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科白空白  作者: アサクラ サトシ
第二章 黒豹の小冊子
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黒豹の小冊子 その二

黒豹の小冊子 その二 です。

 加藤は学校の先生みたいに「はい、井上くん」とふざけて名指しした。

「男は本を読むだけで老人になりましたか?」

「いい質問だな。そうだな、厳密にはノーだ」

「具体的になにをしましたか?」

「それはイエス、ノーで答えられる質問じゃないから、答えられない」

 そういうルールだったな。うっかり忘れてしまっていた。質問をするほうも色々と考えないといけない。この水平思考の問題、始めてみると意外と面白い。

 次は桜子ちゃんが元気よくはいはーいと手を上げた。高校を卒業したばかりなので、ノリが若い。彼女もこの水平思考を楽しんでいるようだった。

「学生ですか?」

「んー、そうだな。とりあえずイエスにしよう」

「とりあえずって曖昧な答え方でもいいのか」と僕は素朴な疑問をぶつけた。

「俺の考えた答えは若い男であればいいのさ。職業はなんだっていい学生だろうとフリーターでも答えが変わることはない」

「質問は何回してもいーの?」

「本当は回数制限もあるらしいが、今回は無制限にしておく。だが、タイムリミットは決めておこう。そのほうがお互いに張り合えるからな。では、井の頭公園の駅に到着するまでに答えを導き出すこと」

「いま、どこ走っちょー?」

 ちょうど西永福を越えた辺りだった。

 路線図を確認してあと六駅しかないと桜子ちゃんに伝えると頭を抱えた。

「悩むよりも思いつきでぽんぽん質問したほうがいいぞ。質問を繰り返したほうが答えを導きやすい。まぁ、俺の経験上の話だけど」

 口をへの字にして悩んでいる桜子ちゃんをよそにして、僕は加藤に複数の質問をしてみた。

 その内でイエスと答えられたのは、

「その本は本屋で購入できますか」

「特殊な本ですか」

「本は図書館にもありますか」

「図書館で貸出可能ですか」

「本は分厚いですか」

「その本が原因で男は老人になりましたか」

 こんなところだ。

 次にノーと言われた質問は、

「本は読むと年を取るという呪いが掛かっていますか」

「男は強制的に本を読まされましたか」

「老化は男の妄想ですか」

 この三つだ。

 僕が質問した中で、一番印象に残っているのは、

「その本は誰が読んでも老人になりますか」

 この質問に対して、加藤の回答はこれだ。

「イエスでもあるしノーでもある」

 後に続く、詳しい説明は貰えていない。

 難しく考える必要はなかった。その本は老人になる以外の効果もあるということだ。しかし、呪いといったオカルト要素は含まれない。本はどこでも流通していて特殊でもある。一体、どんな本なんだ。

「あ! うち分かったで!」

「では、桜子。答えをどうぞ」

「これは自信あーで。あんな、男の人は読み終わるのに何十年もかかったから老人になった! どげだ! あっちょーだろ!」

 単純にして明快な答えだ。加藤が自分自身の質問と答えを思い出せなければ、僕も桜子ちゃんの答えが正解だと確信しただろう。

「残念。はずれ」

「はぁー。なんでだー」

「俺が例題で出した質問を忘れているだろ。男は本当に年を取ったわけじゃない。老人だけど年は取っていない。厳密に言えば、時の流れによる加齢はあるが、老人になるような時間経過はしていない」

「なんだで。めっちゃ考えたにかー。あーもーわからんわ」

「井上さんはどうだ。解答は一回で終わりなんてケチなことはいわない。色々と考えて答えてみろ」

 悪魔に誘惑されているような気分だった。かといって、すぐに答えられるわけもなかった。僕が引っかかっているのは加藤の言った実年齢は変わらないと、その本は老人以外ににもなるということ。

「変身する? いや、呪いとかそういう類はないのか。じゃあ、なんだ」

「井上さん、考えちょることが口にでとーで」と桜子ちゃんに笑われながら指摘されて恥ずかしかった。

 しばらく考えて、一つの答えを導き出した。

「本に書かれていた内容は、とても残酷で恐怖を感じさせるものが書かれていた。あるいは写真かもしれない。男は読んだショックで老人に見間違えるような姿になってしまった」

 僕の解答に加藤は真顔になった。

「人は過剰なストレスやショックを受けると黒髪が白髪になったり、老けこんでしまうという話があるからな」

「井上さんの答えであっとーで?」

 僕はわずかに期待をしてしまった。

 加藤は僕を見て笑う。その笑みはどっちだ。

「違います」

 硬直していた筋肉が緩んだみたいで、僕は後頭部を座席後ろにあるガラス窓に打ち付けてしまった。地味に痛い。

「やっぱり考え方がちょっと固いんだよな。もっと柔軟に考えろ。ほら、もう富士見ヶ丘に着くぞ」

 結局、富士見ヶ丘を過ぎても僕らは質問をし続けることになった。しかし、どれだけ質問を重ねても加藤が作り上げた「老人になった理由」の答えを作り上げることはできなかった。問題の答えを考えるのではなく、問題に対する有効な質問を考えることばかりに気を取られてしまっていた。

