1-18.打開
元辺境伯ドゥゴールの指示により、冷静に激怒していたブルイの手で瞬時に商会は潰された。
ブルイは一族の関係で隠密の訓練を受けており、裏稼業との繋がりもある。怒りが頂点に達すると熾烈な行動を起こす時がある。
ローイエ子爵家にはドゥゴール辺境伯が自らが赴き、一族外戚も含め集めさせ責を問うた。
ブルイは商会を殲滅させる前、アルフレッドとケルストのサインの入った借用書の控えを探し出していた。
同時に、子爵家当主であるケルストの父が書いた、商会への詐欺協力の見返りを示した証拠書類も押さえ、動かぬ証拠として提出していた。
言い逃れもできず、その場で現子爵及び子爵令息ケルストに、貴族の報復として子爵家に存分に過分な痛手を負わせた。
そして賠償として上乗せした金額を請求した。
ローイエ家としても、詐欺行為が世間に、いや、この辺境の地で露見し事実として認定されるとすると、一族縁者の皆が、ここでは生きて行く事はできなくなる。
その最たるものとして、レッチフィル騎士団に所属している者も多数いる。辺境地の他領へと嫁いでいる者も、これから予定を控えている者もいる。
貴族の報復として、このまま家門をつぶしにかかられても文句は言えない。
賠償問題に話が移ると、ローイエ領主家の資金が底をついている事を一族は知り憤った。
本来継ぐ予定のない者が、どさくさにまぎれ王から承認を得、それまでの鬱憤を晴らすかのように、驚く程の短期間散財していた。
情けない。だから、前領主様はそなたを任命されなかったのだと親族は口々に罵った。
親族達はその場で話し合い、貴族籍を剥奪されたり職を追われたり、店や商会が立ち行かなくなるよりはと断腸の思いで、賠償請求額を期日までに支払うと約束した。
これから皆で資金をかき集めるようであった。
結局、ローイエ子爵家領地の一部を隣地のダムル子爵家に、相場より安くだが買い取ってもらい資金調達を果たした。
因みにダムル子爵家とはは、以前ローイエ家から領地を奪い取ろうと、ちょっかいをかけられていた、メイテアとグリードの実家だ。
ブルイが暗躍したことは、想像に難くない。
そして現領主夫妻は責任を取らせ、高地にある手付かずの土地にと隠居させられた。
麓には屈強の親族達が住んでいるので、逃げる事はできないだろう。
ブルイが潜入させた者からの報告で、ケルストの次期領主となる条件は、両親が贅沢して余生を暮らせるだけの金額を辺境伯領から騙し取る事だったと聞いた。
現在、領主の正当な血筋の後継者はケルストしかおらず、父に代わり全ての執務や領地経営をしていたこと。
年若であり両親の言うとおりに動かざる負えない立場だということを鑑みられ、一族より次期領主はケルストが認められたらしい。
「アルフレッド様。今後もケルスト様にお会いする機会も多くありますでしょう。でも、なかなかの狡猾な方と見受けられます。
決して信用しないでいただきたく、お願いいたします。」
ブルイは言葉の端々に不快感を表し、そして懇願された。
ローイエ家に潜入させていたものは警戒のため、今後も続行されるそうだ。
そのような事の次第を、私は見届けていたはずなのだが、その期間の事は頭に霞がかったようであまり覚えていなかった。
少しずつ折り重なっていた心の悲鳴が聞こえなくなる。
自分自身が情けない。なぜ、自分はできないのかと問う言葉がリフレインする。
口に入れた食べ物の味がしなくなった。
水を飲み込むのも苦しい。
朝起きることも辛いし執務室へ行くのも気乗りしない。
きっと騙された事で、私を、ますます侮る者が出てくるだろう。
貴族社会とはそんなものだ。
誰も助けてくれない。絡めとる罠が張り巡らされ、多方向から襲ってくるのだろう。
また失敗してしまったら、皆に迷惑をかけてしまう。
グリードが席を外した隙に執務室を出てしまった。今日は外せないお茶会がある。そんな事、分かっている。
第二皇子に会って忠誠を示し友好的に過ごさなければ、また王家から理不尽な要求をされる。
私一人の失態で、必死で守ってくれている国境で戦う者達に負担をかけてしまったら?
顔向けができない。
その場へ赴き、もし失敗したら?行かないほうが、まだよいのか?
当て所もなく歩く。
思考の靄が少し薄くなった先に、シャルロットがフリフリのパジャマを差し出していた。
着ろと。
かわいい守るべき妹の前で兄としてフリフリは着れないと、自尊心が先に立ち強がるが自然と目が潤む。
自分の思い通りにいかない身体は、グリードの流れるような自然な動作に促され為すがままにフリフリに手を通す。
シャルロットに導かれ、ゆっくりと横になると、心も一緒に、ふかふかなベッドに沈んでいく。
ゆっくりと暖かな手がまぶたに乗せられ目を瞑る。
まかせてしまって、ごめんね。
ああ。でも。今日は失敗しなくていいんだ。
深く深く落ちていく。
心地の良く、トントンと肩を叩かれる。
ふるふると目を開くと、シャルロットが顔を覗き込んでいた。
掠れる声で返事をしたら、シャルロットから次の日の昼である事が告げられた。
ぼんやりと体を起こし座ると、グリードからトレーに用意された紅茶とサンドイッチが差し出された。
相変わらず味はしないが咀嚼する。
「そうそう。お兄様が起きたら、いつでもいいから、お母様の執務室へ来てって。」
シャルロットが、にこやかに告げた。
それを先に言って欲しかった。
珍しく力が入り、ベッドから飛び出ることができた。目の前の姿見に自身が映った。
なんで格好を。短い悲鳴が上がり数秒気絶した。
落ちる気持ちをひた隠し、貴族特有の仮面をかぶる。
身支度を整えている間にグリードに言付け、母へ先触れを出す。
母の執務室に着くとブルイがドアを開けてくれ、グリードと共に執務室へ入る。
今までの事を心配されたが、この場では聡い母は詳しい事を聞いてこなかった。
ただ、話したければいつでも時間を作ると言ってくれた。
今の私にとって、それがとても有り難かった。
しばらくするとシャルロットとメイテアが入ってきた。
母から領地の運営を細分化し、文官や携わる者を増やす提案があった。
その一環として、今日からシャルロットが私の補佐に付くそうだ。
事務や警備なども、縁者や領民から信頼できる者を数名選出し、任せていく事になった。
屋敷で働く者が増えることもあり、執務室のみならず私室も人の行き来が少ない奥のエリアに移動し、警備を厚くするように指示することにした。
尚、これを機に、今までも辺境の地での夜会は少くはあったのだが。
長引いている戦乱に配慮し、我がレッチフィル伯爵家は一切の参加と執り行いを中止すると通達を出した。
ひと時の享楽や見栄のための資金があるならば、たとえ僅かであっても家族やその仲間を守るために国境へ支援したいとの貴族的言い回しを添えて。




