大公の影
冷たい風が頬を叩いた。
袂に並んだ衛士たちが、ようやく動揺から覚めて騒めき始めた。思えば昼にもないほどの人混みに、浄水橋は込み合っている。先までの熱気は、すっかり毒気を抜かれていた。
普段と微塵も変わらないのはエレインだけだ。その目に睨まれた四人も、直ちに現実に引き戻された。ただ、クランはいつもより真面目な顔をしている。慌てて手を放したとき、キャスロードはそう感じた。
エレインはキャスロードら四人を並べ、いつものように、隙のない叱責で心を抉った。その目には、やはり動揺の欠片も残っていない。まるで、彼女だけが何も見なかったかのようだ。
一方、同じ場所にいたパルディオは、いまだ呆然としていた。虚ろな目で、何やらぶつぶつ呟いている。キャスロードがしたように、モルダスの口の動きを真似て言葉を探しているようだ。
噂の幽霊はサルカンだった。ならば、本人はどうしてしまったのだろう。
キャスロードは、エレインの説教も身が入らない。サルカンは暫らく国を離れるだけだと聞いていた。しかしあれは、あの姿は。もしや、本当に幽霊になってしまったのだろうか。
クランが不意に頭を小突いた。
「ただの魔術だ」
キャスロードの方を見もせずに、クランはそれだけ囁いた。どうして不安がわかったのだろう。キャスロードが驚いて見上げると、クランは知らん顔でエレインの叱責を聴いている。
クランの腕を突き返そうとしたとき、不意にパルディオが大声を上げた。
「アーイィ、アーディ、アディ?」
エレインが睨むように振り返る。それすらも気づかず、パルディオは叫んだ。
「アディ・ファランドか」
クランが小さく舌打ちした。また面倒なことを、と呟いている。
「カーディフだよ」
クランの傍にいたキャスロードにだけ、クランの声は聞こえた。




