第30話 『知らない土地は、気持ちが緩むらしい』
「………嘘だろ」
修学旅行の班決め。先日のファミレスで感じた嫌な予感は、最悪の形で的中してしまった。
引いたくじの予想だにしなかった結果に、思わず体が固まってしまう。
くじ引きで班を決めるまでは仕方ないと思った。でも、他の三人は同じ班になっているのに、なんで僕だけ別の班なんだ。
どうやら僕は、本当にくじ運というものにとことん恵まれていないらしい。神がいるなんて信じてはいないが、恨みたい気分だ。
顔をあげて教室を見渡してみると、暖大が腹を抱えてうずくまっている。咲と穂波さんは顔を見合わせて開いた口が塞がらないといった様子だ。
暖大だけは、後で文句を言ってやろうと軽く目をやってから席に戻った。
席に着くと、咲がこちらを見ていた。その表情は心配してくれているのだろうか。少し不安げに映る。
判断に迷うところだが、一緒になれなかったことを残念がってくれていると嬉しいような気もする。文化祭の時に実行委員を引き当てた時は仕方ないと割り切れたが、今回ばかりはなかなか難しそうだ。
とりあえず、咲には笑顔を作ってその場は誤魔化しておいた。
「け、彗……!どんまい……!!」
班決めの時間が終わるなり、暖大は僕のところへやって来て、肩を叩きながらそう口にした。咲と穂波さんも集まってくる。
まだ笑っているのか、こいつは。と少し苛立ちのようなものを感じる。返事をする気にもならない。
「だ、大丈夫だよ、彗くん!自由時間もあるし!」
「…そうだね。まぁでも、大丈夫だよ。田中くんと松本さんも同じ班だったしね」
「というか瀬川くんの班、スウェーデンリレーの時と全く同じメンバーじゃない?それはそれですごい確率だよね」
穂波さんの言葉に、確かにな、と暖大が口にした。
そう、僕の班は体育祭の時と同じだった。全く話したことのない人と組まなくてもいいという意味では、今回の結果は不幸中の幸いと言えるかもしれない。
「うん。僕もびっくりしたよ」
「田中と松本も最近仲良さそうだもんなー。あの二人は喜んでるんじゃないか?」
全然気にしてなかったが、そうなのだろうか。そういえば、ペアダンスも組んでいた気がする。
「ま、なんにせよ、自由時間は一緒にいてやるから。感謝しろ?」
「暖大は別にいいよ」
「なんてこと言いやがるんだこいつは」
あまり心配をかけないよう、軽口で返す。咲も穂波さんも笑っていたので、とりあえず良かった。
そして、二週間後。修学旅行の日がやってきた。
「着いたなー!」
新幹線を降り、ホームに足を踏み入れた瞬間、隣にいる田中くんが口にした。
「そうだね。まだ実感できるものは目に入ってこないけど」
強いて言えば、駅名の書かれた看板くらいだろうか。隙間から見える景色は確かに見たことのないものだが、建物が多く京都に着いたという感覚はあまりない。
「瀬川、こういう時は風情を感じるんだよ」
「淳也、あんた風情なんてわかって言ってんの?」
「詩織、それは無粋ってやつだ」
松本さんのツッコミに、田中くんはケラケラと笑っている。
新幹線の中でも、二人の軽快なやり取りは多く、暖大が言っていたように仲はいいのだろうと感じた。
「この後どうするんだっけ〜?」
「全員で清水寺に行く予定だよ」
「おお〜。そうだった」
西野さんと話すのは体育祭で一緒になって以来だが、おっとりとした話し方も相まって抜けている印象が強い。失礼かもしれないが、気づいたらはぐれていそうだ。
「お、みんな動き出したな。行こうぜ」
「うん。ほら、瀬川くんも彩芽も行くよー」
「うん」
「はーい」
そうして少し歩き、ロータリーに止まっていた貸切バスに荷物を載せてから、席へと座った。
