第31話 『作戦会議?』
「ふふっ。やっと二人になれたね」
「……そうだね」
宿泊しているホテルのエントランスには、待合室的な意味合いも兼ねているのか、ソファがそれなりに置かれている。
友人と談笑している人。同じように男女で座っている人。多くはないが、それなりに人はいる。
あまり目立たない角の方に咲が座っていたとはいえ、僕たちを見た他の生徒はどう思うのだろう。やっぱり、付き合っているように映るのだろうか。
チラッと咲の方に目を見やると、目が合った。ニコッと笑いかけてくる彼女は、いま何を考えているのだろう。
「彗くん、班行動は大丈夫だった?」
「うん。自然と話せたよ。リレーで一緒になってて良かった」
「そっか、良かった。清水寺、すごかったね」
「そうだね、あんなに人が多いとは思わなかった」
「え、感想そこなの?」
別に冗談を言ったつもりはないのだが、彼女は笑っている。
そんなに変なことを言っただろうか。
「咲たちは?どうだったの?」
「片山くんがうるさくて大変だったよ。うおー!ってたくさん叫んでた」
「それは…なんとなく想像つくね」
「おかげで楽しいこともたくさんあったけどね。あ、あとあれだね。三年坂で食べた抹茶アイスが美味しかった!すごく濃くて!」
「やっぱり甘いものは外せないんだね」
「そりゃそうだよ。目的の半分くらいはそれだもん」
そう言って笑う彼女につられ、僕も笑ってしまう。
やっぱり、楽しいな。
別に田中くん達と回った昼間が楽しくなかったわけではないが、咲と過ごす時間は僕にとって特別みたいだ。見える色が、全く違う。
「彗くん達は明日の班行動、どこ行くの?」
「嵐山の方に行くよ」
「あ、私たちと同じだね!どこかで会えるかも!」
「そうだね。今の時期は紅葉が見れるらしいし、楽しみだ」
「ね。竹林?もあるらしいし。私たちの地元じゃ絶対見れないもんね」
「うん。なんというか、旅行って感じがしてくる」
「わかるかも。沖縄とかがいいなーって思ってたけど、これはこれで楽しい。…だからこそ、彗くんと一緒に回れないのは寂しいけどね」
付け加えられた最後の言葉に、心が跳ねる。
「…僕だって、同じ気持ちだよ」
少し前までの僕なら、濁していただろうか。どうだろう。
正直に自分の気持ちを伝えることはこれまでにも何度かあったが、この気恥ずかしさに慣れる日はやってくるのだろうか。
それはそれで、なんとなく寂しい気もする。
「ふふっ。嬉しい」
そう言って、咲は右手を僕の左手の上にそっと重ねた。
突然のことに驚いてつい彼女の顔の方を見てしまうが、柔らかく笑っている。
本当に、敵わない。
「おーい!そろそろ消灯時間だぞー!部屋に戻りなさーい!」
突如エントランスに響いた先生の声に、二人とも驚いて手を離す。顔を見合わせてどちらからともなく、笑い合った。
「……戻ろうか」
「…うん、そうだね」
名残惜しい気持ちはあるが、仕方ない。明日も会えるのだからと言い聞かせてエレベーターに乗り、お休み、と声をかけ合って部屋に戻った。
「おー、おかえりー」
「うん、ただいま」
部屋に戻ると、田中くんが部屋を出る前と変わらぬ体勢のままでいた。ずっとその体勢だったのだろうか。
「なにしてたんだ?」
寝返りを打ち、隣のベッドに腰掛けた僕に尋ねてくる。
「友達と話してただけだよ」
「日野さんか?」
「……まぁ」
「いいねぇ。青春って感じだ」
思わず正直に答えてしまい、冷やかされるかと思ったが、そうではなかった。なんとなく、田中くんの声に重みを感じる。
「でさ、昼間の続き、聞いてもいいか?」
「なんだっけ」
「ほら、日野さんと付き合ってんのかって話」
誤魔化そうとしたが、逃がしてもらえないみたいだ。いや、逃げられるとも思ってはいないのだけど。
「…そんなに興味あるものなの?」
「そりゃあるだろ。なんたってあの日野さんだからな。瀬川も知ってるだろ?1年の頃から人気あったの」
「それは…まぁ」
別のクラスだった僕でも、彼女の人気ぶりは耳に入っていた。まさか、そんな相手と好きだと伝え合うなんて、想像もしていなかったけれど。
「…いやさ。こんなこと言うの恥ずかしいんだけど」
「…?」
どうしたんだろう。それまで合っていた目を逸らし、妙に歯切れが悪い。
「…俺、詩織に告白しようと思ってんだよ」
「…えっ!?」
突然の言葉に驚いて、勢いのある声がでてしまった。
確かに、今日見ていた二人は仲が良さそうだったが、そこまで進展していたなんて思わなかった。
「…意外だよな。文化祭ではあんなに言い合ってたのに」
