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わがまま王女の迷宮譚  作者: marvin
大公事件(4/6)
30/48

暗闇

 階下の様子探り見て、ラルクは二人に合図した。ラエルは疲労困憊し、半ばエレインに寄り掛かるように駆けて来る。施術の呼吸に我を失い、暫しは梯子も降りられない有り様だった。

 ラルクの刀身に施したラエル術は、何とか黒い獣を霧散させることができたが、本来は階位に不相応な難度の術式だ。巧く行ったのが不思議なほどでもある。それでも、ラエルは悔しくてならなかった。

 同じ施術は当面、無理だ。今の自分はお荷物に過ぎない。

 ラエルはエレインを盗み見た。殿下を案じて焦っているのに、置いて行けと言っても聞こうとしない。自分もそうだ。非合理的だとわかっているのに、この手を振り切る意地もない。

 ラルクは回廊の先に避難坑に似た窪みを見つけた。位置的に見ても、灯りが回廊の奥に消えたのはここに違いない。クランが追ったのもこの先だ。だが、あの黒い獣は、あとどれくらい仕掛けられているだろう。

「その辺に転がってなければ、取りあえずクランは大丈夫だろう」

 ラルクは二人にそう言った。

 エレインは頬を強張らせた。安堵を隠そうとした反動だろうか。燈を掲げて痺れた腕も、緩まぬ歩調に縺れそうな足も、エレインは意識から切り離そうとしている。疲れを二人に気取られたくはなかった。

 皆を嗾けたのは自分だからだ。

 殿下を護ることが第一義だった。可能性の危険も、それが事実であったなら尚更、同じことだ。剣技と魔術と無駄知識を駆使し、使い捨てても、目的は遂行せねばならない。

 だが、クランの行動は無謀だった。無駄に手駒を失う可能性もあった。ラエルもそうだ。置いてはいけない。殿下をお救いする為に必要だ。これは情動ではない。合理的な判断だ。

 そう、自分に理屈を刻もうとしていた。

「エレイン、燈を落とせ」

 ラルクは背中を一瞥した。

「ラエル、この術はあとどれくらい保つ」

「使わなくて一時、使えば使うほど短くなるから、一概には言えないけれど」

 ラルクは小さな吐息を洩らした。

「そうか、面倒くさいのが出なければいいが」

 さて、宮廷の騒動は他に何が出たのだったか。ラルクの厨房には洩れ聞こえなかった。モルダスに引き摺り回されたとぼやくクランの愚痴を、もう少し詳しく訊いておけばよかった。

 互いに会話の段取りが苦手で、言いたいことしか言ってこなかった。互いの話が通じていたのかも、よくわからない。しかも、ラエルはその正反対で、聞くだけ聞いて、話すのが苦手だった。

 思えば三人の、時には四人の厨房の会話は、どうやって成り立っていたのだろう。

 今もそうだ。ラルクの背には、悶々としたものが伝わって来る。頭でっかちで根が似た二人だ。間の抜けた緩衝材でも、少しは役に立っていた。今はそれが必要なのだ。だが、ラルクにはそうした資質が欠けている。

 ラルクの言葉は感覚的で理屈がない。正直な物言いが反感を招くことも多い。実際、ラルクの意思疎通は、剣と料理に頼っている。言葉が通じるのは、正直、クランくらいのものだった。

 枝道の縁に身を伏せて、ラルクは暗闇の気配を窺った。

 囚われの王女は勿論、あの物ぐさな皮肉屋も取り戻さねばならない。皆の抱えたものが、何か大ごとにならない内に。

 ラルクは二人に視線を投げると、通路の闇に滑り込んだ。

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