1-13.リュシオール
私はリュシオール。
この国シェラサード王国の第二王子だ。
我がシェラサード王国は、近隣諸国を寄せ付けない大国である。
王である父の手腕で、近隣の国とも友好的な同盟を結んでおり平和な治世である。
国民も幸せそうで何よりだ。
第一王子の兄は剣の腕も強く優秀であり、私は心から尊敬している。
第二王子だからと、まだ政務も教わっていない。もうそろそろ教わりたいと父に伝えともらっているが、なかなか回答がないな。
勉強時間も少なく時間に余裕があるため、けっこう気ままに自由に過ごしている。
兄の婚約者は公爵の娘であり、その父親は王権派の宰相である。
後ろ盾としても完璧で将来も安泰だ。
政略で決められたにもかかわらず、二人はすごく仲が良いので私も嬉しい。
私も良き相手を見つけ、王族としての責務も果たさねばと思っている。
将来は兄を支えていくつもりなので、王権争いなど全く興味がない。
ある日、側近のデルバールと話している時、良い考えが浮かんだ。
勘違いした貴族達が私を担ぎ上げたりして、したくもない政権争いを回避するために、継承権をはやいところ放棄したら良いのではと思い至った。
デルバールも流石ですと褒めてくれ、善は急げとばかりに父と母に謁見を申し入れた。
放棄の件を王である父と王妃である母に相談した際、父は賛成してくれたが母は難色を示された。
その場には、たまたまデルバールの父の宰相と文官がおり、粛々と手続きの用意をしていたが、王妃の言葉に手が止まっていた。
結局、私が放棄すると次の継承権は辺境伯家の者になる事を王妃に指摘され、父は慌てて継承権放棄を撤回されていた。
兄に子が産まれたら受け入れてくれるようだ。なにより。
その話し合いの中で父から私に、身分が低くても平民であっても私が気に入った相手と婚約を結ぶと良いとの言葉を賜った。
私の気持ちを汲んでくださったのだろう。
さすがに平民出身の妻だと兄の補佐をする際に支障をきたすだろうが、私も兄のように心通う人と一生を共にしたい。
妻になる人にも外交など国のために一緒に尽くしてもらえたらいいと思う。
翌日から王妃主催のお茶会が、日をあけず立て続けに開催された。
お茶会の度に数人ずつの貴族令嬢達に会うが、物凄い圧力を感じ神経が削られる。
特に高位貴族で幼少の時から交流がある令嬢達は、いつもと様子が違い殺気をはらみならアピールされた。
少し迫力に打ちのめされ恐ろしいが、共に歩める良い人を真剣に見極めないといけないのだ。
王族としての義務を果たさねばと自分に言い聞かせた。
そんな事が続いたある日、誰が言い出したか、別の角度から令嬢達の素の様子を観察しようと提案があった。
いつものお澄まし顔ではなく、自然な姿が見れるかも。
隣部屋で覗き見できる部屋を、今日のお茶会で集まる令嬢達の控え室にと用意させた。
ほんの、ほんの少しの好奇心だった。
皆が言うように令嬢同士の可愛らしい日常が垣間見れると思っていた。
しかし控室内は、互いに罵り合い嫌味の応酬で殺伐としていた。
呆然と見ていると、隣の令嬢が気づかうちに、さらりとカップへ薬を入れている令嬢がいた。
側近の一人が慌てて部屋を出て隣室の侍女に伝えに走った。
後から分かった事だが、一番、婚約者の可能性の高い令嬢…私は知らなかったが…をお茶会に出席させないよう、腹くだしの薬を盛ろうとしたようだ。
恐ろし過ぎる。
婚約者選考のストレスなのか、侍女に理不尽な厳しい物言いをしたり、従者に横柄な態度をしている。
以前、夜会で寄り添い仲良くしていた令嬢達が、友で無くなった瞬間も目の当たりにした。
吐き気が止まらない。
私の前では別人のようではないか。
このような者達の中から妃を選び、生涯共に生きていかないといなけないのか。
混乱の中ふらふらとお茶会に出れば、おどおどと幼い令嬢が近寄ってきた。
そして徐に体を密接させようと擦り寄ってきた。
このような幼い者まで。ぐわんぐわんと足元が揺れる。限界ってあるんだなぁと他人事のように思う。
ただひたすらに微笑みを貼り付け、時間が経つのを待った。
お茶会終わりに母と二人になった。
共に生きていく女性を見つけるのは無理ですと震え掠れる声で伝えた。
王妃は青くなり、急ぎ私の側近達を集め、報告させていたが、もう無理だ。
夕食を食べる気にもならず、部屋にこもっていたら母の部屋に呼ばれた。