 僕と桜子ちゃんは井の頭公園駅のホームに降り立っても頭を悩まし続け、思いついたら加藤に質問をぶつけた。

 加藤も加藤で返答疲れしたのかうんざりしたように見えた。

「もう駅に着いた。時間切れだ」

「じゃあ、答えを教えてよ。このままだともやもやして小冊子探しとかしとれんわ」

「いや、そこは探せよ」と加藤が桜子ちゃんに突っ込みを入れた。どうも、はじめて会った時と性格が違いすぎている。それともこちらが地なのか。人を脅すのだから、怖い印象を与えたほうが効果はあるか。

 それはさておき。老人の答えは僕だって気になる。答えを導き出せなかったのは悔しいけど、このまま答えを導き出せないのも気持ちが悪い。喉に魚の骨が刺さっているのと似ていた。

「いいか、答えは自力で見つけるものだ。他力本願ではなにも解決しないことだってある。俺みたいにな。俺の目的はあの双子姉妹に石田春生が残した本を渡さないことだ。そのために全力であいつらの邪魔をする。井上さんと桜子は消えた石田春生とその手がかりである小冊子を見つけ出すことだろ。目の前にある娯楽で楽しむのも結構だが、この水平思考はあくまでも暇つぶしだ。老人の問題は小冊子をすべて見つけてからでも答えを導き出してくれよ」

 僕らは足を止めて、本来の目的を再確認させられた。ピクニックで夜の公園へ訪れた気分になっていたけど、本当は違う。こんなお気楽気分でいられる状況ではなかったのだ。

 僕らの先にはもう井の頭公園が広がっていた。公園案内地図もすぐそばにあって目にしてみると、井の頭公園は思った以上に広かった。

 三ヶ月前、この公園のどこかで、春生は泥棒の中村千弦という人と出会い、そして加藤と渡辺姉妹に追われたのだ。

 そして、巨大な動物を出現させた。

 老人になった若者の問題に答えれば加藤は巨大動物に関する水平思考問題を出すつもりだったのだろう。その問題は聞けそうにない。僕はただ巨大動物たちがどこから来たのか、どこへ消えたのか、それだけが気になってしまった。

 案内地図をもう一度みた。お堂はここから距離はあるけれど一直線に歩いた先にある。

「巨大動物は本から出て来なかった。これが事実だよな」

「そうだ。悪いが水平思考をする時間はないしするつもりもない。もう指定された二十時はとっくに過ぎているからな。あんたらが時間を反故してどうする」

 僕らはお互いに顔を合わせること無く、会話を続けた。

「加藤。巨大動物は三ヶ月前の君達にとってとても重要な存在だった。僕らが探している春生の小冊子には巨大動物のことも、そして二度と現れなくなった理由も、書かれていると思うか」

「おそらく。石田春生がどこまで事実を書いて、どう脚色をしているかにもよるけどな」

「小冊子に書かれている三ヶ月前の顛末を知れば、巨大動物の謎も解けると思うか?」

「俺に聞くな。作者は石田春生だ」

 加藤はずっと持っていた狼の絵が書かれた小冊子を僕に手渡した。

「水平思考の問題。楽しかったよ。続きの小冊子を探しながら巨大動物の謎も考えてみる」

 そう考えるしかない。ミステリー小説を読む時、真実がわからなくても読み飛ばしたらダメなんだ。物語は初めから最後まで読み続ける。読み飛ばすことなく一ページずつ読み進める重要なのだ。

 読み飛ばして結末を知るというのは、物語を楽しんでいないことになる。

 僕が立っているここは、物語の中ではなくて現実だ。わからなくても安易に答えを知ろうとするのは、考えることを放棄することだ。

 わからなくてもいいのだ。考える楽しさを僕は知っている。

 僕は公園に向けて一歩目を踏み出した。桜子ちゃんも僕に続いた。

「もし、いくら考えても巨大動物の謎が解けなかったら小冊子に書かれていない事実を教えてやる。ただし、条件をつきだ」

 僕は足を止めて振り返り、加藤と目を合わせた。

「老人の問題を解くことだ」

最後まで読んでいただきありがとうございます。

黒豹の小冊子 その二 はいかがでしたでしょうか。

楽しんでもらえたら、嬉しい限りです。


明日も更新いたします。


よろしくお願いいたします。

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