第33話 『雰囲気に当てられるのも悪くない』
「いやぁ、突然いなくなって悪かったな」
「…ごめんね、二人とも」
「ううん、僕は聞いてたから」
「あたしもびっくりしちゃったけど、全然いいよ〜」
繋いだ手を離さず、二人とも謝罪の言葉を述べる。西野さんも、特に気にしている様子はなく、純粋に嬉しそうな顔をしている。
「もう、いいでしょ!手!」
「そんなぁ〜」
場の空気に居た堪れなくなったのか、松本さんは少し強めに繋いだ手を振り払った。田中くんは恥ずかしがる素振りもなく、残念そうに声を上げる。
「恥ずかしい…!こんなに恥ずかしいなんて…!」
「詩織ちゃん、顔真っ赤だよ〜」
「うるさいっ!」
言葉はきついが、照れ隠しだというのは伝わってくる。西野さんもわかっているのだろう、あはは、と声を出して笑っている。
「瀬川、あんがとな。おかげで上手くいったよ」
「僕は何も。気づいたらいなくなってたしね」
「二人がいい感じで前歩いてくれてたからな。ここだと思って」
そう言って、田中くんは満面の笑みでこちらを見つめてくる。松本さんもなんだかんだ嬉しそうで、上手くいって良かったと心から思う。
「でも、よく伝えたね。結構人多かったけど」
「あー、まぁな。悩んだけど、いっちゃえ、って感じだったな」
「男らしいね」
「それだけが取り柄だぜ」
そんなことないと思うけどな、と浮かんできたが、口には出さなかった。
「この後どうする〜?」
女子二人も落ち着いたみたいで、西野さんが声をかけてくる。
「もうそろそろ戻り始めないと、集合時間に間に合わないか?」
「そうだね。ちょっと余裕はあるけど、着物も着てるし、急ぐよりはいいと思うよ」
「じゃあゆっくり戻るか〜。ほれ、詩織、行こうぜ」
「…はいはい」
そう言って、二人はゆっくり歩き出した。田中くんはまた手を繋ごうとしていたが、松本さんに振り払われていた。それがなんだかおかしくて、笑ってしまう。
「詩織ちゃんも照れ屋さんだね〜」
「…まぁ、気持ちはわからなくもないけどね」
「そうかなー。あたしは全然気にしないと思うなー」
「…すごいね」
「だってー、見せびらかすとかじゃなくて、好きな人に触れたいと思うのは自然なことだと思うなー」
その言葉に昨夜、咲が手を重ねてきたことを思い出す。咲も同じ気持ちだったのだろうか。僕だって驚きはしたけれど、嫌な気持ちなど微塵も湧いてこなかった。
「……そういうものかな」
「少なくともあたしはねー」
普段通りの軽い口調で口にし、西野さんも後を追うように動き出した。離されないよう、僕も後を追う。
"好きな人に触れたいと思うのは自然なことだと思うなー"
なぜかその言葉が、耳に残った。
借りたお店で着物を返却し、ホテルに向かって移動する。着物から解放された松本さんは「動きやすいー!」となぜか終始嬉しそうだった。
ホテルに戻ってからは、少しゆっくりした後昨夜と同じように夕食をみんなで食べた。今日はこの後、2時間ほど班に縛られず、自由にホテル周辺を散策できる時間がある。夕食中の話題は、そのことで持ちきりだった。
そして連絡を取り合い、昨夜と同じエントランスのソファに座って待っていた。
「彗くん、お待たせ」
「僕も今来たところだよ」
そっか、良かった、と咲は付け足し、安心したような表情を見せる。
「暖大と穂波さんは?一緒に来るかと思ってたけど」
「声かけたんだけどねー。なんか二人でどっか行っちゃった」
「二人で…」
「うん。想像してるようなことはなさそうだけどね」
一瞬思い浮かんだが、咲が言うならそうなのだろう。
「そっか。じゃあまあ、行こうか」
「うん!」
そう言って立ち上がり、並んでホテルを出た。
「彗くん、どこ行く?」
「咲は行きたいとこある?」
「そうだなぁ。夜だし、お店とかはあんまり空いてなさそうだよね」
「そうだね。適当に歩いてみる?」
「うん、そうしよっか」
そしてなんとなく、駅の方に向かって歩き出した。
「彗くん、昼間はごめんね」