班で後ろの方に座り、隣に座っている田中くんと軽く話していると、咲と穂波さんが乗り込んでくるのが見えた。
咲は僕に気づくと、軽く手を振ってくる。それに対して軽く手を振って返すと、彼女は満足そうに席に着いた。
…やっぱり、できれば同じグループが良かったなという思いが込み上げてくるが、女々しいだろうか。
そうして、少しの間バスに揺られ、清水寺に着いた。
「割と駅から近いんだな」
「そうだね」
30分もしないうちに着いたことに驚いた。バスを降り、歩いて坂を登り、中に入った。
途中の石畳や、漂ってくるお香か何かの香りに、知らない土地にやってきたんだなという感覚が強まっていった。
「これが清水の舞台ってやつかー!」
「清水の舞台から飛び降りるってのは有名だけど、ここから飛び降りてたんだねー」
「淳也、あんたなら行けるんじゃない?」
「思ったよりめちゃくちゃ高いじゃん…無理だろ…」
「まぁさすがに冗談」
「お前なぁ…」
二人の軽快なやり取りを耳に、僕も軽く覗き込んでみる。
本当に、思っていた以上に高い。少し足がすくんでしまう。
ここから飛び降りてまで叶えたかった願いとは一体なんなんだろう。正直理解し難いが、それほどの覚悟を持っていた昔の人達には頭が下がる思いだ。
「瀬川は清水寺でお守り買うのか?」
「お守り?」
どこのお寺や神社でも買えるものだが、ここ特有の何かがあるのだろうか。
「学業とか、恋愛のお守りが人気らしいよ」
田中くんの言葉に、松本さんが補足してくれた。
「へぇ。知らなかったよ」
「まぁ瀬川は成績も良いし必要ないか」
「咲ちゃんとも仲いいもんね」
「あ、お前!それは夜聞こうと思ってたのに!」
「そんなのずるいじゃん!私だって聞きたいのに!」
突然出てきた咲の名前に驚いてしまう。
あまり大きな声でそういうことを言うのはやめてほしいが、西野さんも笑みを浮かべていて、話を逸らすつもりはないらしい。
「別に話せるようなことはなにもないよ」
咄嗟に嘘をついてしまったが、許してほしい。本当に、話せるようなことはなにもないのだから。
「え、付き合ってるんじゃないの?」
「…ノーコメントで」
僕もまだどういう関係かわかっていないのに、聞いてこられても困る。嫌とかではなく、どう答えていいのかわからない。
ただ、付き合っているとも、付き合っていないとも答えるのは違う気がする。
「これは田中くんに夜ちゃんと聞いといてもらわないとねー」
「任せろ」
西野さんまでノってきてしまった。田中くんは握り拳を作って返事をしている。勘弁してほしい。
「…まぁ、僕のことはいいでしょ。みんなはお守り買わないの?」
「淳也は学業のお守り3つくらい買っといた方がいいんじゃない?」
「3つで足りるか?」
「想像以上にバカだった…」
なんとか話を逸らせたみたいだ。田中くんの成績は知らないが、真面目な顔でそう答える彼は、その…とてもユニークだと思う。
その後、四人で三年坂の辺りを散策した。
田中くんと松本さんの二人はずっと楽しそうに話していて、西野さんも二人のやりとりに笑っていた。
ホテルに移動し、食事やお風呂を済ませて部屋にいると、スマホにメッセージが届いた。
返事をして部屋を出ようとすると、気づいた田中くんが声をかけてきた。
「瀬川、どっか行くのか?」
「うん。ちょっと出てくるよ」
「うーい。帰ってきたらいろいろ聞くからなー」
寝そべりながら片手を上げてそういう彼に、なんでバレてるんだと思いながら部屋を出た。
待ち合わせたエントランスへ向かうと、すでに咲が座って待っていた。空いている隣に、腰掛ける。
「ふふっ。やっと二人になれたね」
「……そうだね」
普段とは異なるシチュエーションに、いつも以上に心が高鳴っている気がした。




