第34話 『それは予想よりも早く』
「修学旅行、楽しかったなー」
帰りの新幹線の中、隣に座っている田中くんが窓の外を見ながら、いつもより少し落ち着いた声で言った。
「ほんとね。お寺とか回って楽しいのかと思ってたけど、思ってたより良かったわ」
「あたしは竹林が1番印象に残ってるなー」
「彩芽、竹林のことは言わないで…」
「えー?」
みんな楽しかったようでなによりだ。松本さんは竹林でのことは恥ずかしいのか、掘り返してほしくないみたいだけど、僕もそれは抜きにしても行った場所では嵐山が1番印象に残っている。あれだけの紅葉を見られる機会なんて、そうそうない。
「瀬川は?どこが1番良かった?」
二人の会話を聞いていた田中くんが、僕に振ってくる。
「僕も嵐山かな」
「瀬川くんまで…」
僕の回答に対し、松本さんはげんなりとした様子だ。そういうつもりではなかったので、慌てて誤解を解く。
「い、いや、そういう意味じゃなくてね。紅葉が綺麗だったなって」
「まぁたしかになー。俺は清水寺が1番印象に残ってるなー」
「そこは竹林じゃないのー?」
「それはそれだろ。風情だよ、風情」
「あんた結局、風情なんて分かったの?」
「考えるな、感じろってことだろ?」
「言いたいことは分かるような、分からないような…」
そう言うと、西野さんは少し声を出して笑った。松本さんは、はぁ、とため息をついている。なんというか、付き合い出したと言っても、この辺りの対応というか、やり取りは変わらないんだなと少し安心に近いような気持ちになる。
「まぁなんにせよ、詩織には告白できたし、瀬川とも仲良くなれたし!俺、この班で良かったよ」
「そんなこと大声で言わないでよ。…まぁ、私もそう思ってるけど」
「あたしもー。リレーの時より仲良くなれて嬉しい」
3人が言い終わると、視線が僕の方に向いてくる。答えないつもりではなかったけれど、そういう視線を向けられる中で答えるのはなんとも言いづらい。
「…僕も楽しかったよ。最初はどうなるかと思ったけど」
「そうだよな。片山達は同じ班なのに、瀬川だけ別だもんな。くじ引きの時の固まってる瀬川、おもしろかったなぁ」
「やめてよ。あの時はほんとにどうしようかと思ってたのに」
「悪い悪い。まぁでもさっきも言ったみたいに、俺は瀬川と仲良くなれたからほんとに良かったよ」
そう満面の笑みで言われると、悪い気はしない。だけど、もしリレーで少しでも接点がなければどうなっていただろう。考えると少し怖いような気もする。
「そう言えば淳也。瀬川くんに咲ちゃんのこと聞いたの?」
松本さんが、思い出したかのように清水寺での続きを口にする。
「ん?まぁ少し?でも俺からは言えないなー」
「やっぱ淳也だけずるいじゃん!ね、瀬川くん。私にも教えてよ!」
「あたしも聞きたーい」
少し前のめりになって興味津々といった様子の二人に、身構えてしまう。どうしたものかと考えていると、田中くんが助け舟を出してくれた。
「まぁ、別に話す機会がこれで終わりってわけじゃないんだし。そのうち話してくれるって。な?」
「…気になるけど、そう言うなら今回は見逃してあげるわ」
「…ありがとう。また話せる時が来たら話すよ」
「言質とったからね?」
ニヤっとした顔の松本さんに、女の子の怖さを垣間見た気がした。こういう話はやっぱりみんな好きなんだろうか。
「そんなことよりさ、俺、八ッ橋買ったんだよ。みんなでちょっと食べようぜ」
そう言って田中くんは箱を取り出して封を外し、一つずつ配った。お礼を言いながら、みんな受け取る。
「…何の味だろ。変わった風味ね」
「あたしはこれ好きー」
「美味いじゃん」
「別にまずいとは言ってないわよ」
田中くんのおかげで、みんなの関心は八ッ橋へと完全に向いた。心の中で感謝しつつ、僕も八ッ橋を口にする。
松本さんが言うように、確かに変わった風味だ。甘いけど、甘すぎないような。なんとなく、京都っぽさを感じる。感想としては薄すぎる気もするけれど。
それからは、地元の駅に着くまでまた修学旅行の思い出を語りながら過ごした。
そして駅に到着し、その日は解散となった。先生は「家に帰るまでが修学旅行だからね。気をつけて帰るように」なんて、どこかで聞いたことのあるようなセリフを言っていた。
田中くん達に別れを告げると、自然と咲や暖大、穂波さんと帰ることになった。
咲たちの班の修学旅行での話を聞きながら歩き、途中の分かれ道で暖大と穂波と別れる。
咲と二人で歩き、他愛もない話をしながら家まで送った。
一人になって家までの帰り道を歩いていると、公園が見えてくる。
最近はあまり来る機会もなかったけれど、いろいろあったなぁと横目に通りがかっていると、後ろから声をかけられる。
「彗」
その声に、足が無意識に止まってしまった。
あぁ。なんで何かが起こる時は決まってこの公園なんだろう。いい思い出のままであってほしいのに。なんで、僕に。僕らにとってこの公園はこんなにも重要な意味を持たせるんだろう。
聞き間違えるはずもない男性の声に振り向き、その人に対して放つのはいつぶりだろうという言葉を口にする。
「……父さん」
視界に入ってきた父さんは、僕を黙って見つめている。その表情からは、何を考えているのかは全くわからない。
僕はいま、どんな顔をしているんだろう。でもあの時とは違う。頭が真っ白になんてなってない。真っ直ぐに、見つめ返すことができている。
思っていたよりも早く、向き合わなければならない時が来たみたいだ。




