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わがまま王女の迷宮譚  作者: marvin
大公事件(2/6)
12/48

追跡

 暗闇の中、四人は壁伝いに歩いて行く。前も後ろも空いた手も、ともすれば、上と下さえ、どんどんあやふやになって行く。ランタンの外に、本当に世界が存在しているのかさえ、わからなくなる。

 ランタンを掲げ足早に先を行くのはエレイン、続いて、官舎で拝借した剣を携えたラルク、その背に縋るように歩くラエル、クランは三人の殿を、ぶらぶらと所在なげについて行く。

 王城倉庫は宮廷の一画だが、閉鎖された王室の母屋からは距離がある。しかも、宮廷職なら難なく入れた。勿論、頻出する見廻りは隠れてやり過ごす。無意味な誰何を避ける、合理的な判断だ。

 あと、錠も幾つか勝手に壊した。宮廷勤めといえど、この辺りの罪は逃れようはない。

 侵入した倉庫の地下を片端から突ついて廻り、本当にあった、と叫んだラエルをクランは睨んだが、クランの言う地下道を探し当てた際、内心、安堵したのはクラン以外の全員だった。

 とはいえ、この先の地図はクランにもない。旧王城は北だが、路を選ぶこともできない。四人は地下の真っ暗闇に飛び込んで、せめて片手を壁に突きながら、通路を先へと進んで行った。

「この通路、モルダスさまから聞いたの?」

 好奇心か、気を紛らわせようとしているのか、ラエルがひっきりなしに話し掛ける。

「まあ、そんなところだ」

 ラエルの足元は覚束ない。昼日中さえ蹴躓く。考え事をしているか、本を読みながら歩くせいだ。エレインとは幼い頃から知り合いだが、どうやら、その癖は矯正されなかったらしい。

 案外、エレインの庇護欲を掻き立てて、甘やかされて、そうなったのかも知れない。

「王族に何か問題があった時の非常手段だ、本来なら、ここも王権通廊だったのかもな」

 クランの間延びした声が背中に聞こえる。こんな状況でも彼には緊張感がない。

「やっぱり、半年前の件で?」

「もっと古い、旧王城が閉じた頃からある」

 モルダスの招聘した学士だけあって、クランは博識だ。ただし、異様に偏ってはいる。

「なら、ここも護封庁の管理か」

 足下も壁も朽ちた様子はない。それを確かめてラエルは嘆息した。巨人の落とし仔(ドワーフ)とも称される、人ならざる管理者の領域だ。王族の聖域が近づいているのを、ひしひしと感じる。

「いやいや、護封庁絡みってことは、見つかったら問答無用で首が飛ぶぞ」

 ラルクは冷静に釘を刺した。宮廷御流儀の家だけあって、多少は聞き及んでいる。もっとも、血も技も放り投げて調理場に入った変わり種だ。本来なら知り得ただろう宮廷麾下の情報までは持っていない。

「口より足を動かしなさい、殿下に万一のことがあれば、取り返しがつきません」

 エレインが背中の戯言を嗜めた。あれから時間も経っている。表情は変わらないが、内心は焦っているはずだ。苛立ちを人に向けないのは優れた資質だが、時折りクランだけは例外になる。

 ふと、ラルクが先頭のエレインを制して立ち止まった。

「燈を落せ」

 声を抑えてそう囁く。壁に映った灯と影が動き、辺りが闇に包まれた。エレインがランタンに覆いを掛けたようだ。目が慣れると、正面の淡い色合いに気がついた。じっとしていれば、風もある。

「やれやれ、やっぱり此処に出たか」

 間の悪いクランの呟きは、意外に大きく皆に聞こえた。振り返って問う三人に、慌ててクランが弁解する。

「合ってる、合ってる、あの上が旧王城だ」

「ということは、旧王城の地下か」

 ラルクが囁く。

「もっと下だ、大空洞だよ」

 ラルクが眉を顰めた。王城地下の大空洞なんて俗伝だ。四〇〇年前の魔竜戦争で大魔導士(イプシシマス)フースークが封じ込められたというアレな話だろう? そう言われて、クランは肩を竦めた。