歩いて少しすると、咲が申し訳なさそうに口にした。
「ううん、全然大丈夫だよ。僕もあの時は詳しく話せなくてごめんね」
「…何があったか、聞いてもいい?」
こういう話は出るだろうと思って、部屋を出る前に田中くんに話してもいいか確認しておいて良かった。心の中で、快く了承してくれた彼に感謝する。
「実はね、田中くんが松本さんに告白するってことで、協力を頼まれてたんだ」
「えっ!?」
今日二度目の同じ反応に、自然と頬が緩んだ。
「だからね、あの時はそのタイミングだったんだ」
「そうだったんだ…。ごめんね、知らずに変な態度取っちゃって…」
「ううん。ふくれてる咲もかわいかったから、別に大丈夫だよ」
「かわっ…!? …彗くんがスッとそんなこと言うなんて…」
確かに僕らしくなかったかもしれないな、とは思ったが、いつまでもしょぼくれた顔をしていてほしくはない。少し勇気を出して正解だった。
「…で、どうだったの?上手くいった?」
「うん。二人で手を繋ぎながら戻ってきたよ」
「へぇ〜。上手くいって良かったね! そういえば修学旅行に来る前に片山くんもなんか言ってたなぁ。そういうことだったのかぁ」
「あいつ、なんであんなに鋭いんだろうね」
「ね。普段はおちゃらけてるのに」
ここにいない暖大へのいじりに、二人で声を出して笑う。暖大が聞いていたら、何を言われただろうか。
そうして二人でなんともない話をしながら、たまに開いているお店を軽く立ち止まって眺めたりして歩いた。気づくと、川の方に来ていた。
「彗くん、見て。等間隔で並んでる」
「ほんとだ。なんであんなに綺麗に座ってるんだろう」
「ね、私たちも行ってみよ!」
「えぇ…」
少し恥ずかしい気もするが、咲が行ってしまった以上着いていく他ない。近くにあった階段から、川沿いの道に進む。
「……よくみると、カップルだらけだね」
立ち止まった咲は、そう口にした。僕も見渡してみると、確かにカップルらしき人達が多い。うちの生徒も目に入ってくる。男同士や女性同士の人たちもいるが、少数だ。そういうスポットなんだろうか。
「…とりあえず、歩いてみる?」
まだ動かない咲に、声をかける。
「うん、そうだね」
その返事と共に、また並んで歩き出した。聞こえてくる川のせせらぎが、なんとも心地よく感じる。なんとなく、ここに人が集まるのもわかる気がした。
すれ違う人達も、男女が多い。特に周りを気にすることもなく、みなそれぞれの世界で歩いているように感じた。
「……ね、咲」
「なにー?」
「……手、繋いでもいいかな」
その言葉に、咲が固まって立ち止まってしまった。失敗だったか。雰囲気に当てられてしまったのかと、少し後悔する。
「……いいよ。嬉しい」
そう言って咲は、右手を差し出してくる。嫌がられていないことに安心し、左手で咲の右手をそっと握り、さっきよりゆっくり歩く。
「……ふふっ。彗くんから言ってくれるなんて夢にも思わなかった」
「……なんとなく、繋ぎたいなって」
「私はいつでも大歓迎だよ。…あ、嘘。部活終わりだけは嫌かも」
「僕は気にしないけど」
「私が気にするの!」
そう言って、少し紅みがかっているような咲の顔を見ながら、お互い笑みが溢れた。
僕も同じような顔をしているのだろうか。わからないけれど、今は左手から伝わる温もりだけで、十分な気がした。
「彗くんの手、なんか安心するんだよね」
「普通の手だよ」
「もう、そういうことじゃないのに。彗くんらしいけど」
「…よくわからないや」
「ふふっ。私がわかってるからいいの」
なんとなく、握っている咲の右手に力が入った気がした。
西野さんが言っていたことが、少しわかったような気がする。口には出さなかったけれど、僕も咲の手を握っていると、安心するような気持ちを感じる。
…ただまぁ、やっぱり人前でというのは恥ずかしいなとも思うのだけど。
そんな少し複雑な感情を心地よく思いながら、二人で歩幅を揃え、ホテルへの道を戻った。




