国家の歴史
教壇に立つや早々に、クラン・クラインはやる気をなくしていた。
「さて、何を話したものかな」
マリエルは早くも欠伸を噛み殺し、コルベットは机に突っ伏してにやにやと笑っている。キャスロードといえば相変わらず、悪戯者と対峙した子犬みたいにクランを威嚇して唸っていた。
「この国のことでよろしい、第二史学に相応しい講義にしなさい」
そも、第二史学とは何かはさて置き、講義室の後ろから、パルディオが大きな穴の開いた助け舟を出した。キャスロードの手前、余計なことを喋らず適当に済ませろ、とは流石に言わない。
「仰せのままに」
観念したように両手を上げて、クランは生徒に向き直った。積まれた教本を上から開いて、端から順に読み上げる。これで給与が貰えるのなら、と割り切ったようだ。
リースタン、正確にはリースタン直轄領は、大陸北部の大円孔全域を占めている。その王都ワーデンはリースタンの歴史そのものだ。市環都市の名が表す通り、拡がる街の外周に、絶えず年輪の如く市壁が建造され続けている。
市壁と共に、この国の歴史は積み重ねられた来た、とクランの棒読み感は半端ない。
王都ワーデンの中心は、大リースタン湖の南端に築かれた旧王城である。建国八〇〇年の治世を経て、旧王城を中心点に、六つの市環が年輪を描いている。ラスワード王家がある限りこの、
止めた息を吐き出すように、そこまで読んで、不意にクランは教本から顔を上げた。
大リースタン湖の別名を、奈落の蒼天と呼ぶのだけれど、理由は面倒この上ないから、機会があれば教えよう。ワーデンの市環は六つとあるが、知っての通り、これは嘘だ。現状、七つが正しい。
古城壁と宮廷環は城壁として数えないが、第一市環、第二市環、その次は第三市環跡だ。これを入れると七つになる。だいたい、第四市環までが内環と呼ばれている。
ちなみに、護封庁が粛々と管理する 古城壁が荒れて見えるのは、遺跡観光の為でなく、内側を防御する形だからだ。それが何故かは言わないでおこう。きっと眠れなくなるからな。
「クラン・クライン」
飽きて調子を取り戻したクランに、パルディオが声を張り上げた。
驚いたマリエルが慌てて背筋を伸ばした。コルベットは興味と不信を半々にクランの講義を聴いている。キャスロードは変わらず噛み付きそうな顔をしていたが、好奇心に頬が赤らんでいた。
ええと。
現存する市環は内側から順に、第一市環、第二市環、第四市環、第五市環、第六市環、第七市環。市環の幅はほぼ一定だが、第二市環と第四市環間のみ他の二倍ある。
市環の両端は湖に接し、用水を循環、濾過している。壁塔ごとに浄水施設があり、循環、配水、浄水を行っている。上下水道は埋設されているが、内環は今も上水の水道橋を兼ねている。
市環の建造は国家の一〇〇年事業だ。土木魔術の修練場として、大きな意味を持っている。魔術はリースタンの国威であり財源だ。この事業により、リースタンの魔術は常に先端を行く。
「まあ、巨人と争うマグナフォルツに取り入って、戦魔術に血道を上げているが」
クランは小馬鹿にしたように掌を払った。
「長い目で見れば、安定して稼げるのは土木魔術だ」
クランの補足にコルベットが手を上げた。
「先生、戦魔術は稼げませんか」
クランは小さく肩を竦めて、コルベットに向かって頷いて見せた。
「戦魔術は短期で稼げる、ただし、いずれ古巨人が相手になれば、現代魔術の出番はないし、人間相手なら、なおさらだ」
「人の戦には、だめですか」
「顧客を削る商売だからな、先がないのは目に見えている」
コルベットが、むふう、と鼻息を吹いた。その遣り取りを横目に眺めて、キャスロードは少し焦ったような顔をしている。ぱん、とパルディオが掌を鳴らした。
「脱線するな、クラン・クライン」
「そうだ、脱線は許さん」
キャスロードが同意の声を上げる。パルディオが、おお、と嘆息を洩らした。
「第三市環跡は竜と巨人に壊されたのだ、数えるのはおかしい」
そのままクランに噛み付いた。パルディオの頸が、かくんと落ちた。今その話ですか王女殿下、と潤んだ視線が訴えている。勿論、キャスロードは気づきもしない。
「魔竜戦争の話は面倒だから他で教えて貰え」
クランは面倒くさそうに、ひらひらと手を振る。
「殿下、それには諸説が」
消え入りそうに挿んだパルディオの声は、やはりキャスロードには届かない。クランの態度が癇に障ったのか、キャスロードはいっそういきり立っている。
「コルベットには答えたではないか、贔屓は許さん」
「なら、先生と呼べ」
キャスロードは耳から湯気を吹かんばかりに真っ赤になった。どうやら、それだけは譲れないらしい。
「ぜ・っ・た・い・に、嫌だ」
クランとキャスロードが子供のように言い争い、パルディオは俯いたまま何事かぶつぶつと呟いている。
当然の如く、講義はそこで中断してしまった。




