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わがまま王女の迷宮譚  作者: marvin
宮廷講義(6/6)
37/48

英雄記

「今日は英雄の話だ、教えてやるから傾聴せよ」

 あくび混じりのクラン・クラインが、講義室の扉を潜るなり、何故か教壇に立ったキャスロードが睨んだ。突き飛ばすようにクランを教卓に追い遣ると、再び教壇に立って薄い胸を張り、腰に手を当て、頤をつんと上に逸らした。

 先の講義で古巨人(カルティベータ)に怖気づいたと思われたことが、キャスロードには我慢ならなかった。しかし、悶々と考えるうちに思索を拗らせ、クランに英雄とは何たるかを教えねばならない、と何故か思い至ったのだ。

 今回、目付け役を任じるパルディオは不在だった。というより、キャスロードが履修時間をでっち上げて伝えた。クランは嘘の時間割りに騙され、まんまと特別講義にやって来たのだ。クランが先生と呼ぶ番だ。

 背を反り気味に教卓に向かったキャスロードだが、後ろに立つと、顔の半分ほどが辛うじて机の縁に覗く。背伸びをしてもクランが遠い。むきになって、教卓に積まれた本を足下に積んだ。パルディオが不在で正解だった。


 おほん。

 リースタンの歴史は汎歴と共に始まるのだ。古城壁(ゼムス)に次いで宮廷環(アルフ)が築かれ、城郭都市として成ったのはその一〇〇年後。最古の英雄、宵星姫は、最古のラスワードでもあったのだ。


 そっくり返ったせいで足許が危うくなり、キャスロードはわたわたと両腕を振り回した。マリエルは目を輝かせ、コルベットはあきれ返り、クランは居心地悪げにがたがたと椅子を鳴らしている。

真竜(アドミネータ)が人に世界を譲った、難しい言葉で言うと、その、」

「王権竜授」

 コルベットが助け舟を出した。

「そう、王権竜授は汎歴二〇〇年、世界を継承したのが四人の聖痕騎士だ、うちの二人がこの国を確固たるものにする、大魔導士(イプシシマス)フースークをも退けるほどにな」

「木の枝で肩を叩いて騎士に任じたのもフースークだけどな」

 椅子の足許を覗き込みながら、クランが適当に口を挿んだ。机は広いが椅子が小さく、追い遣られた席はどうにも尻の座りが悪い。キャスロードの講義はほどほどに聞き流している。

 善行悪行に関わらず、例のフースークは英雄譚のあちこちに顔を出している。正史にその名はほとんど見ないが、その不老不死の魔術師の名は、何かと物語の悪役に重宝されている。

「そこ、うるさい」

 キャスロードがクランを指さして叱った。

「この二人の聖痕騎士こそ、キャスリーデ・ラスワードとシリウス・リースタン、言うまでもなくこの国に名を戴いた英雄なのだ」

 マリエルが興奮して椅子を蹴った。

「シリウスの聖痕は両の腕、その手に銀の籠手を着け、人の世を阻む軍勢に対し、無敵の剣を振るったのです」

 頬が上気して鼻息が荒い。

「うむ、銀の籠手はシリウスの、銀の頸環はキャスリーデの象徴だ、リースタンの古い旗には、二人の紋が描かれている、そして何より、」

 むふう、とキャスロードは胸を張る。

「キャスリーデこそわが名の由来だ」

 胸の平らさが際立つキャスロードをぼんやりと眺め、クランは呟いた。

「手抜きだな」

「手抜きではない」

 ばん、とキャスロードが教卓を叩いた。思ったより痛かった。でも涙目で我慢した。クランが生温かい目で見守っている。それが先生に対する態度か、と顔を真っ赤にしてぷりぷりと怒った。


「確かに英雄ではあるけれど」

 クランが頬杖を突いて話を始めた。椅子の座り心地は諦めたようだ。

「譲り受けた王権は、みな親族が持って行った、王ではなく、騎士と呼ぶのはそういうことだ」

 キャスロードがいきり立ち、真っ赤になって教壇を飛び出した。クランの目の前に詰め寄って、両手を上げて机を叩こうと…思い直して手を下ろした。机上にあった教本を取り、ばんばん机を叩く。

「簒奪したとでも言うのか」

 シリウスとキャスリーデの子が王位を継いだのは確かだが、シリウス自身はリースタンの守護騎士として生涯を終えた。クランは笑ってそう言うと、杖を振るような仕草をして見せた。

「王印は王権で付与できる、血は薄くても関係がない」

「王笏か」

 キャスロードが呟いた。王印の授受は王族の儀式だ。持って生まれるものではない。当然のように与えられたが、取り上げられた者もすぐ近くにいる。姉も、叔父もそうだった。

「善き英雄が善き王になるとは限らない、王族だろうと凡俗だろうと同じことだ」

 頬杖のままクランは言った。

 王権を譲って土地を得ると、シリウスは牧童になった。キャスリーデは王族の末娘だったが、これも牧童の押し掛け女房になった。共に政には関わらず、後は税を納める側になったのだ。


「ちなみに」

 銀の仮面と胸当の聖痕騎士は、テランにある封地の湖で番人になった。債権王の逸話に名高い、精霊の湖だ。だが、こうした逸話は往々にして、嵩高い物語に埋もれてしまう。

「本当に?」

 さて、それが事実であっても、史実である必要はない。クランはそう言って、頬杖のまま器用に肩を竦めて見せた。歴史が書き換えられ、忘れられるのは当たり前のことだ。何が真実か、など普通の人には大して意味がない。

「我は」

 言いかけて、キャスロードは口ごもった。英雄の行末が気に入らなかったのか、気づけば神妙な面持ちでクランを見つめている。マリエルとコルベットが、こっそり顔を見合わせた。

 クランが無造作に手を伸ばし、キャスロードの鼻の頭を弾いた。

「はにをふるか」

 顔を押さえてキャスロードが怒った。

「生まれついての役目はどうあれ、巧くやれるか、やるかは別だ、英雄だの善王だのは後が決める、今の自分にやれる事をやれ、それだけだ」

 コルベットが、うへえ、と声を上げた。

「先生ぽい」

 当然だ、とばかりにクランは笑って、キャスロードに向かって半眼で問う。

「先生と呼ぶ気になったか」

「ぜ・っ・た・い・に、嫌だ」

 キャスロードは、いー、と歯を剥き出して言った。


 それが、最後の講義だった。

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