僕の反応が予想通りだったのか、田中くんは苦笑いを浮かべながら続けた。
「…だからさ、気になったんだよ。瀬川はどうやって日野さんとあんなに仲良くなったのかって。そういうわけで、日野さんとのことを聞こうと思ってたのよ」
「……なるほど、そうだったんだね」
田中くんは恥ずかしそうな、申し訳なさそうな顔をしている。
ただの冷やかしなら話さないことも考えたが、そういうことなら嘘をつくのも不誠実な気がする。
まさか、暖大にも話していないことを田中くんに最初に話すことになるなんて思わなかったけれど。
「……正直、僕は咲と付き合ってるのかどうか、わかってないんだ」
「……へ?」
母さんと同じような顔をしている。やっぱり、そんなにおかしなことなんだろうか。
「…お互い、好きだとは伝えあってるんだけどね。付き合ってくださいとは言えてなくて」
「はー、なるほどなぁ。難しい問題だな、それ」
「うん。聞くに聞けなくて」
「わからんでもない。…そっか、そうだよな。ちゃんと付き合ってくださいって言わないとダメだよな」
その通りだと思う。なんて情けないことか。
いつまでもこのままでいいわけはないが、区切りをつけてから改めて伝えたい気持ちもある。…なんとも、心はままならない。
「…よっしゃ!俺は明日、ちゃんと伝えるぜ!」
「えっ!?明日!?」
「おう。引き伸ばしても踏ん切りつかなくなりそうだしな」
にこやかにそう言う彼は、思い切りがいいというか、なんというか。いやでも、この男らしさは見習わないといけないのかもしれないとも思わされる。
「…まぁ、それもそうかもね。僕みたいにならないようにね」
「先輩の言葉は沁みるなぁ」
「先輩って…やめてくれよ」
「すまんすまん。なぁ、瀬川はなんで日野さんを好きになったんだ?」
正直に話したからだろうか。グイグイ聞いてくる。さすがに、そこまで話すほどの勇気はまだ出ない。
「……田中くんは?松本さんのどこを好きになったの?」
「俺か?ほら、文化祭で喧嘩しちゃった後、作るの手伝っただろ?そこからちゃんと話すようになって、気づいたら。……恥ずかしいな、これ」
さっきまでの勢いはどこへやら。照れくさそうに、頬を掻いている。
「…まっ!そんなとこだな。…だからさ、瀬川。明日、ちょっと協力してくれよ」
「いいけど…どうすればいいの?」
「明日、嵐山に行くだろ?どこかのタイミングで、俺たちを二人にしてくれよ」
少し、考える。二人にすること自体は構わないが、それをするにはまだ問題がある。
「…西野さんは?知ってるの?」
「いやぁ、さすがに話してないな。俺たちが別れてから、瀬川から説明しといてくれないか?」
「…そんな大事なこと、僕から伝えていいの?」
「おう。まだちょっとしか話してないけど、そんな変な伝え方するような奴じゃないってのはわかるしな」
信用されているのだろうか。何が彼の信用に足ることだったのか検討もつかないが、ここまでお互い本音を言い合っている。裏切るようなことをするつもりは、もちろんない。
「…そういうことなら、わかったよ」
「おう、あんがとな。いやそれにしても、まさか瀬川とこんな話をする日が来るなんてな」
「本当にね」
そう言いながら屈託なく笑う田中くん。
本当に、暖大以外とこんな話をする日が来るとは思わなかった。ただ、話してくれた以上協力はしたいし、上手くいってほしいと心から思う。
「かぁーっ、なんか緊張してきた。寝るか」
「そうだね。…明日、頑張って」
「…おう」
そうして、歯磨きなどを終えてから灯りを消した。ものの数分で、隣から寝息が聞こえてくる。
緊張してきたとはなんだったのか。肝が座っているとは、こういうことを言うんだろうか。
明日の田中くんのことを考えると、自分もしっかり伝えないといけないなと改めて思う。家族のことは僕も咲も、まだまだ解決していない。そのことが、妙に引っかかる。
好きだと伝えておいて今更だとも思うし、わがままだとは分かっている。だけど、自分の感情としっかり向き合った上で、咲と改めて向き合いたい。
…もう少しだけ、待ってほしい。
「……なんか、眠れないな」
眠くなるまで、窓際の椅子に腰掛けようと移動する。
見える景色は、これまで見たことのないものだ。それが心を落ち着かせるような、逆にざわつかせるような。なんとも不思議な感覚だ。
「……フゴッ!」
突然聞こえたいびきのようなものにビクッとしてしまったが、どんないびきだよ、と少しおかしくて笑ってしまう。
「……明日、上手くいくといいね」
気持ちが落ち着くまで、そのまま過ごした。