「すぐそこだ、行けばわかる」

 そこが何かは兎も角も、地下通路の終端には違いない。エレインはランタンを足許に翳して皆を促した。通路に縁取られた青の色合いは、近づくにつれ大きくなり、朧げに拡がって視界を埋めた。

 皆が悲鳴と嘆息を飲み込んだ。目の前にあるのは切り落とされた断崖の縁。ただ何もない巨大な空洞だった。脚が萎え、凍える風が纏わりついて引いて行く。深い、深い縦孔がそこにあった。

「おまえたち、カーディフが陛下と何を争っていたのか、知らなかったのか?」

 背中でクランがそう言った。左右に横切る緩やかな斜面が、大きな弧を描いて大空洞の淵を巡っている。四人の歩いた通路の先は、巨大な縦孔を延々と取り巻く、螺旋回廊の上だった。

「古魔術だろう? 今は禁忌の」

 ラエルが掠れた声で応える。

「これが禁忌だよ」

 蜘蛛の巣のように折り重なった井桁の底に、青い光だまりがある。それが空洞の塵に反射して、辺りを薄ぼんやりと照らしていた。決して明るくはないが、輪郭程度は判別ができる。

 辛うじて、薄明りの向こうに空洞の対面が見えた。斜めに突き出た回廊の床が刻まれている。天蓋は近いが、下は、気が遠くなるほど延々と続いていた。まるで、巨大な螺旋の螺子溝のようだ。

「とにかく、上に」

 エレインが言った。さすがの彼女も、数拍の間は圧倒されていた。

「あれが旧王城の底だ、まあ、封印されてなければだけど」

 クランが見上げて言った。幾重もの斜交いの向こうに、石の天蓋がある。

「ここまで来てそれを言う?」

 余計な一言にラエルが嫌な顔をした。

 クランは肩を竦めて見せた。

「言ったって、聞きやしないだろ」

 エレインはランタンの燈を戻そうとして、ふと、下りの回廊を向いたまま動かないラルクに目を遣った。ラルクは何かの気配を辿るように目を細め、鼻先を立てて辺りを探っている。

「この匂いか?」

 エレインを振り返って訊ねる。

 ラエルとクランが顔を見合わせた。

「匂い?」

「殿下の?」

 エレインが眉間に縦皺を寄せる。

「わかりません」

 冷えた大空洞の空気からは、石と埃と匂いしか嗅ぎ取れない。

「城は上だ、下から匂いなんて」

「なるほどね」

 再びラエルとクランの声が重なる。ところが今度は意味合いが擦れ違った。

 クランが回廊の縁に身を乗り出した。縦孔を覗き込み、勢い余って手を振り回す。ラルクとラエルが慌てて捉まえた。そのまま床に座り込んだクランを、エレインが冷えた目で見おろしている。

「灯りだ」

 言われて、エレインがクランの肩越しに縦孔を覗き込んだ。空洞の向こう、幾層か下の回廊に、揺れる小さな光がある。縁を照らす微かなそれは、この世界には異質な黄色い燈の光だ。

 肩に指先が喰い込んだ。

「大公か」

「殿下もあそこに?」

 ラルクとラエルが囁き合うなか、クランが声にならない悲鳴を上げた。エレインが突き放した反動で、再び縦孔に落ちそうになっている。慌てて飛びつく二人とエレインが入れ替わった。

「早くなさい」

 言い捨て、エレインは回廊を駆け下りて行く。判断は早いが、危険も周りも顧みない。その危うさに、ラルクとラエルはクランを放り出して後を追った。酷くない? 背中でクランの声がする。

 小声で悪態を吐きながら、クランは尻の埃を払った。ふと、天蓋を一瞥し、微かに目を眇める。カーディフは既に王印を手に入れたのか、それとも王印よりも欲しいものがあるのか。

 容赦なく離れて行く足音に気づいて、クランも慌てて駆け出した。

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