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わがまま王女の迷宮譚  作者: marvin
宮廷講義(1/6)
11/48

世界の成り立ち

 わざとらしく卓上に積まれた教本を、少し手繰っては放り出し、クラン・クラインは鼻を鳴らした。

「それじゃあ最初に、世界と魔術の話をしよう」

 たった今、思いついたに違いない。クランは教卓に肘を付いて、そう宣言した。学術師会の用意した教本など、まるでなかったかのように、教卓の脇に押し遣った。向き合う生徒は三人。今にも噛み付きそうな顔をしたキャスロードと、付き添いのマリエル、コルベットだ。

 加えて、キアノ・パルディオが講義室の後ろで口許を引き攣らせていた。宮廷侍従の筆頭文官で宮廷学士長。王女の教育係にしてお目付け役だ。クランの一挙手一投足を見張っている。

 パルディオは性格も体形も角張っている。

 四角い顔の中央に、ピンと張った髭があり、パルディオが荒い鼻息を吹くたびに、その先がヒヨヒヨと揺れている。クランがなるべく目を合わせないのは、見ると吹き出しそうだからだ。


 さて、とクランは切り出した。

 世界は入れ子の殻でできている。中心に太陽、内側に月、いちばん外に地球がある。球といっても穴だらけで、月も地球も、おおよその球殻に過ぎない。遠目にそう見えるだけだ。

 いつも天中に見える太陽は、月という孔だらけの球殻が覆っている。昼は孔から陽が覗く時間。夜は陽が殻に隠れた時間。球殻の縁が巡って陽を隠すから、夜の帳とも呼ばれている。

 足下の殻は浅い椀のような形をしている。その集まりが地球だ。地平線は空に伸びているけれど、目がよければ天環と呼ばれる光の環がその上に見える。それは昼間の別の大地だ。


「いい加減にしろ」

 ぱん、と机の天板を叩いて、キャスロードが噛み付いた。いろいろあって席には着いたが、そもそもクランが気に入らない。叩いた掌が思いのほか痛くて、少し涙目になっている。

「そんな当たり前のことで講義とは、よい度胸だ」

 クランは惚けて、わざと驚いたような顔をして見せた。

「おや、殿下は既にご存知か」

「馬鹿にしているのか、クラン」

 クランはチッチと指先を振って、キャスロードに向かって身を屈めた。

「殿下、ここでは先生と呼びなさい」

 茹で上げたように真っ赤になって、キャスロードは大声を上げた。

「嫌だ、絶対に呼ぶものか」


 それでは、ご要望に応えて、もう少し難しい話をしよう。

 月には日照の以上に重要な役割がある。即ち、太陽から魔力を造ることだ。よくある誤解だが、魔術師自身に魔力はない。それを制御するための、資質と知識があるだけのことだ。

 月が造り出すのは大きく二つ。霊子(エーテル)理力(ミーム)だ。霊子はそれ以上こまかく分けられない小さな粒、理力はその間に働く力、相互作用だ。それらを合わせたのを魔力と呼ぶ。

 もっとも、月がせっせと供給する、霊子と理力の大半は、この世界を維持するために使われている。本来それが目的であって、そこいらの魔術師の施術など、ほんの零れに過ぎない。


「それではいったい、誰が世界のために魔術を使っているのだ」

 怒りつつも耳を傾けていたキャスロードは、急に不安そうな顔をして訊ねた。舟をこぐマリエルの隣で、コルベットも不信の目を向けている。当然だ。そんな理屈など聞いたことがない。

「誰も何も、これは単なる世界の仕組みで」

 クランは不意に思い出し、困ったように頭を掻いた。クランが口を滑らせたのは、理と呼ばれる一連の事象だ。王女どころか賢者にさえ、少しばかり早すぎた。話しを続けるのは面倒だ。

「まあ、いろいろと」

「誤魔化しおったな、訳のわからぬ駄法螺は止めよ」

 キャスロードは少し安堵した様子で、クランを思い切り馬鹿にした。どこか大空洞のような地下深く、大勢の魔術師が集まって、延々と呪文を詠唱している。そんなさまを想像していた。

「先生、魔力の多くは封地に蓄えられているのでは?」

 コルベットが横から口を挿んだ。こちらは先生と呼ぶに吝かではない様子だが、声の調子はからかい半分だ。封地を出すところは曲がりなりにも術師だが、これも事実とは言い切れない。

「そうなのか?」

 キャスロードがコルベットを振り返る。封地は幾ところもあるが、真っ先に思い至るのは大陸中央のアステリアだ。大陸縦断を阻む山岳地帯は、その奥に禁足地を隠していると云う。

 クランは肩を竦めて見せた。

「そんな気の利いたものはない、せいぜいあって古竜(ガロア)の寝床だ」

「竜がいるのか?」

 今度はクランに向かって身を乗り出した。ただでさえ大きなキャスロードの目が、はち切れんばかりの好奇心に、きらきらと輝いている。突つき所を間違えたかと、クランは顔を顰めた。

「おほん、うほん」

 パルディオのわざとらしい咳払いが会話を遮ろうとする。

「アステリアは遠いのか」

 だが、キャスロードに効果はない。クランは面倒くさげに掌を払った。

「遠いも何も。そもそも人が入れないから封地と言うのだ」

「クラン・クライン」

 パルディオが真っ赤になって怒り出した。クランに矛先を変えて大声を上げる。殿下を唆すのは止めろ、と言い掛けて言葉を飲み込んだ。おほん。咳払いをしてクランを睨みつける。

「これ以上の出鱈目は告発する」

 クランは両手を挙げて降参した。パルディオの剣幕に驚いて、マリエルが目を覚ました。こっそり隣のコルベットに状況を訊ねる。呆れ顔でマリエルを一瞥すると、コルベットは相方に指摘した。

「それよりあんた、ヨダレ拭きな」


 講義はそこで中断した。

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