなく、手作りのため、一つ一つが違う顔を持っていたため、手にした者は人に譲る事はなかった。
つい先日、満を持して王都の商会に限定で並べると高価なものから飛ぶように売れていった。
一番目立つ首のなかなかの面積に、いくらでも飾り立てられると噂もどんどんと広がっていったらしい。
しかも提案者は、あの辺境伯夫人。
待っていたとばかりに、親衛隊のみならず、あの姿を知る者はもれなくのったようだ。
次回の夜会が楽しみだと、お母様からの手紙に書いてあった。
領内では、武器や防具を作るときに出る鉄くずを再利用し、器用な職人たちが細かな作業と技術、企業秘密の設計のパーツを次々と開発してくれている。
また、手先が器用な者には複雑な技法でパーツ編み込み豪華な品物を制作させ、難しい者には規則的に結び柄を出す品物など、多様に様々にできる。
負傷し引退した兵士や、防衛で家族を無くした寡婦など中心に、寝たきりでも老若男女でも皆、仕事ができるという生きがいができ、安定した収入を得てもらうことができるようになった。
余談だが、有難いことにレッチフィル家も潤い、前戦支援に供給も増やす事ができた。
環境も改善し、ますます騎士団へ入団してくれる者が増え、嬉しい好循環になっている。
私とお兄様も生まれたときに両親からもらった宝石を加工チャームにして、取り外しできいつも身に着けられるようになっている。
領地にいるときに頻繁に入れ替わっていたため、私達の入れ替わりを知る者の見分けるポイントでもある。
いくらでも高価に、また安価に。
極論を言えば、一本の糸を首に巻いてもチョーカーとなり、おしゃれに通じる。
領民はずっと大変な思いを強いられている。
少しでも明るい気持ちになってもらいたい。
厚手に作り防寒具のようなものを見たときには、流石に笑ったが、実用的だと思い直したものだ。
首が暖かいだけで、だいぶ違うからね。
辺境の地では、アルフレッドは白いチョーカー、シャルロットは黒いチョーカーがシンボルとなり、男女問わず皆が楽しんでくれて嬉しい事業と発展していった。