王都を離れ、数日、気分転換に避暑地で休養してきたらどうかと提案されたのだった。
王家として辺境の地を視察で訪れると言う建前も用意してもらい、あれよあれよという間に準備が整った。
側近であるデルバールの縁戚のゲラン伯爵領に滞在する事が決まった。
レッチフィル辺境伯家にも滞在したいと打診したが、現在、無謀にも隣国の小国であるバッガラ公国が我が国を攻め込もうとしているらしい。
宰相からは我国の兵力を持ってすれば簡単に追い返せるはずだと聞いている。
デルバールからは勝ち戦を見学するのもいいのではと言われたが、辺境伯家から万が一の危険を考え、辺境伯領への立ち入りを断る連絡がきたそうだ。
皆から、私が大事な存在だからと言われれば仕方ない。
しかしながら視察の名目もある事だしレッチフィルの者と会わない訳にはいかない。
滞在しているゲラン伯爵領で会を開いてもらうよう要請したそうだ。
そこに辺境伯家が訪れる手筈となった。
ゲラン伯爵家のユーリは人当たりよく聡明で、領地に到着した初日から深夜まで話しこみ仲良くなった。
次期領主でなければ側近にしたいくらいだった。
お茶会当日、開始の時間よりもだいぶ早くに、開催を待ちきれない者達が次々にやってきた。
デルバールは素朴で純真な令嬢達ばかりだから怖くないよ〜大丈夫だよ〜と言っていたが、会った直後から、あからさまな態度でグイグイくる。圧がすごい。
恐ろしすぎて、ただただ固まり、ゆっくり口角を上げた。王族の教育の賜物だ。
外面の仮面を貼り付け輝けんばかりのアルカイックスマイルで半分意識を飛ばしていた。
「アル!」
ユーリの声で、反射的に声がする方に目を向けた。
すみれ色の髪が風に揺れ美しい紫がかった瞳。
薔薇が咲いたような微笑みをたたえ、その人物はこちらへ向かってきた。
トゥンク。何か変な鼓動がした。
アルと、ユーリが呼んでいたので辺境伯爵の子息のアルフレッドだろうとあたりをつける。
ユーリが親しげに話していると、アルフレッドは、さらに溢れんばかりの笑みを深めた。
幻覚か?満開の薔薇を背負っているのが見える。
近寄る私に気がつくとキリリッと顔を引き締めて礼を取った。
その姿も凛々しく目を奪われる。
「リュシオールだ。ユーリより君の話は聞いている。
今まで会う機会はなかったが、近しい間柄だし、これからよろしくな。」
にこやかに、そして少しでも良い印象になるように細心の注意を払いながら手を差し出す。
アルフレッドに、私の手が細かに震えてしまっているのを悟られないだろうか。
アルフレッドは目を合わせて、にっこり微笑んだ。
細く柔らかく壊れそうな手で、しっかりと握ってくれた。
その後、アルフレッドと親密に話をした。息がしやすい。
2年後に学院を受験すると聞き再会を誓う。
また、会いたい。
入学前に、もっとゆっくりと交流を深めたい。絶対に領地に招いてもらいたいと言葉の限りに伝える。
私の熱意が伝わったか、アルフレッドはうなづきながら目を潤ませていた。
アルフレッド達との話しが楽し過ぎて、ふと気を抜いた隙に、するりと知らない令嬢に腕を掴まれた。ゾワリとする。
令嬢から逃れようと一瞬アルフレッドから目を離すと次の瞬間には居なかった。
直後、次から次へと辺境の貴族当主達から声がかかる。
正直、誰が誰だか分からない。
デルバールも辺境の領地のことは覚えておりませんと、フッと笑った。
適当に流しながら、抜け出てアルフレッドの元へいくタイミングをはかる。
突如、何人かの者達がアルフレッドに詰め寄っているのが見えた。
自分とは思えない速さで貴族達を押しのけ、そちらへと向かう。
その横を辺境伯夫人が駆け抜けた。
アルフレッドは粛々と辺境伯代理としての務めを果たしていた。
領主達の名を呼び、的確に記録を残し、他領地の問題を把握し解決の糸口を探していた。
アルフレッドを中心として、確かな政治が回っていた。
急に背筋が冷たくなった。
私の態度は、これまでどうだったか?
王族なのに頼りにもされず、誰の視界にも自分は映っていない。
思い返せば、ずっとそうだった。
何故、今まで王族として、王子として、これで許されてきたのか?
全てにおいて足りなさすぎる。
アルフレッドを見つめ続けている間、何度も打ち消すが、気がつくと思い返される。
この人と生涯共に生きて行きたいと思ってしまう。
叶わぬ事なのに。




