2-3.再会
「おい。待て。アルフレッド、お前は私に挨拶もしないで帰るつもりか。」
シャルロットが振り返ると、腕を組み仁王立ちしているリュシオール第二王子と、笑みを浮かべいるデルバール様がいた。
「リュシオール様!お久しぶりでございます!お」
覚えていてくださったのですね。
その言葉は失礼ではないか。
リュシオール様の表情一瞬で言葉を飲んだ。
王家の象徴ともいえる黄金の髪が、あの日のようにキラキラと輝く。
シャルロットが声を出した途端、リュシオールの怒ったような顔が一瞬で変わった。
澄んだ湖のような瞳を潤まし、懐かしそうに眇め、美しく上品な顔をくしゃりと崩して、ふんわりと柔らかく笑った。
シャルロットは眉を下げ、へにゃりと笑いかけた。
何故だか、トクトクトクと心音が頭に響く。
「リオでいいと言っただろう。」
少し拗ねたような、でもどこまでも優しい声が聞こえて我に返る。
「リオ様、お会いできて嬉しいです!」
満面の笑みで近寄り少し見上げると、リュシオール様は胸を押さえて口元に手をやっていた。
「ディル様も、お久しぶりです。」
リュシオール様の隣にいるデルバール様にも、ぴょこんと見やり挨拶をする。
リュシオール様がリオ様でいいならば、デルバール様も以前のようにディルでいいだろう。先輩だから、ディル様かな。
「お久しぶりでございます。アルフレッド様。
御入学おめでとうございます。
そして、本当にありがとうございます。」
何かよく分からないけれど、お礼を言われてしまい、シャルロットは何かしたっけと小首をかしげる。
デルバール様は知的そうなきりっとした深緑の眼差しをますます緩め、胸を押さえるリュシオール様の背中をポンポンと叩いた。
そして、リュシオール様の肩に頭を寄せて何を呟いてから、ちょっと泣きそうな顔をした。
※※※
すみれ色の髪に美しい紫がかった瞳。
忘れるはずもない。
「在学生代表 生徒会長 リュシオール・シェラサード第二王子」
自分の名が呼ばれ、壇上へと進む。
歴々の生徒会長は成績優秀者が務める。
王族がいる場合は、成績に関係なく三年生になれば自動的に会長になるのが習わしだ。
チラホラと反感を買ってはいるが誰も文句はいえぬ。
学院側から、昨年度末に今年度の生徒会長だと発表があり引き継ぎした。
入学式の受付と案内は、生徒会長主導の初仕事だ。
役員選出は側近候補や婚約者候補と噂され、面倒なしがらみがあり、高位貴族を任命せざるおえなかった。
だが、運良く、なかなかの人材を選出できた。
昨年の入試案内の動きを参考に、前年度から引き続き担ってもらった者も数名いる。
今年度から、役員の下に在校生の協力者を配置し過度な負担なく遂行できるよう指示を出した。
初の試みなので過去の記録もなく、前日まで調整や学園への提出書類に追われていた。こうでもしていないと。
今日も、朝から忙しく落ち着く暇もない。
昨年もアルフレッドを探したが入学してこなかった。
今年度がアルフレッドの入学できる最後の歳となる。
今年度の入試の日、門の前でずっと待っていたが探す事はできなかった。
アルフレッドは領地の仕事のみならず、辺境地の視察やらで忙しくしていると聞いている。
ブレナ学園長と懇意にしており、よく一緒にいるのを見かけると報告があった。
ブレナ学園に決めたのか。
今も未練がましく、舞台袖から覗いているがアルフレッドの姿は見当たらない。
壇上に立つと、新入生の目がざっと注がれる。
会場の前方から一番奥まで目をやると、壇上の袖に隠れていた場所まで見渡せた。
微笑みをたたえたアルフレッドが、そっと手を胸の前に上げたのを視界にとらえる。
いろいろな感情が込み上げてきて、複雑な思いが吹き出しそうになった事、数秒。
どうにか持ち堪え、吹っ飛んだ祝辞を諦め、気持ちを込めて新入生へと祝いの言葉を述べた。
※※※
式の終盤に差し掛かると、本日の生徒会の仕事は終了となる。
生徒会役員は高位貴族の者が多数だ。
