1-14.認識
機嫌良さそうに馬車の窓外を眺めている我が子をフランシカは見つめていた。
「シャルロット」
言葉が溢れてしまった。
シャルロットが思わずという様子で返答した。
ああ。やはりシャルロットだったのね。
失敗したとばかりにシャルロットが驚愕し、みるみる内に萎んでいき大丈夫かしらと心配する。
でも、何故だかすぐに穏やかな顔つきになったので安堵した。
話は後でゆっくり聞くとしましょう。
そっと人差し指を口にあてシッと微笑む。
辺境伯家として注意を払わねばならない事だったのに、迂闊な発言だったと猛省する。
グリードも可哀想なくらいに顔が強張っているわね。
シャルロットの隣に座らせておくのは悩ましいところだけれど、シャルロットがアルフレッド然としている限り目を瞑るしかない。
さて。まぁ良く化けたものだわ。
正直この馬車へ戻ってくるまで真偽は半々だった。幾度も自問自答した。
シャルロットが、こんなにもアルフレッドと似てるとは想像していなかった。
よくよく見ると、踵の高い靴を履き、洋服の装飾を上手く使って背格好も似せている。
アルフレッドが良く好んで着ている赤い色の洋服も一役を買っていた。
驚くべき事は立ち姿も身振りも、そして声までもが似ていたので想像だにしなかった。
以前から入れ替わりを計画していたのかしら。
それは違うのでしょうね。
アルフレッドにリスクをかかる事を、グリードが選択するとは思えない。
きっと不測の事態が起きたんでしょう。
アルフレッドの様子が気になるけれど、グリードがここにいるのだから最悪の事態ではないのでしょう。
今回の事、私に相談したところで第二王子が、王家に関わる者がいる場にシャルロットを連れて行く事はないと考えたんでしょう。
現在の王家にシャルロットの存在を知られたり縁づかせたくはない。絶対に。
優秀なシャルロットは何らかの形で王家に取り込まれる可能性が高い。
あの王が、万が一にもシャルロットを気に入り手に入れようとしたら最悪だ。
なんにせよ誰にも悟られず、子供達ににも傷が付く事なくゲラン伯爵家から帰れて本当によかった。
フランシカはその赤く美しい瞳の視線を足元の方へと流し、今朝からの事を思い起こした。
最初の違和感はアルフレッドが馬車に乗りこんできた時に感じた。
アルフレッドがフランシカの前に静かに座った。
何がだかは分からないけれど全体的にきゅっと少しだけ小さいような気がした。
私が朝食を取っていた際、執事のブルイからアルフレッドの食事の量が、かなり減っていると報告を受けたばかりだった。
だいぶ痩せてしまったのかしら。上から下まで観察してしまう。
このところ以前とは様子の違う我が子を見る。
目が合うか合わないかのところでアルフレッドはハッとし、それからずっと俯いている。
アルフレッドが優秀だからと無理を押しているのは自覚している。
一年半前、隣国バッガラ公国が突然に国境近くまで攻めてきた。
国境を守る警備兵達より伝令が入り、急ぎ辺境伯が率いるレッチフィルド辺境騎士団が討伐に向かった。
その時は退けたが数日開けず、また、規模は大小問わずに、幾度となく執拗に攻めてくる。
そのため緊迫した状況が続き、騎士団は国境から離れる事ができなくなってしまった。
持ち堪えているせいなのか、どれだけ要請しても国からの援軍はなく、国境を管理している第二警備隊と連携し、共に尽力するしかなかった。
しかしながら、王都に構える警備隊の大隊長は王妃の父である、サルティーナ侯爵だ。
王家からの何らかの思惑が入り、いつ引き上げられてもおかしくはない。
辺境伯である夫ガートルードが戦地に向かう直前、慌ただしく、私とアルフレッドが執務室へ呼ばれた。
次期当主としてアルフレッドは領地経営や外交の代行権、そしてレッチフィル騎士団の総指揮権を任命された。
私も夫人として行っていた業務のみならず、アルフレッドの補佐、領主代理が領地にいない時に発令する代行補佐権を任命された。
しかしながら誰しもが、長くとも数ヶ月もしたら討伐も落ち着き、領主も帰ってくると考えていた。
予想外に領主不在が長引き始めた為、アルフレッドや私を助けるために王都から前当主が辺境領へ駆けつけてくれた。
これには、かなり心強く城内の皆も安心しており、私も正直助かった。
王からも辺境の地にいくらでも行っていろ。なんなら、ずっと王都に帰らなくてもいいとのお言葉をいただいたと、前領主の御義父様はカラカラと笑っていた。
しかし、一年経たない内に、突然の国王の勅命で御義父様は王都へ帰らなければならなくなった。
以前、前国王の弟である御義父様が辺境伯であった時。
母である王太后に懇願され、王太后の政務であったフロライト学院の学院長を就任する事となった。
今回、辺境伯領へ行くにあたり信頼できる者を選出し、学院長代理を任せてきた。
また、優秀な経営陣達とも手紙や伝書鳩で頻繁にやり取りをし、学院内も安定しているとの事だった。
もちろん、大事な行事や会議には、王都へ赴いている。
年若いアルフレッドの教育や地固めをするために、二年は行き来をすると王宮と学院には了承を得ていた。
アルフレッドが優秀であるとの評判が王の耳に入ったのか。
フロライト学院に学院長不在は何かと不都合だという、曖昧な帰都命令だった。
王は辺境伯領の良い知らせを極端に嫌う。
今回も王家からの嫌がらせに他ならない。それは、皆が理解していた。
突如、前領主が王都へ帰り、アルフレッドが領主代理を勤めるには、思いの外に重責を担う事であった。
アルフレッドは元より聡明であったが、さらに尋常ではない努力をし成長し続けた。
周りが見え過ぎる者は、より良き方へと考え続けて先回りをしてしまう。
近隣貴族や領内からの要請の中には切迫した要望もあり、即断即決しなければ命に関わるような重い判断もあった。
どんなに判断し採決しても。仕事はなくならず、要望は際限なく提出される。
私、自身も余裕が無くなり、アルフレッドが苦しんでいるのに声をかけられず今日まできてしまった。
以前に比べ、国王をはじめ国民達の意識も悪い方へと変わってきた。
ガラパ公国が侵攻してきた直後は、辺境伯騎士団が国境で戦火を交え、この国を守ってくれているという意識が、貴族達や国民にあった。
しかし一年が過ぎ、自分達の生活は変わりがなく平和なため、遠く離れた国境での戦いの事など意識が薄れしまった。
前領主の目に見える後ろ立てが無くなると、辺境伯家に残されたのは、子爵家出の辺境伯夫人の私と十二歳の子供である。
弱い者は狙われる。昔から分かっていたはずなのに。
どんなに研鑽して努力しようとも、次々とくる策略に心は疲弊していく。
そのような中、アルフレッドは友に騙された。
領内の損害は国境で戦っている者に直結する。延いては国の未来へとも。
手早く対処はできたが、アルフレッドの心のケアはできていなかった。
今からのお茶会も心配だわ。皇子を歓待する場で、卑怯な振る舞いをする馬鹿はいないとは思うけれど。
嫌な予感がする。
お互いに側から離れないように位置を把握するようにと伝える。
心配のあまり、伝えておきたい事が次々と浮かぶ。
馬車を降りる時に差し出された手の違和感が拭えず、ぎゅっとアルフレッドの手を握ってしまった。
こんなに細い手だったかしら。
戸惑いながらも、指先をそっと乗せ直したのだった。




