戦争と経済
「さて、今日の講義に俺の給与が掛かっているわけだが」
教卓に肩肘を突いて、クラン・クラインは切り出した。頬杖のまま、ぼそぼそと、聞き取りにくい声で喋る。
「皆、真面目に聴くように」
前回の講義の後、クランは審問を受けた。キャスロードの巨人討伐騒動が原因だ。その目論みは阻止されたが、キャスロードが吹聴して回ったせいで、騒ぎは宮廷に露見した。
事態を追及されたパルディオは、容赦なくクランを突き出した。
かくしてクランは、キャスロードの機嫌を損なうことなく、さり気なく巨人から関心を逸らせ、と命じられたのだ。
審問という名の説教の後、二人組みの王室事務次官がクランを訪ねた。彼らは宮廷の裏方で、人員と予算の帳尻を合わせるのが仕事だ。クランの給与も握っている。
彼らがこっそり耳打ちするに、王女のマグナフォルツ遠征は、実は以前から計画があった。無論、政治的な所作だ。それが廃案に至ったのは、宮廷内の派閥争いによる。遠因はクランの講師就任だ。
忌語りが付くのは王位継承の内示とされ、王がこれを承認したことで、次期の王位は一気にキャスロードに傾いてしまった。
反発したのは姉妃の派閥だ。エルダリアは八年前にオーリア領に輿入れしたが、その帰還と王位継承には、古参の魔術師組織が数多く賛同していた。情勢は泥沼の様相を呈し、当面、沈静化は望めそうにない。
王女の派手な表舞台は、派閥の神経を逆撫でする。巨人戦線を擁する隣国では、万に一つも起こり得る。例え王女の戯言であれ、複雑な裏事情が事態を複雑にしかねなかった。
知ったことか、というのがクランの本音だ。禁忌学士が王位に因縁深いのは承知しているが、それはあくまで国家の事情だ。
とはいえ、これが給与に関係する要請では仕方がない。柔らかく清潔な寝床が天秤の片方に載っている。
「巨人退治なんて止めておけ」
機嫌取りの面倒を省いて、クランはあっさり言い捨てた。案の定、キャスロードは、いーと歯を剥いて見せる。
クランの露骨な言い様に、パルディオが頭を抱えている。反発したキャスロードがまた何か騒ぎを起こせば、ますますパルディオの肩身は狭くなる。
「あんなものに名誉なんてない」
クランの言葉に、キャスロードが椅子を蹴って立ち上がった。
「何を言うか、破裂の風音もブリキの傭兵も巨人退治の英雄ではないか」
マリエルが隣で頷いている。
「そいつらは単なる稼ぎ頭だ、賞金稼ぎが殿下の英雄か?」
いきり立つキャスロードを眺めて、クランは言った。貶めているようで、擽っている。
巨人の身体は機工素材の塊だ。コルベットが目の色を変える巨人の心臓などは、動力炉として高く取り引きされている。戦線を擁するマグナフォルツは、外貨の大半を機工素材に頼っていた。
軍閥割拠の隣国にとって、巨人は共通の敵であり、奪い合う利権だ。何しろ巨人に版図拡大の兆しはない。延々と戦を続けているのは国の都合だ。つまりこれは単なる狩りだ。
「名を残したいなら狂気の母堂と言わず、鋼の貴婦人のひとりでも退治することだ、古巨人が相手なら、殿下も英雄にもなれるだろうよ」
キャスロードは言い返せずに耳の先まで真っ赤になった。対してマリエルは蒼白だ。それは軽々しく名を唱えてよい相手ではないし、踏み越えてはならない境界線だ。あの山を退けろと言うに等しい。
そんなキャスロードにひらひらと手を振って、クランは座るよう促した。素知らぬ顔で逃げようとしていたコルベットを含めて、講義を仕切り直す。さり気なくとは言い難いが、多少は戦意も削いだろう。
つまり、巨人、もしくはその眷属の身体は、機工素材として様々な用途がある。単純なものは機工師にも組めるが、高度な素材は母の囁きを洗浄して使用される。
巨人の中には母の囁きがない高位種もいて、盟約の下に人と協力関係にある者もいる。手っ取り早く巨人の眷属が見たければ、旧王城に行けばよい。護封庁の管理官がそうだ。
なにせ、封印所に立ち入る侍従職は人には務まらない。旧王城はもちろん、王女がわがもの顔で闊歩する王権通廊もそうだ。その手入れや整備、あるいは拡張は、全て彼らが行っている。
「嘘を吐くな、管理官は巨人ではないぞ、父上より少し背が高いくらいだ」
キャスロードが反論した。
護封庁の管理官は人目を避ける。宮廷でさえ滅多に出会うことはない。会っても、みな一様に無表情で口数が少なく、いつも頭巾を目深に被って顔を隠している。
以前、管理官に纏わり付いて遊んでいたら、エレインに叱られたことがあったのだ。
「おほん、うほん」
ほとんど喋るような咳払いで、パルディオはようやく皆の視線を集めた。品よく始めたせいで、誰にも聞こえていなかったのだ。跳ねた髭の先を揉んで、四角い胸を張る。
「護封庁の話は禁じますぞ、なにせ、今は私が庁長代行ですからな」
護封庁の庁長は本来、魔導長が兼任していた。宮廷侍従では最も古い役職だ。先のモルダス失踪以来、その代行として就いたのがパルディオらしい。勿論、実務は管理官に一任されている。
実のところ、消去法の役回りだ。名誉職には違いないが、古魔術に近しい護封庁は魔術師の忌職だ。魔術師界隈では出世に響く。上げようも下げようもない大魔術師が適任だったのだ。
「ラスワード建国八〇〇年来、護封庁は宮廷の要として王権の維持に努めて参りました」
調子に乗ってパルディオが喋り始める。四角い身体が風船みたいに膨らんだ。パルディオを振り返りながらも、キャスロードは、いちど管理官をちゃんと見てみよう、などと別のことを考えている。
「秘された要職ではありますが、どうしてもと仰るのであれば、私を通していただければ」
聞かれもしないのに、パルディオは延々と喋った。いっそ教壇に立て、とクランは頬杖のまま思う。とりあえず、殿下の関心は横道に逸れた。柔らかく清潔な寝床は、当面、守られるだろう。
いっそ講義はこのままなし崩しに中断しまおう。クランはパルディオを放置して、そっと講義室を抜け出した。




