種族と多様性
「今日こそ魔竜戦争の話だぞ」
クラン・クラインが教壇に立つなり、キャスロードは椅子を蹴って立ち上がった。
「さて、どうしたものかな」
講義室の後ろ立ったパルディオが、嶮しい顔で睨んでいる。腰に手を当て、平らな胸を張るキャスロードは、挑戦的な目を向けた。断じて引かない構えだ。真偽はどうあれ、英雄譚が好みなのだ。
「仕方ない」
史実を交えて茶を濁そうか。
「では、前段の話をしよう、魔竜戦争の関係者について」
四〇〇年前の戦争は、三尾の古竜がリースタンを弾劾したことに始まる。因みに、竜種も巨人も位があって、言葉の通じる手合いはひっくるめ、古竜、巨人と呼ばれている。
古い順なら古種と幹種の類が先にあり、真竜と古巨人は支配種だ。それらは魔術師と同様に真名があって、長々と生き死にもせず、決められた数だけが常に存在している。
事の初めにワーデンに巨人を寄越して恫喝したのはアステリアの古竜だ。今はリースタンの南、大陸の中央にある封地の管理に就いている。当初は問答無用で消し飛ばすはずが、焼きが回って交渉と相成ったのは、調伏の姫の決意に屈したせいだ。
「待てい」
キャスロードが制止した。先から席を立ったままだ。
「竜と巨人を率いて攻め込んで来たのは、魔導士フースークだぞ」
そんなことも知らないのか、とばかりに責める。英雄譚の類は得意分野だ。ラスワードは英雄に連なる血統なのだ。同様に英雄譚を嗜むマリエルも、今日ばかりは目が爛々と冴えている。
思いの外の反発に、分が悪いと踏んだクランは、さっさと話題を変えてしまった。
件の封地アステリアは、人の世の前からある古い場所だ。世界は古竜と巨人が治め、次いで夜族や猫族が入植した。アステリアはいまだそんな場所だ。
夜族、猫族は古竜の従属者であり仲介者だ。二本足で歩く点では人にも近い。もっとも、猫は見た目にも猫でしかないが。彼らも数は大きく減ったが、シンやテランの一部にはまだ集落がある。
二種族とも、基本的に人と住処を分けている。一部の猫族は竜から人に主を代えて、シンでは共に暮らしている。ただし、夜族は聖堂に迫害された歴史もあって、交流はほとんどない。
「立って喋るの猫なのだろう、リースタンにはいないのか?」
抑えきれない好奇心に悶えてキャスロードが口を挿んだ。
「債権王の客人にシンの要人がいて、そのお供が猫族だったな」
さも見て来たような調子で応えるクランに、キャスロードが声を上げる。
「大陸の反対側ではないか」
債権王の治めるテランは遥か南方の連合国だ。独特の文化を持つシンは、さらに南西の島国だった。軽々しく行ける場所ではない。猫にときめいたキャスロードは不満に頬を膨らませた。
「王女殿下にあらせられましては、表敬訪問でもすればよろしい」
クランが丁寧に馬鹿にする。
おほん、と喋るような咳払いをして、パルディオがクランを睨んだ。気まぐれに外遊を唆すなど言語道断、とは建前で、本音は王女のわがままを諫める気苦労を惜しんだに違いない。
クランは肩を竦めて見せた。
「巨人ならマグナフォルツにいますよ、殿下」
マリエルが無邪気に言った。確かに、隣国には有名な巨人の生息域がある。しかも、今も戦乱の真っ只中だ。パルディオが呻き、コルベットが呆れたようにマリエルを突ついた。
「ぺしゃんこにされるのがオチだわよ」
「しかし、巨人を斬って修行したと師匠が言っていた」
「あんた、自分が戦いたいだけでしょうが」
キャスロードがすっくと席を立った。ふんす、と荒い鼻息を吹く。
「いや、このさい巨人で手を打とう、巨人討伐だ」
「殿下」
パルディオが思わず声を上げた。もちろん、その声はキャスロードの耳に届かない。
「武器が必要だな、鎧もだ」
「師匠は剣でしたが、殿下には槍を用意した方がよろいいでしょうか」
「炸裂槍はだめだよ、巨人の心臓は高く売れるんだから」
キャスロードとマリエル、コルベットまで加わって、喧々囂々の遠征計画を立て始める。
クランはぼんやり、そのさまを眺めていたが、気づけば、全ておまえのせいだ、と言わんばかりにパルディオがクランを睨み付けていた。さすがにそれは、とクランは慌てて首を振る。
巨人討伐会議を挿んだ講義室の前と後ろで、クランとパルディオは、どちらがキャスロードを諫めるか、身振り手振りで言い争った。当然、誰もこの状況を止める者はなく、講義はそこで中断してしまった。