新入生や貴族である来賓保護者と不用意に接触させるような機会を与えたくはない。
トラブルを避けるため、速やかに本日動いてくれた在校生を帰寮させなくてはならない。
リュシオール様と共に講堂裏手にある準備室を臨時の本部とし、朝から役員達に指示を出し対応していた。
現在、一時的にリュシオール様は在校生代表の挨拶のため席を外している。
別部隊で動いていた各担当者が最終報告にきたタイミングで、リュシオール様が眉間に皺を寄せながら戻ってきた。
「リュシオール様、何かありましたか。」
「デルバール…」
一瞬、何かを伝えようとされたが、次々と持ち場撤収の報告に役員や協力者がくる。
いつもの抜けている王子の仮面を脱ぎ捨て、恐ろしい程の手腕で報告を受けて、次々と解散させはじめた。
あっという間に皆を帰させると、リュシオール様は無言で駈けるように講堂入り口へと向かった。
この離れていた短い時間にリュシオールに何があったのかと追いかける。
あぁ。今年も無理だからと…。
ついに心が折れしまわれたか。
今年度のフロライト学院入試の日も、リュシオール様と校門の外で頼まれてもいないのに案内係りの体で待ち続けた。
この国はブラウン系の髪の者が多く、アルフレッド様のような菫色の髪を見逃すはずがない。
王族だし校門の外側だし、で学院側からは注意をされはしなかった。
だが、第二王子からの鋭い視線を受け、受験生の中には青くなっている者や余計に緊張をしてる者が見受けられた。
申し訳ない気持ちでいっぱいであった。
この体験が、後に役員選出などに一役かったのだが、その時はあてどもなく最後の一人が門をくぐるまで、アルフレッド様を探し続けたが…いなかった。
学生時代の付き合いは特別であり、リュシオール様にとって、最後の自由な時になるかもしれない。
それでなくとも、貴族社会に出てしまうとそうもいかない。
ましてや、王族と辺境伯家とは関係性が複雑で根深すぎるので、きっかけがなければ会う事も叶わないのかもしれない。
それはリュシオール様も分かっていただろうが、口には決して出さなかった。
希望が零れ落ちないようにしているかのようであった。
デルバールは、ただ共に頑張るしかなかったのだ。
リュシオール様が扉前で佇み、追いついた私も講堂内を覗いた。
同時に目元を手で覆って天を見上げてしまったのは仕方がない事だろう。
整えていたブラウンの髪が乱れるほど拳を振り下げ、ウッシッと満面の笑顔で無言で喜びを表してしまったのは許してほしい。
リュシオール様は、講堂の扉前で仁王立ちし、未だ一点を見つめ続けている。
夢かと疑っているかのように、微動だにしない。
あの位置に座っているという事は、飛び級されたのだな。
優秀だと思っていたが、領地の執務をこなし辺境の各地を視察しながらさすがである。
我ら恩師が説明しているようだ。
一緒にいる生徒達と和気藹々と話している。
今年度、四人も飛び級した事にも、デルバールはかなり驚いていた。
アルフレッド様の様子を確認し、リュシオール様は扉前から離れ、近くの柱へもたれかかった。
そして、長い長い息を吐いた。
しばらくして、帰ろうとしていたアルフレッド様にリュシオール様が声をかける。
私にも気がつき、アルフレッド様は昔のように、ディルと呼んでくださった。
許可していただいているあだ名のアルと呼びかけそうになるが、残念ながらそれはできない。
本当に本当に、よくぞ学院に来てくださった。
リュシオール様が壊れてしまわれなくて、本当に良かった。
思わずお礼を告げると、アルフレッド様は小首をかしげた。
誰もが見惚れる美男子なのに、仕草がお可愛らしい。
リュシオール様が射抜かれているので、思わず笑ってしまう。
背中をポンポンと叩くと、リュシオール様の眦に少し涙が浮かんでいる。
あぁ。あの日以来、見ることが叶わなかった笑顔だ。
もう少し、私達は頑張れる。
リュシオール様の肩に頭を寄せて、信じて待ち続けて良かったですねと呟やく。
言葉にしたら、自分が泣けてきた。




